第181回:岡崎琢磨さん

作家の読書道 第181回:岡崎琢磨さん

デビュー作『珈琲店タレーランの事件簿』が現在第5巻まで刊行される人気シリーズとなっている岡崎琢磨さん。ノンシリーズ作品も順調に刊行され、作風を広げている注目の若手ですが、実は大学時代まで音楽の道を志していたのだそう。そんな岡崎さんが作家を目指すまで、そして作家になってから読んできた本とは? 

その3「国内ミステリーの面白さを知る」 (3/5)

  • 告白 (双葉文庫) (双葉文庫 み 21-1)
  • 『告白 (双葉文庫) (双葉文庫 み 21-1)』
    湊 かなえ
    双葉社
    669円(税込)
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  • さよなら妖精 (創元推理文庫)
  • 『さよなら妖精 (創元推理文庫)』
    米澤 穂信
    東京創元社
    802円(税込)
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  • 季節はうつる、メリーゴーランドのように
  • 『季節はうつる、メリーゴーランドのように』
    岡崎 琢磨
    KADOKAWA/角川書店
    1,512円(税込)
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  • 珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
  • 『珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)』
    岡崎 琢磨
    宝島社
    700円(税込)
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――実家に戻ってからは、どのような生活を。

岡崎:最初は実家でバイトを探していたんですけれど、そのころ に父親の実家の寺で手伝いをしていた方がご病気になってしまって人手が足りなくなったので、「じゃあ」ということで僕が寺の手伝いを始めました。一人で音楽活動をやろうと思って音源作ったり大会に出たりしていたんですけれど、ちょっと一人では無理だなと思い始めていました。お寺の手伝いって結構空き時間が多くて、でもお寺で音を出すわけにもいかないので音楽的なことができない。なので、本を読むくらいしかやることがない。最初は叔母がたまたま買ってきておいてあった湊かなえさんの『告白』を読んで面白いなと思い、そこからようやく国内ミステリーを読み始めるんです。まず新本格のあたりを読みました。

――綾辻行人さんとか?

岡崎:そうです。綾辻さんとか、安孫子武丸さんとか。新本格に限らずメジャーどころの作品も読むようになって、どんでん返しや叙述トリックものがすごく面白いなと思って。小説でしかできない体験だなと感じたんです。そういうものをいっぱい読みたくなって、そこからいろいろ国内のミステリーを読み始めた感じです。

――どんな作品が好きでしたか。

岡崎:乙一さんの『GOTH』。同じく乙一さんの『ZOO』に収録されている「SEVEN ROOMS」という短篇がめちゃくちゃ衝撃的でした。

――ああ、監禁されている部屋の脇に溝があってそこに水が流れていて...。

岡崎:死体が流れてくるっていう。あれは本当に衝撃的で、それから一週間毎晩寝る前に「SEVEN ROOMS」のことを考えていましたね。あれたぶん、人生で一番衝撃的な読書体験だったかもしれません。
そういうものを読むようになって、自分でも書きたくなってきたんですよね。自分もトリックを使ったものを書きたいなっていう。それで普通に人を死ぬ話、それも長篇とか書いていて、「日常の謎」系作品を読み始めるのはその後なんです。

――ああ、岡崎さんのデビュー作はいわゆる「日常の謎」ですが、最初から書いていたわけではないのですね。書きたいなって思った時に作家を目指すことは考えたのですか。

岡崎:最初はちょっと面白そうだなと思ってトリックを考えるようになり、それで書いてみようかなとなって文章にしてみたりしたんですけれど、あまりにも自分で思っている以上に書けないことに気づくんです。「こんなに小説の文章を書くのって難しいんだ」と思って、何回か諦めたんですよ。「ま、俺、音楽やりたいし」とか思って。何回か諦めるんですけれど、はじめて「このミス大賞」に応募した長篇のトリックを思いついた時に、どうしても作品にしたくなって、これはもう「書けない」とかじゃなくて、書けるまでやるしかないと決心して、腰を据えて執筆にとりかかるようになりました。大学を出た年の秋くらいに2回くらい「小説書くの辞めよう」と「やっぱり書こう」というのを繰り返していて、やっぱり追い込まないと自分は甘えるなと思い、次の年明けくらいに「もう音楽は辞めます」とはっきり宣言して、小説一本でいくことにしました。

