第167回:初野晴さん

作家の読書道 第167回:初野晴さん

デビュー作『水の時計』をはじめ、ファンタジーとミステリを融合した独自の作品で人気を博す一方、『退出ゲーム』にはじまる青春ミステリシリーズも好評でこのたびアニメ化もされる初野晴さん。その世界観の発芽はどこにあったのか。雑読多読の初野さんの読書方法も興味深いものが。

その4「ファンタジーとミステリの融合」 (4/5)

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――大学進学の時から今まで、ずっと東京ですか。

初野:就職してからあちこち行きました。転勤族だったんです。最初は東京勤務、千葉、茨城、群馬、長野、愛知と転勤しました。社会人三年目に転勤になって、その機会に腕試しとして投稿しました。まずは短篇のオール讀物新人賞から始めました。宮部みゆきさんがオール讀物新人賞でデビューされているから、ミステリを書いても認めてもらえると思ったんです。二次選考までいって雑誌の選考経過に名前が太字で載って、次の挑戦は長編だと意気込み、横溝正史ミステリ大賞で最終選考に残り、翌年の三回目で受賞できたんですよね。自分は本当に運が良すぎたので、プロになってから苦労しました。

――受賞作の『水の時計』はワイルドの「幸福の王子」がモチーフとなっていまよね。

初野:試行錯誤して童話系、幻想系のミステリでいくことにしました。幻想的かつ童話風の物語は、ある意味それだけでオリジナリティーを出せるから戦略として間違っていないと思ったんです。それで童話の「幸福の王子」と現実世界をミックスさせて、片脚が浮いたような世界観を作りました。ほとんどの場面を月明かりのある晩にして、幻想的な作品になるよう心掛けたんです。とにかく自分に文章力があると思わなかったから、どこでオリジナリティを出せるかといったら、作品を覆う世界観しかなかったんです。「幸福の王子」は、絵本の『かたあしだちょうのエルフ』と同様、かつて少年少女文学全集で読んだときは、自己犠牲もはなはなだしい、とんでもない話だと思っていました。だからこそ、ツバメは果たして幸せだったのか、という問いかけに自分の創作で答えてみたかったんです。昔の話ってキリスト教的な教訓が含まれているものが多いですが、それが現代で受け入れられるかどうかは分からないですよね。たとえ受け入れられなくてもひとつの教訓になると思ってトライしました。
いつかは『宝島』に出てくるジョン・シルバーみたいな悪党が出てくる小説を書いたみたいですね。フェアでギブアンドテイクのある、格好いい悪党を。ハルチカシリーズで登場するマンボウやガンバ、『1/2の騎士』で出てくるゴリラやサイなどの小悪党は、その練習のつもりで書いていますが。

――プロになってからが大変だったというのは。

初野:それなりに本を読んできたつもりでしたが、まだまだミステリについて無知だったことを痛感しましたし、どこか自分には足りないものがあるんじゃないか、どこか間違っているかもしれない、と常に恐れに近いものを感じました。結果として、二作目を書くまでに二年かかったんです。

――二作目の『漆黒の王子』も、幻想的なミステリなわけですよね。

初野:力作に仕上げたつもりだったのですが......これが売れなくてですね、ああ、自分は駄目だろう、小説家として必要とされていないんじゃないかと、恥ずかしながら早々とギブアップ気味になりました。とんだヘタレです。自分は会社員という言い訳があって、退路を断てなかった甘えもあったんだと思います。そこからまた間があきまして、たぶんこれが自分の最後の作品だと思って書いたのが『1/2の騎士』と『退出ゲーム』です。悔いが残らないよう、やれることは出し惜しみせずに全部詰め込みました。三作目からユーモア要素を入れたのですが、僕がはじめて共感したユーモアはホラー漫画の世界にあったんです。十五歳の頃、ホラー漫画家の日野日出志さんが大好きでした。『恐怖のモンスター』というフランケンシュタインをベースにした作品がありまして、人造人間を造るために必要なものが、焼酎とどぶろくと放射線。人造人間がつかるはずの培養液がワカメの味噌汁、博士の名前が腐乱犬酒多飲(ふらんけんしゅたいん)なんですよ。ホラーとユーモアは非常に近い関係にあると思いますし、静かな笑い、という意味で多大な影響を受けました。アニメでは『トムとジェリー』、コメディ映画ではザッカー兄弟の『トップ・シークレット』も好きです。
話を戻しますが、三作目を書くにあたって、自分の好きなものを振り返ってみたんです。自分が読書に求めるものは、非日常の体験、知的好奇心の刺激、現実以上の真理、ユーモア、本格スピリットにあふれたミステリ。この五つだなと思って。これが全部入った本を書いて自分の作家人生を終えようと思い、『1/2の騎士』と『退出ゲーム』をほぼ同時期に出しました。おかげさまで両作とも評判がよく、次に書けるチャンスをいただきまして、今に至ります。

