第165回:羽田圭介さん

作家の読書道 第165回:羽田圭介さん

この7月に『スクラップ・アンド・ビルド』で見事芥川賞を受賞した羽田圭介さん。そのぶっちゃけすぎる言動でも今や注目を浴びる存在に。そんな羽田さんに影響を与えた小説、作家を目指したきっかけ、そして高校生でデビューしてから現在に至るまでの道のりとは?

その3「影響を受けた作家たち」 (3/5)

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――傾向と対策を練っていた頃、ほかに読んで心に残った作品はありましたか。

羽田:やはり綿矢さんの『インストール』ですね。すばる文学賞受賞作では大泉芽衣子さんの『夜明けの音が聞こえる』や栗田有起さんの『ハミザベス』とか。いちばん影響を受けたのは中村文則さんの新潮新人賞受賞作の『銃』です。「純文学ってこうなのか!」と思ったんですが、あれもあれで変わっていますよね。僕の純文学の原風景みたいなところに『銃』があるんで、中村さんは「すごい先輩」ってイメージがあるんですけれど、デビューの年が1年しか変わらないところに、ちょっとびっくりします。中村さんが2002年、僕が2003年なんです。1年しかキャリアが変わらないのに、自分はあそこまで行けていなくてヤバいと思います。

――それで思い出しましたが、今年別媒体でインタビューした時に「藤沢周さんがデビューした年に近づいているけれど、自分はその年齢に達した時にああいう作品が書けるかどうか」とおっしゃっていましたね。藤沢さんも好きな作家なのですか。

羽田:中2の時に選択授業で、週1時間読書をして感想文を書く授業があって、楽そうなので選んだんです。それで当時藤沢周さんの『ブエノスアイレス午前零時』が芥川賞を獲られて読んでみたら、良さがよく分からなかったんですね。で、「これのどこがいいのかよく分かんねえ」ってことをくどくど書いたら「これはいい感想文だ」って先生に褒められて、「自分、文章力あるな」って勘違いしたんです。

――いい作品だと思いますが...(笑)。小3の時に要約で褒められたことに続いての、文才の自覚ですね。

羽田:藤沢さんの作品の良さを理解できなかった作文で自分の文章能力を過信して道を誤ったら、文藝賞の選考で自分を推してくれた人が、選考委員の藤沢周さんでした。で、授賞式の時に挨拶しなきゃいけないので、選考委員の方々の本をまとめて読んだんです。その時もまだ良さが分かっていなかった。でも、20歳になった頃から急に、藤沢周さんの作品が一番しっくりくるようになったんですよ。なぜかよく分からないんですけれど。大学時代くらいから、くだらない牽制のし合いみたいなことって男の行動原理のほとんどだなって思うようになっていて、それを書いている作家が実は藤沢さんしかいないんじゃないかと感じるようになりました。藤沢さんが一番しっくりくるというのは、20歳以降、今もずっと変わらないです。

――藤沢さんのデビュー作は「ゾーンを左に曲がれ」を改題した『死亡遊戯』で、これは新宿のチンピラの話ですよね。かなり暴力も描かれていますが。

羽田:あれはウィリアム・バロウズっぽいというか。テクニカルな部分を試しつつ、主人公の行動原理のくだらなさが、身も蓋もなく、幻想もなく書かれている。ヒューマニズム的な幻想がない感じと、テクニカルなものを組み合わせているところを尊敬します。藤沢さんがあれを書いたのが32、33歳くらいですよね。自分があと2~3年であれを書かなきゃいけないのかと思うと、ちょっとまだ難しい。やること一杯あるなって思いますよ、本当に。

――高校生でデビューして、その後の読書生活は何か変化がありましたか。

羽田:高3でデビューした後もしばらくはエンタメ小説も読んでいたんですが、自分を純文学寄りに矯正するための読書をはじめて、島本理生さんの『リトル・バイ・リトル』や、阿部和重さんの『インディヴィジュアル・プロジェクション』、保坂和志さんの本を読みました。無理矢理矯正する方向に持っていったら、それ以来、エンタメの小説にはあまり戻りませんでしたね。

――矯正できるものなんですねえ。

羽田:そんなのは簡単にできると思います。自由な枠のなかで書かれた小説のほうが多様性があって、飽きないんですよね、やっぱり。矯正しているうちに、同じようなお決まりの展開の小説を読むのが本当にしんどいな、と思えてきたんですよ。読書経験が増えると物語のパターンを沢山経験しちゃうんで、何か小さな裏切りがないと、とてもじゃないけど読む気がしない。そうなった時、やっぱり純文学作品のほうが歪みが多かったり、小さな裏切りがたくさんあったりして。無理に矯正しなくても自然とそちらのほうが好きになっていきました。でも僕が読んでないだけで、お決まりの展開ではないエンタメ小説もいっぱいありますよね。最近は東山彰良さんや西加奈子さんみたいに、ボーダレスな作品が多いですし。当時、2000年代半ばとかに僕が読んでいたものが、そういうイメージだっただけです。

――大学時代はどのように過ごされたのでしょう。

羽田:ああ、学生生活してました。大学時代に生み出した本って2冊だけです。本当にもう酒飲んで男女関係に一喜一憂している時に電車の中で本なんか読めないので、MDとか聴いていました。失恋した時って失恋の歌がまったく響かないんだな、とか思いながら。だからオジー・オズボーンとか聴いていました。

――学生の仲間から作家として注目されることはなかったんですか。

羽田:入学した時やコンパの時は「ああ、彼か」みたいな感じでしたが、在校生にとってはそんなに大したことではないというか。大学はいって自分の身辺が変わったことに忙しくて他人のことに構っていられないって感じですよね。自分の大学生活をエンジョイすることに必死で、僕も別に作家として大学に入ったという感じはなかったです。

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――そういえば、テレビ番組に投稿していたんですよね。「爆笑問題のバク天!」という視聴者が投稿する番組に、作家だと名乗ることもせず、ごま塩のごまと塩の数を根気よく数える、といったようなビデオを投稿して採用されていたとか。

羽田:七味唐辛子を全部ピンセットでつまんで、七味のどれが多いか数えるとか、『金田一少年の事件簿』全巻の中に出てくる単語でどれが一番多いか正の字で数えるとか。7回撮って、5回オンエアされました。特に作家という経歴も出さずに、名前だけで出して、「埼玉県、羽田圭介」とかって、太田さんに読まれていました。

――「俺は作家なんだぜ」っていう気負いのない学生だったんですねえ。

羽田:そんな気負っても、何もないですから。自意識過剰な高校生でデビューしちゃっているので、その時にもう「将来作家としてやっていく」っていう根拠のない自信を持って、それをずっと引きずって今まで来ているんで。大学は商学部に行ったのも「まあ、どうせ作家でやっていくんだから、文学は大学で学ばなくていい」って感じでしたし、就職も、「どうせ小説家としてやっていくけど、まあ就職してもいいか」って感じで就職して1年半だけやりましたし。

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