第165回:羽田圭介さん

作家の読書道 第165回:羽田圭介さん

この7月に『スクラップ・アンド・ビルド』で見事芥川賞を受賞した羽田圭介さん。そのぶっちゃけすぎる言動でも今や注目を浴びる存在に。そんな羽田さんに影響を与えた小説、作家を目指したきっかけ、そして高校生でデビューしてから現在に至るまでの道のりとは?

その4「会社員を経て専業作家に」 (4/5)

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  • 『バースト・ゾーン―爆裂地区 (ハヤカワ文庫JA)』
    吉村 萬壱
    早川書房
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  • 『百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)』
    ガブリエル ガルシア=マルケス
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  • 『オン・ザ・ロード (河出文庫)』
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――学生時代に本は読まなかったのですか。

羽田:1、2年の頃は遊ぶのに夢中であまり本は読んでいなかったんですけれど、3~4年の頃は結構読んでいました。何回も読んだのは、吉村萬壱さんの『バーストゾーン』。それと、吉田修一さんの世界観にはまっていました。藤沢周さんと吉田修一さんには憧れが強かったです。

――『バーストゾーン』はどこに惹かれたんですか。

羽田:作者の勝手なルールで構築された異常な世界観がよかった。想像力で書かれたものがやっぱり好きっていうか。椎名誠さんの超異常世界のSFとも繋がると思うんですよね。世界観を作り上げたところに読者を誘導してくれる感じが面白くて。それこそ、今の現実にない、自分の生きている世界や時代にはないもの、異なる価値観と出会わせてくれるものが好きでした。海外のものではアルフレッド・ジャリの『超男性』も好きでしたね。

――吉田さんの作風は幅広いですが、どのあたりを。

羽田:『東京湾景』を読んであのシャレオツな感じの恋愛を自分でも書きたいと思って、それっぽいのを書いて、「こ、これは駄目だ...」と自分で没にしました。新宿サザンテラスのあたりの風景を出して、130枚くらい書いたんですけれど。
そういえば大学時代は小説の資料になるものを読んで書いて自分で没にしたものが結構ありました。デビュー作はかっちり構成を決めて書いたんですけれど、その後は飛び飛びで場面を書いてみたり、小説の運動性というものを行きあたりばったり書くことだと勘違いして、そうやって書いて没にしたりとか。いろんなやり方で、迷って、しょっちゅう没にしていました。

――じゃあ、大学時代に刊行されたのが2冊といっても、没にした原稿が多くて、書いていなかったわけではないんですね。

羽田:ああ、そうですね。確かにそう言われたら、真面目な奴って感じがしますね。たしかにすごい枚数を没にしていますね、大学時代に。

――卒業後専業にならずに就職したのはどうしてですか。

羽田:まあ、新卒採用で就職できるのは1回しかないので、その機会を使ったほうがいいだろうなというのと、社会人経験があったほうがいいのかな、というのがあって。一番は、いきなり専業作家になるより就職したほうが、親が安心するかなと思ったんです。僕の頃は仕事を選ばなければ、とりあえず就職することはできたんです。それで内定を3つくらいもらって、どうせ親を安心させるためだから一番メジャーなところに就職しました。

――辞めたのはそれが理由なんですか。

羽田:いや、入った時から「辞めたいな」と思っていたんですけれど、でもあまりにも職場環境が悪くなくて、逆に辞めづらかったんです。まわりはいい人たちばかりだし、虐げられることもなくて、仕事もきつくない。一緒に働いている人たちに「辞める」と言いづらくてずるずる働いていました。

――会社員時代、本は読んでいましたか。

羽田:全然読んでいなかったですね。それも一因としてありました。半年、数か月に1冊しか本を読まない時期もあって、これはまずいと思いました。小説を書かないどころか、本を読んでいない、このままだと本当にただの会社員になっちゃうなって思ったんですよね。僕は会社員をやりながらたくさん本を出していた朝井リョウ君みたいに器用じゃなかった。
それで、1年半で辞めて。会社員じゃないとローンが組めないと思ったので、辞める直前に東京の府中にマンションを買って、そこに5年半くらい住んでいました。

――専業になって、読書時間は増えましたか。

羽田:増えたんですけれど、最初の頃は読書に逃げていた時間が多いですね。外部的な要因で時間を区切られることがないので、独身で専業作家だと、自分で気分転換しなきゃいけない。それが大変だなというのは今でもあります。通勤通学の時間というのはメリハリをつける意味で結構いいものだったんだなと思いました。 その頃は、会社員時代に全然読んでいなかったので、がっつり読まなきゃと思い、ガルシア=マルケス全集を読んだりしていました。『百年の孤独』ってタイトルだけよく聞くけれど全然読んでいなかったので。「専業作家なんだから、こういうのは読んでおかないと」って。面白さと苦しさと両方でした。
ケルアックの『オン・ザ・ロード』も「これは面白いと思いながら読まなきゃいけないんだ」と思いながら読みました。実際は楽しんでなかったような感じもするんですけれど...。勉強しなきゃという意識が強かったんです。その頃は文芸誌も結構読んでいました。ああ、そうですね、本というより文芸誌に載っている作品を読んでいました。

――読書記録はつけていないのですか。羽田さんは本を紹介する仕事の時などは、きっちりとレジュメを作って持ってきていますよね。

羽田:記録はつけていないんですけれど、僕は本にすごく書き込みをするんです。特に最近は書評やオススメ本を挙げる機会が増えたので、昔より余計に、線を赤ペンで引いたりとか、余白に書いたりとか。でも、数年前から読んでは余白に思いついたこと、参考にできそうなこと、別の自分の小説のアイデアを赤ペンで書くということはしていたんです。だから、たとえば2010年くらいに読んだ本の書き込みを見て、こんなこと考えていたんだと思ったりして。まあ、何を読んでどういうことを書きこんだのかは憶えていないんで。

――何かすごい啓示を与えられた本というのはありましたか。

羽田:『群像』誌上で創作合評をやる時に、『文藝』に載っていた辻原登さんの「夏の帽子」という短篇を読んで、本当に素晴らしい作品だなと思ったんです。辻原さんという素晴らしい作家の作品を読む機会がそれまでなかったなと思うと、自分が読んでない素晴らしい本というのは沢山あるんだろうなって、その時に思いました。
中毒性のある作家って、その人独特の個性が前面に出ているから、それが病みつきになった人たちが固定ファンになるんだと思うんですけれど、辻原さんがなぜすごいかというと、作家の個性が前面に出てこないというか、辻原さんというクレジットがないと分からないくらい作家が黒子になっていて、それでもそこから豊かな世界観が立ち上がっているところです。そんな小説、今まで読んだことがないと思ったんですよね。それは藤沢周さんとも違う。「夏の帽子」は『文藝』に掲載されていたけれど、単行本は河出じゃなくて、新潮社の『父、断章』という短篇集に入っています。

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