――『1/2の騎士』は女子高生のマドカと、無力な騎士の幽霊サファイアが町の犯罪を解決していくというもの。『退出ゲーム』は高校の弱小吹奏楽部に所属するハルタとチカが校内の事件を解決していく。続篇も出て、ハルチカシリーズとして人気ですね。これは日常の部活青春小説としても読めますが...。

初野:自分の著作は一貫して非日常の世界を描いていて、ハルチカシリーズも例外でありません。現実世界では存在しないような登場人物や奇抜な謎を創作していますし、高校生活という舞台に世界情勢や社会問題、歴史がどんどん接続されていきます。今どきの閉じた学校生活、下手すると教室内小説を書くつもりはありません。それよりは謎の提示と解決後の落差の大きさを重視しています。この落差は大きければ大きいほどいい。すくなくとも著者として、あのシリーズに「日常の謎」はなく、あるのは「非日常の謎」だと思っています。たとえ虚構の世界でも、現実以上の真理がひとつでも作中にあれば、読書の意味はありますので。
なおハルタとチカの三角関係は恋愛要素の排除、廃部寸前という設定は厳しい上下関係や規律の排除を目的としています。
吹奏楽部のリアルさを求めるのなら、石川高子さんのブラバンキッドシリーズという優れたドキュメンタリー本をお勧めします。これを超えた吹奏楽部小説は、自分がいままで読んできた中ではまだありません。ですからハルチカシリーズでは、ブラバンキッドシリーズでは描かれないようなリアルさを意識しています。吹奏楽部経験者が「あるある」と思うのではなく、「そうだったのか」と思っていただけるような作品づくりですね。そういう要素を探すのは大変ですが、現担当者が普門館経験者で、彼女が支持してくれているので、だいじょうぶかと。

――最初、シリーズ化するつもりはあったんですか。

初野:なかったです。最初は『野性時代』の女性探偵特集で「書いてみないか」と声をかけていただき、チカちゃんを探偵役にしてプロットをつくり、最終的にハルタを探偵役にしました。当時の担当者の乗せ方がうまくて、「面白かったですよーーー」とアゲアゲで(笑)、「じゃあ頑張ります」と連作を書いた形です。担当者の存在は大きいですよね。決して自分ひとりでシリーズを書いているわけではない。単行本をつくるときに相談した結果、最後のページに続編を示唆する一文を入れました。商業作品として発表する以上、一作目が受け入れられるかどうかわからないのに二作目という甘い考えは持ってはいけないんです。これが最後の作品と思っていましたが、ちょっとだけ未練があったんですね。いま考えると恥ずかしいですよ、もう。

――吹奏楽の経験は。

初野:ないです。自分の経験していない分野を執筆中に追体験できることは、創作者である小説家の快楽だと思います。だから楽しんで書いています。

――シリーズ最新作の『惑星カロン』が出ましたね。「やっと出た」という声をあちこちから聞きます、「やっと」って(笑)。

初野:編集部の方から、エア原稿とさんざんからかわれてへこんだシリーズ最新作ですね(笑)。この間の講演会で「高校一年生の時に読みました」と感想を言ってくれた大学三年生と会いまして平謝りです。このシリーズは一冊につき四話縛りの本格ミステリを書いていまして、実験的な試みもしています。手を替え品を替え書いてきたつもりなんですけれど、さすがに四作目の『千年ジュリエット』でやり尽くした感があって、時間がかかってしまったのは事実です。結局は『退出ゲーム』の執筆時の初心に戻って書きました。最終話で、生と死、大人と子供の境界が入り交じるSFっぽい題材を扱ったりと、吹奏楽部らしくないところがいいんじゃないかと思っています。
ちょうどこれが折り返しのような作品ですね。だからまだ続きます。シリーズ全体の謎と伏線は回収しなければなりませんし、チカちゃんやハルタを無事卒業させてあげたい。ですから次作を頑張ります。

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