第167回:初野晴さん

作家の読書道 第167回:初野晴さん

デビュー作『水の時計』をはじめ、ファンタジーとミステリを融合した独自の作品で人気を博す一方、『退出ゲーム』にはじまる青春ミステリシリーズも好評でこのたびアニメ化もされる初野晴さん。その世界観の発芽はどこにあったのか。雑読多読の初野さんの読書方法も興味深いものが。

その3「模写で学んだのはあの人の作品」 (3/5)

――小説を書き始めたのはいつですか。

初野:大学三年生の頃です。成城大学ミステリクラブの部長をしていた村崎友君と知り合ったんです。彼はその後、僕と同じ横溝正史ミステリ大賞を受賞していますが、当時、自分は執筆経験がまったくなく、彼の作品を読んで思ったのが、「同い年の人が書けるんだから、もしかして自分にも書けるかも?」だったんです。無謀、かつ、ただのバカだったのかもしれませんが、同い年の友達を見上げなくてよかったと思います。

――つまり、あいつは自分にはできそうもないことをやっていてすごい、と思わずによかった、と(笑)。それにしても大学も違うのに、どうして知り合ったんですか。

初野:僕には双子の弟がいて、学生時代は二人暮らしだったんです。その弟が別の大学の軽音楽クラブに所属していまして、パンクバンドのボーカルをやっていた村崎君と知り合いになり、家に連れてきてくれたんです。で、チャーハンをつくって一緒に食べた。新本格に傾倒するようになったのは彼の影響が大きいです。綾辻行人さんや法月綸太郎さんや有栖川有栖さん、当然、島田荘司さんの著作をたくさん読んだ時期と重なります。自分は根っからの理系人間だったので、「謎」と「正解」のあるミステリはいわゆる「魅力的な問題」でして、「自分でも問題をつくってみたい」、「自分だったらこういう解答があってもいいかな」と芽生えてくるものがありまして、すぐ静岡の実家に帰省し、親父が倉庫に眠らせていたでかいワープロを持って帰って、それで書いたんです。マウンテンバイクと入力すると「魔運転バイク」と変換されるようなポンコツでしたが、それでも文字を打つのが楽しくて楽しくてやめられなくて、はじめて書いた短編小説を村崎君の部長権限で成城大学ミステリクラブの機関誌に載せてもらえたんです。二度もですよ。自分は他大学でまったくの部外者ですから、ゲスト出演という形でした。あの経験は自分の中で大きかったです。当時村崎君からは、小説の視点統一や句点の打ち方などを教えてもらいました。

――自分だったらこういう解答があってもいいかな、というのはどういうところだったんでしょうか。

初野:解答というか導き方になります。数学でも三平方の定理は定理自体は一つですが、証明の仕方はたくさんあります。がちがちのパズルとして、ひとつだけの証明法を提示するより、小説ならではの情感をうまく訴える形で複数の証明法を示したい。現在プロになって、できているかどうかは棚に上げますが、そういう欲求はありました。それと幻想、怪奇小説も読んでいましたから、そちらのテイストも自分なりのやり方で入れてみたかったです。

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――幻想、怪奇小説はどのあたりをお読みになっていたんですか。

初野:これはハルチカシリーズ最新作の『惑星カロン』でも少し触れているんですけれど、古典的なW・W・ジェイコブスの短編小説や、レイ・ブラッドベリの『10月はたそがれの国』あたりでしょうか。ジャンルは違うかもしれませんが、スティーヴン・キングが別名義で書いた『死のロングウォーク』も自分の中では近未来ではなく、ある種の霧に包まれたような幻想小説の位置づけにあります。これは今でいうデスゲームの源流作品ですよね。
大学時代は仕送りが少なかったから、本に使えるお金が限られていて、図書館を利用することが多かったんです。図書館の本棚の前に立つと、自分の興味の範囲外のところにも手が伸びます。新聞と同じです。新聞のメリットは、関心のなかった記事も目に入ってきて、それを読んで知識として定着する。自分の知識の多くは新聞と図書館で得たものです。
ただ、いつまでも図書館を利用するのではなく、早く大学を卒業して、自由に本を買えるようになりたかった。本を自分のものにしたい。それが夢でした。だから大学院への進学をやめて、すぐに就職しました。初ボーナスで買ったのはさんざん悩んで中古のワープロです。当時七~八万円でした。パソコンが四十万とか五十万円の時代です。地元から持ってきたでかいワープロが壊れ、幼なじみのヤンキー友達のワープロを拝み倒して借りていた環境でしたので、ようやく自分で中古のワープロを持ち、仕事しながら給料で本を買うという幸せな生活を送ることができました。

――文章を書くのは得意だったのですか。

初野:いえ、苦手でした。理系を目指したのは、国語能力がなかったこともありますね。読書感想文でほめられたことも一度もありませんでした。
しかし大学に入って論文を書く機会が増えたんです。実は小説は、論文の書き方から入ったんです。起承転結をはっきりさせるとか、はじめに結論を書くとか、導入部分で話に引き込むようにするのは論文と一緒です。で、論文はきちんと最後に結がある。ミステリもそこに当てはまっているし、相性はよかったです。だから書き方には苦労したけれど、やれないことはなかった。書けば書くほど勉強になりましたし、模写も積極的に行いました。

――模写ですか。どなたの作品を。

初野:宮部みゆきさん。最初の模写は、大学四年生の頃に読んだ『取り残されて』という短篇集の最後に入っている「たった一人」という作品です。こんな魅力的な文章ってどうやって勉強すりゃいいんだと思った時、やれることはひたすら模写するしかなかったですね。頭だけではなく、指でも覚えなければならないと思いました。自分の小説修業では、模写はとても有効だったんです。宮部みゆきさんの本や天藤真さんの『大誘拐』など、全部で五作くらい模写して、だんだん自信がついてきました。

――どういうところを学んだと思いますか。

初野:これは大事なことなんですが、モチーフや謎に直接かかわってこない、物語上の手続きといってもいい要素がありますよね。登場人物の行動動機とか。ゲームのドラゴンクエストみたいに町に行ったら情報をくれる人が都合よくいるわけじゃなくて、しかるべきところに人がいて、理由があって情報を話してくれる。数学でいうところの配列要素がある作品を模写すると、すごく勉強になります。

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