第167回:初野晴さん

作家の読書道 第167回:初野晴さん

デビュー作『水の時計』をはじめ、ファンタジーとミステリを融合した独自の作品で人気を博す一方、『退出ゲーム』にはじまる青春ミステリシリーズも好評でこのたびアニメ化もされる初野晴さん。その世界観の発芽はどこにあったのか。雑読多読の初野さんの読書方法も興味深いものが。

その2「再読しても印象が変わらない名作」 (2/5)

  • 三つ首塔 (角川文庫)
  • 『三つ首塔 (角川文庫)』
    横溝 正史
    角川書店(角川グループパブリッシング)
    596円(税込)
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  • 仮面舞踏会 (角川文庫―金田一耕助ファイル)
  • 『仮面舞踏会 (角川文庫―金田一耕助ファイル)』
    横溝 正史
    角川書店
    864円(税込)
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  • 病院坂の首縊りの家 (上) (角川文庫―金田一耕助ファイル)
  • 『病院坂の首縊りの家 (上) (角川文庫―金田一耕助ファイル)』
    横溝 正史
    角川書店
    691円(税込)
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  • 刑事コロンボ コンプリート ブルーレイBOX [Blu-ray]
  • 『刑事コロンボ コンプリート ブルーレイBOX [Blu-ray]』
    ジェネオン・ユニバーサル
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  • ポセイドン・アドベンチャー [Blu-ray]
  • 『ポセイドン・アドベンチャー [Blu-ray]』
    20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
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  • タワーリング・インフェルノ [Blu-ray]
  • 『タワーリング・インフェルノ [Blu-ray]』
    ワーナー・ホーム・ビデオ
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――横溝のほかには江戸川乱歩とか、あるいは海外のルパンやホームズは通らなかったんですか。

初野:ホームズ、ルパン、乱歩も図書館で借りて読みましたが、やっぱり自分の肌に合ったのは金田一耕助シリーズです。ミステリが好きというより、横溝正史が好きだったのかもしれません。あの土着的で非日常の箱庭世界にどっぷり浸るのが好きだったんです。個人的な偏愛で作品を三つ選ぶのなら、『三つ首塔』、『仮面舞踏会』、『病院坂の首縊りの家』になりますね。
その後、中学校三年生から高校二年生くらいまで、ほとんど本を読まない時期がつづきました。学校の勉強と体育会系部活動の両立が大変だったというのもありますが、僕の世代は1983年くらいを境に遊び文化が一気に変わった時代なんです。ファミコンが登場して、サブカルとしてのゲーム文化が一気に流れこんできた。今から同世代でしか通じない言葉で話しますが、ナムコット党だった僕は、セガに浮気して、クラスで見事に孤立しました。マークⅢからのセガユーザーですよ。作家さんや編集者さんでセガファンはいないでしょうか。話し相手になってくれる方を募集中です。
余談に迷い込んでしまいましたが、もうひとつ、娯楽で影響を及ぼしたのが、映画や海外ドラマのテレビ再放送ですね。1980年代は全盛期でした。『刑事コロンボ』は頻繁に放映していましたし、『ポセイドン・アドベンチャー』や『タワーリング・インフェルノ』に胸を熱くして、今だったらなかなか放送されないようなクリント・イーストウッドの『白い肌の異常な夏』を観て女性に対する幻想を打ち砕かれるという(笑)。『白い肌の異常な夏』はいわゆるハーレムものの始祖的な作品でして、そのテーマに興味のある小説家志望の方は観たほうがいいと思います。

――高校時代もあまり本は読まなかったのですか。

初野:いえ、高校二年生くらいから読書熱が復活しました。その時期に印象深かった読書体験はゴールディングの『蠅の王』です。あまりにも面白いから何度も繰り返し読んで、読書感想文に書いた記憶もあります。大人になっても再読しているんですが、再読って、自分の歳に応じて味わいが変わっていくのに、『蠅の王』だけは初読の感想とまったく変わらない。無邪気に少年が狂っていく姿だけしか浮かばない。この本に感じるのは、基本的に人間の原理原則ですよね。一皮むけばそこに野性と凶暴さがあります、と。

――無人島に漂着する少年たちの話といっても『十五少年漂流記』ではなく、『蠅の王』のほうが好みなんでしょうか。

初野:同時期に『十五少年漂流記』も読みましたが、これもしっくりこなかったんですよね。なんというか、やんわりとした押しつけがあるというか。『ロビンソン・クルーソー』も十代の頃まではそこそこ面白く読んだんですけれど、社会人二、三年目になって再読すると、ちょっとがっかりしちゃったんです。あれって、無人島に漂流して、貸借対照表を作る話なんですよね。一年間かけて自分にとって要るもの、出ていくものを考えてバランスシート作っている。冒険小説じゃなくて経済小説です。それがわかってしまって失望しました。でも『蠅の王』は再読しても変わらない。あの純度は自分の中で曇らなかった。

――社会に順応するよりも逸脱していくほうが好みなんでしょうか。となると、他にどういう小説があったのか...。

初野:学生時代に読んだ『悪童日記』は衝撃を受けました。戦時下に双子の男の子が、母親の非情な祖母のもとで暮らす話なんですが、性も死も暴力も宗教も殺人も日常にある生活の中で、彼らはある方法で肉体鍛錬、精神鍛錬をするんですね。そのある方法が......もう、並の教養小説が読めなくなるほどの域まで達しています。それでありながら、寓話、幻想、冒険要素もある。三部作になっていますが、断然最初の『悪童日記』が面白かったです。「こういうのが肌に合うな」ってつくづく思いました。なんだろう、自分は変に冷めているというか、リアリズムに徹したところがあるようです。それは社会人になってから顕著です。
大学は理系に行きまして、電機系メーカーに就職し、技術営業職で働いたんですけれど、社会人になって一線でバリバリ働くと、いろいろ世の中の真理が見えてくるようになります。やさしくて人望のある人がひどいことをする、乱暴で評判の悪い人が手を差し伸べてくれる、そんなケースを垣間見ることもあれば、根っからの悪人が世の中にいることを痛い目に遭ってから気づく。「もう何が正解が分からないよ」っていう感じですね。
世の中には正解がないから、常に思考を冷静にまわさなければならないというのは、わりと早い段階から気づくことができました。そういった意味で、ミステリの世界はとても惹かれるものがあったんです。現実で叶わないなら、せめて虚構の世界で、正解がほしい。正解がある分野は、理系の数学や物理もそうだった。答えがあるということに安心する、というのはありました。

  • 十五少年漂流記 (新潮文庫)
  • 『十五少年漂流記 (新潮文庫)』
    ジュール・ヴェルヌ
    新潮社
    432円(税込)
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  • 完訳ロビンソン・クルーソー (中公文庫)
  • 『完訳ロビンソン・クルーソー (中公文庫)』
    ダニエル デフォー
    中央公論新社
    1,028円(税込)
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  • 悪童日記 (ハヤカワepi文庫)
  • 『悪童日記 (ハヤカワepi文庫)』
    アゴタ クリストフ
    早川書房
    713円(税込)
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