第155回:津村記久子さん

作家の読書道 第155回:津村記久子さん

主に大阪を舞台に、現代人の働くこと、生活すること、成長することをそこはかとないユーモアを紛れ込ませながら確かな筆致で描き出す芥川賞作家、津村記久子さん。昨年は川端康成賞も受賞。幼い頃から本を読むのが好き、でも、10代の頃は数年にわたり、音楽に夢中で小説から遠ざかっていた時期もあったのだとか。その変遷を楽しく語ってくださいました。

その3「どっぷりSFにハマる」 (3/7)

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――再び読むようになるのはいつなんでしょう。

津村:大学1年の時です。通学が片道2時間近くかかるので、本でも読まないとやっていられなかったんですよ。高3の時にキアヌ・リーブスの『JM』が公開されて、それの原作が入っているウィリアム・ギブスンの小説集の『クローム襲撃』がすごく面白いってラジオで言ってたんです。あ、ラジオも大好きで中1から高3までずっと聴いていたんです。で、その短編を読みたいと思って、図書館に『クローム襲撃』を探しにいったら『ニューロマンサー』しかなくて、それを借りたんです。

――いきなりサイバーパンクを。

津村:いきなりですよ!意味わからんと思いましたよ!ものすっごい荒れた生活をしてるというニュアンスだけしかわからんかった。でもたぶん、なんか面白い部分があったんですよね。ドラッグ、暴力ばかりでしたが、高3の頃って、ひどい生活に憧れる時期でもあったんですよ。だからその後に『クローム襲撃』も読みましたし、『ニューロマンサー』と合わせて三部作になる『カウント・ゼロ』と『モナリザ・オーヴァドライヴ』も読みました。私には『モナリザ・オーヴァドライヴ』がいちばんよく分かりました。今読むと違うのかもしれません、フィリップ・K・ディックも今読んだら違いましたから。とにかく、それで、ハヤカワ文庫SF、いわゆる「青背」の存在を知って、高3から大学1年のはざまの時期に、これからは青背を読もうと思って。まず『SFハンドブック』を買い、そこから好きそうな本を選んでいきました。ジョージ・アレック・エフィンジャーの『重力が衰えるとき』とか...それもまた薬と身体改造と暴力ですわ。でも大学で奇跡的にSF好きの友達ができて、ブラッドベリとかも貸してくれたんです。その頃は青背じゃなかったけれど『火星年代記』とか。イアン・マクドナルドの『火星夜想曲』もすごくよかった。ディレイニーやティプトリー・Jr.も好きでした。『ニューロマンサー』のあとがきに、ギブスンが影響を受けた作家だと書いてあったので読んだんです。読書ってそういうところから繋がっていきますよね。東京創元社のSFもすごく読んでいました。あとラファティ!ラファティも好きやった。ルーディ・ラッカーも。スペースオペラ的なものはあまり好みではないんですよ。『デューン 砂の惑星』は読んだけれどもピンときませんでした。『ニューロマンサー』のように、荒れているものであったとしても生活していることが分かるSFが好きなんです。王朝的なものより庶民の話のほうが好きでした。

――今、フィリップ・K・ディックを今読んだら違った、とおっしゃっいましたが、読み返して印象が変わったんですか。

津村:一昨年『流れよわが涙、と警官は言った』を読んだらめっちゃ面白かったんです。大学生の頃は『ブレードランナー』の原作(『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』)は面白かったけれど、「流れよわが涙」はあまりにろくでなしそうでついていけんのかなあとか思ってました。SFの登場人物はろくでなし多いなあと思って。K・W・ジーターの『ドクター・アダー』とかも、性描写も暴力描写もひどいし、フィリップ・K・ディックもそういう感じで読んでいました。でも今読むと、1988年の話を超未来のこととして書いているけれども全然違うことになっていて、1970年の人が考えた未来はこうなんか、という部分が楽しい。
「流れよわが涙」は、『本の時間』という毎日新聞社の雑誌で本を読み返す連載を書いていたので取り上げたんです。自分が勝手に古典のように思っている本を紹介する連載だったので。読んで何が面白かったって、本当にみんな、びっくりするくらい自分を大切にしないということですね。今の価値観と違う。ギブスンもだけど、時代やったんかな。あの頃は人体改造するでしょう? 今の普通の人間の感覚やと、人間を超えた人間みたいなものを描く時はすっごく改造したりすっごくドラッグをやるという形では書かれないんじゃないかな。遺伝子操作とか、外側から見て瑕疵のないものを目指して書くと思う。今のSFの話はようわからんのですけど......。でも70年代80年代までは瑕疵があるほうが格好よかったんだな、というのを「流れよわが涙」を読んで思いました。

――自分でSFを書こうと思いませんでしたか。

津村:ないですないです。自分で書けるとは思わなかった。

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