第160回:薬丸岳さん

作家の読書道 第160回:薬丸岳さん

2005年に『天使のナイフ』で江戸川乱歩賞を受賞、以来少年犯罪など難しいテーマに取り組む一方で、エンタメ性の高いミステリも発表してきた薬丸岳さん。実はずっと映画が好きで、役者をめざして劇団に所属していたり、シナリオを書いて投稿していたことも。そんな薬丸さんを小説執筆に導いた一冊の本とは? 

その4「苦しんだデビュー直後」 (4/5)

  • 悪党 (角川文庫)
  • 『悪党 (角川文庫)』
    薬丸 岳
    角川書店(角川グループパブリッシング)
    637円(税込)
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――『13階段』があったから人生が変わったようなものですねえ。その後の生活は。

薬丸:気持ちの余裕がなくなりました。もう、とにかく次を書かなければいけない。でも、書けるだけの能力があるのかな、という。正直なところ、最初の1年くらいはなかなか本を読む気持ちにもなれませんでした。自分の受賞2作目の進行がまったくうまくいっていなくて、書けなくて。毎日机に向かっては書けない、寝て起きて、書けないみたいな。日記にもそういうことがずっと書いてありました。

――ああ、さきほどの日記の話はその時期のことですね。どのように打開されたんですか。

薬丸:うーん、やはり書くしかなかったんですよね。どのように、というのは非常に難しくて。ちょうど受賞した直後に、うちの母親が癌で闘病していまして、受賞の翌年、2作目にとりかかっている時に亡くなって、「このままじゃ駄目だ」という思いでなんとか1年後に『闇の底』を出しました。その頃はとにかくもがいていました。乱歩賞を受賞して一時的に生活に余裕ができたり、親も少しは安心させてやれたりしましたけれど、でも明るい未来があるという風には考えられなかった。これからがものすごく厳しいだろうというのは受賞パーティの時にはもう感じていました。

――パーティで、ですか。

薬丸:たくさん作家の方が集まっている様子を見て、厳しい世界に入ってきたように思ったんです。帰りはハイヤーで送っていただいたんですけれど、完全に酔いが醒めていました。自分の小説を書く技術だったり精神的なだったりについて、即戦力としてどんどん小説を書いていく力がないと感じていたんでしょうね。ですから第2作の『闇の底』は1年くらいかかってしまいましたし、『虚夢』に関しては、そこからさらに1年半くらいかかってしまいました。その後で一時、連載もたくさん持つんですけれど、後々考えると、最初の時期にもうちょっと作品を発表しておけばなあ、と思う部分もあるんですけれど、でもあの時期に時間をかけて、自分がどういうことをやりたいのか、小説でどういうものを書いていきたいのかをじっくり考えられたのはよかったなと思います。
小説の書き方だったり、題材だったりはいくつかの出版社の担当の方といろんな話をして、先輩作家の方とも話をしていろんなことを考えて、とにかく「書くんだ」という気持ちで、そこからは『悪党』などを書いて。

――『闇の底』は性犯罪を、『虚夢』では刑法第39条の問題を扱っていますよね。『悪党』は元警官の探偵が犯罪被害者遺族の依頼を受けるという内容で、実は探偵自身も姉を殺された犯罪被害者遺族であるという。最初のデビュー作が少年法を題材にしているということで、そういうものを書くことを期待された部分はありましたか。

薬丸:最初の数作品は同じタイプの、同じ題材のものをやろうというのは僕自身が思ったことでした。それはもう、「薬丸岳はこういうタイプの作品を書く小説家なんだ」ということをおぼえてもらうことが先決かなと考えたんです。それで最初の数作は犯罪被害者、加害者という問題を突き詰めていこうとしましたが、それをやっている最中に、他の担当の方とお話をしているうちに「幅を広げていこうか」という話になって。その頃に『神の子』の連載もスタートしていましたし。僕に限っては編集者さんに「こういうものを書いてほしい」という依頼はあまりされたことがないんですよね。

――昨年の夏に刊行された『神の子』はその頃から書かれていたのですね。戸籍がないまま育てられ、殺人の容疑者として捕まった少年が、実はものすごいIQの持ち主だと分かる。その後の彼の人生が描かれた大作です。そういう連載を抱えていたとなると、相当忙しい毎日ですよね。

薬丸:基本的には朝から夜まで仕事をしていて、差し迫ってくると夜も仕事をして。でもよほどのことがない限り、夜中に書くことはほとんどないですね。

――そんななかでの読書生活は。

薬丸:ノンフィクションが多いですね。結構買います。ものすごく興味があるわけでなくても、実際に起きた事件のことが描かれていたりするとつい買ってしまうんです。

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