第161回:磯﨑憲一郎さん

作家の読書道 第161回:磯﨑憲一郎さん

2007年に文藝賞を受賞して作家デビュー、2009年には芥川賞を受賞。意欲的な作品を発表し続けている磯﨑憲一郎さん。叙事に徹した日本近代100年の物語『電車道』も話題に。時間の大きな流れの中で生きる人々をとらえたその作品世界は、どんな読書生活から育まれていったのか? 商社に勤めながら40歳を前に小説を書きはじめた理由とは? 

その5「デビューしてから」 (5/5)

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――一最初に書いたのはエッセイなので身近なエピソードですよね。「肝心の子供」でブッダから始まる三代、という題材を選ばれたのはなぜですか。

磯﨑:あれは何だか分からないです。「ブッダの子供にはラーフラ、束縛という名前の息子がいたが、名付けたのはブッダではなくその父、スッドーダナ王だった。その名を思いついたとき、スッドーダナ父王は、大いに喜んだのだという」という最初の文章が面白くて、続く文章を呼び寄せる力があって、その文章の力だけで書き進めていった感じです。ただ、「肝心の子供」は主人公の自我が抜けていく感じとか、外の世界に自分を拡散していこうとするところなど、作者の意図が透けて見えちゃうので、自分もまだまだだったな、と思います。

――一プロットを作らずに、一文を書いて次の一文を紡ぐというやり方は、その頃からなんですね。

磯﨑:そうですね。どういう文章を書き継いでいくかという運動の中に、個性というか身体性というか、自分のセンスみたいなもの、それこそ音楽とかボートとか経験を含めた、蓄積されてきたものを出しているにすぎないんだろうな、という気がします。

――一デビューしてから、ずっと会社勤めも続けてらっしゃいますが、辞めようと思ったことはないんですか。

磯﨑:そりゃ辞めようと思ったことも人並みにはあるけれど、結局、サラリーマンにはいつか定年が来ますからね。辞めようと思わなくてもいつかは辞めなきゃいけないんです。作家は死ぬまで作家ですよね。違いでいうと、サラリーマンは休みがあるけれど、作家に基本的に休みはないですね。書いていなくても、頭のどこかで常に考えているから。

――一執筆時間はどのように捻出されているのですか。

磯﨑:土日と、早く起きられる時は朝。最近、夜は弱くなって、すぐ眠くなっちゃうんですよね。アメリカ時代で子育ては終わっていて、娘も大きくなって最近は休みの日も全然僕の相手をしてくれなくて。そういう意味では土日の自分の時間はすごく増えました。

――一デビュー後は、どんな本を読まれているんですか。

磯﨑:最近の作家はあまり読んでいないんですが、海外ではパスカル・キニャール。『舌の先まで出かかった名前』とか『ローマのテラス』とか。出たのが50年くらい前なので最近でもないですが、まだ生きている人という意味で。20世紀小説は相変わらず読んでいて、国書刊行会から出ているボルヘスの「バベルの図書館」シリーズをぱらぱら読んだり。ヘンリー・ジェイムズとかも読んでいます。カフカなんて何回も何回も読み返しています。たくさん読むよりも、好きな本を繰り返し読むほうがいいんじゃないかなって思うんです。日本の作家では中原昌也さん。自分の小説と全然違うじゃないか、と思われそうですが、僕は共感するんです。世の中の愚かさに対する怒りみたいなものが......と言うと、中原さんは「僕は世界を愛していますよ」って言うんですけれど(笑)。
僕の書いているものに関係あるんじゃないかなと思うのは、小説よりもむしろ、美術や音楽の世界の人たちの文章かもしれません。マチスの『画家のノート』とかフェルトヴェングラーの『音と言葉』とか、『ボブ・ディラン自伝』とか。また嘘くさい自伝が好きなんですよね(笑)。最近読んだ横尾忠則さんの『ぼくなりの遊び方 行き方』は70年代の横尾さんの話で、これも面白かったですね。

――一資料もよく読まれているのではないかと思うのですが。『赤の他人の瓜二つ』は自分とそっくりな男と出会う話ですが、チョコレートの世界史も盛り込まれていく。『電車道』は日本の鉄道開発の歴史、その時代の世相や風俗も描かれていますし。

磯﨑:『赤の他人の瓜二つ』ではやはりチョコレートのことなど調べて『コロンブスの航海日誌』とかも読みました。でも、その知識を使うというよりも、読むことによって自分の気持ちが盛り上がっていくこと、自分の中で何かが醸成されていくことのほうが大事かもしれません。

――一新刊『電車道』は高台の町を舞台に鉄道が敷かれ町が変容していく100年間を、自然災害や戦争、経済成長しなどを背景に描く。長編を書こう、と思ったのですか。

磯﨑:2011年に北杜夫さんが亡くなって、追悼文を書く際に『楡家の人びと』を読み返した時、やっぱり南米のマジックリアリズムような、徹底的に叙事だけで書き進めていく素晴らしい作品だと思ったんです。自分もこういうものを書かねば、と思いました。できるだけ作者の存在を消して、徹底して小説の流れに身を委ねて書きたい、と。長編を書く前の筋トレとしてまず連作短編の『往古来今』を書き、それからこの長編に取り掛かりました。でも長編を書く、ということしか決めていなくて。毎年初詣に行く喜多見不動というお寺の境内に洞窟があって、祠があるんです。そこにかつて人が住んでいた気がして、そこからこの小説の冒頭が生まれ、書き進めていくうちにああいう話になっていきました。

――一洞窟の近辺に町ができて、そこが舞台になっていくわけですよね。主要人物も登場しますがあくまでも叙情ではなく叙事に徹して、人の営み全体を俯瞰するような視点が面白かったです。

磯﨑:町ができて鉄道が敷かれるのではなく、鉄道が敷かれ、乗客を確保するために駅のまわりにて町ができていく。そういう順番だと気づいた時に、これは電車の歴史の話になるんだなと思いました。行き当たりばったりで書き進めていったんですが、調べると小説よりも嘘っぽい史実がどんどん見つかって、怖いくらいでした。と同時に、今書いている方向は間違っていないと確信が持てました。100年の時間を追っていくうちに、やっぱり人間は同じことを繰り返しているんだなとも思いました。でも反復するからこそ人間の営みは続くし、希望も繰り返されていくのだと感じました。小説の流れの中に身を委ねるということが徹底してできたのが『電車道』じゃないかと思っています。書き終えた時には小説との別れが名残惜しかったですね。

――一長編を書き終えて、この先は何をやりたいですか。

磯﨑:何も決めていないんですけれど、やはりまた違うことをやりたいなと思っています。そう思っても書きあげると「なんだいつもの磯﨑憲一郎じゃん」みたいな感じになるんですけれど(笑)。
自分を更新していかないと続かない、というのがロックな考え方。自己模倣みたいな方向に決していかない、ということが作家として長生きすることなんじゃないかと思っています。

(了)