――その後で「日常の謎」を知ったわけですか。

岡崎:そうですね。人が死ぬ長篇を書いている途中に「日常の謎」に触れたんです。北村薫さんの〈ベッキーさん〉シリーズや〈円紫さんと私〉シリーズ、米澤穂信さんの〈古典部〉シリーズとか〈小市民〉シリーズとか。米澤さんの作品で最初に読んだのはノンシリーズの『さよなら妖精』で、あのラストはものすごく自分の小説観に影響を与えていますね。

――謎は解けるけれど、苦いラストですよね。

岡崎:僕がすごく好きな夏目漱石の『三四郎』も、終わり方がビターなんですよね。中学生くらいからたぶん、そういうものが好きだったんです。でも、バッドエンドとも違うじゃないですか。あの余韻が好きですね。読後感というのは僕が執筆している上でもすごく大事にしているところで、本を閉じた後にもずっとその小説のことを考えていたくなるようなものが『さよなら妖精』でした。北村さんだったら『秋の花』がものすごく好きなんです。

――円紫さんシリーズの長篇で、女の子が死んでしまうという、すごくつらい話でもある。

岡崎:あれも、話が話だから謎が解決しても「良かった、良かった」とはならないじゃないですか。読み終えた時にものすごく心に残るものがあったんです。あの話は本当にすごい。

――そのあたりから、新人賞への応募生活が始まったわけですね。

岡崎:そうですね。最初に書き始めた長篇はちゃんと小説になっているのかどうか分からなかったので途中で中断して、はじめて応募したのは東京創元社の短篇の賞、ミステリーズ!新人賞だったんです。そしたら一次選考を通ったんですね。「あ、これはいけるのかな」と思って。その後はじめて応募した長篇は駄目でしたが、その次に応募した短篇も二次選考まで通ったので、そのへんから、とにかく数打てば当たるだろうと、とにかく量産しまくりました。

――短篇も、長篇もですか。

岡崎:長篇も書いたんですが、やっぱり短篇のほうが向いている感触があったんです。『季節はうつる、メリーゴーランドのように』も実はKADOKAWAの横溝正史ミステリー大賞に応募して最終選考まで残ったものですが、あれも連作短篇ですし。それの後に書いたのが『珈琲店タレーランの事件簿』でした。小説を書き始めてから「タレーラン」の応募原稿を書き上げるまでに1年半しかかかっていないんですけれど、その間に8回応募しているんです。とにかく自分を追い込まないと甘えるのは分かっていたので、応募する賞を決めてその締め切りに間に合うように書いていました。しかもそれが報われるか分からないまま書いているので、本当に気が狂いそうで...。
最初に書き始めた時は、実家に住んでいたけれど家族にも誰にも言ってなかったんです。夜になると部屋にこもってひたすら何かやっているらしいってことで、家族に「爆弾でも作っているんじゃないの」と言われていたらしいです(笑)。

――それにしても、そんなにたくさんトリックを思いつけるものですか。

岡崎:当時はそんなにネタを精査している感じではなかったですね。思いついたものをどんどん盛り込んでいました。今はものすごく丁寧にプロットを作るんですけれど、当時は本当に「このネタで書く」っていうのだけ決めて書いたりしていました。今から振り返ると、結構恐ろしいなと思います。寺の仕事を手伝いながらだったので、寺にパソコンを持ち込んで空き時間にも書いていたんです。例えば掃除している時も頭の中で考えることってできるじゃないですか。そういう時にアイデアを探したりしていました。

――『季節はうつる、メリーゴーランドのように』も『珈琲店タレーランの事件簿』も「日常の謎」系ですが、他の応募作もそうだったのですか。

岡崎:他は短篇で人が死ぬものも書いていました。でも手応えとして、ミステリーとしての新規性を狙うよりも、小説の部分を充実させたほうが自分には合っているなと気づいたんです。そういう作品のほうが明らかに選考でも残っていたので。そう気づくのは結構はやかったですね。
「メリーゴーランド」を書き上げた時に結構手応えがあったんです。「この路線は自分に向いているかもしれない」と思って、日常の謎を連作でやろうと決めてから、設定をどうしようか考えて作っていったのが「タレーラン」です。当時はまだ、お店もののミステリーって全然流行っている時期ではなかったんですけれど、とはいえバーとか美容師とかは既視感があるなと思って、何かもっとフックになる職業はないかなと思っていた時にバリスタさんと話す機会があって「これはいいな」と。だから知識も何もない状態で書き始めているので、最初はネットで調べるくらいしかやっていませんでした。

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