第181回:岡崎琢磨さん

作家の読書道 第181回:岡崎琢磨さん

デビュー作『珈琲店タレーランの事件簿』が現在第5巻まで刊行される人気シリーズとなっている岡崎琢磨さん。ノンシリーズ作品も順調に刊行され、作風を広げている注目の若手ですが、実は大学時代まで音楽の道を志していたのだそう。そんな岡崎さんが作家を目指すまで、そして作家になってから読んできた本とは? 

その5「最近の読書と執筆」 (5/5)

  • 珈琲店タレーランの事件簿 5 この鴛鴦茶がおいしくなりますように (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
  • 『珈琲店タレーランの事件簿 5 この鴛鴦茶がおいしくなりますように (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)』
    岡崎 琢磨
    宝島社
    713円(税込)
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  • 源氏物語 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)
  • 『源氏物語 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)』
    角川書店
    1,037円(税込)
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  • ヤマユリワラシ ―遠野供養絵異聞― (ハヤカワ文庫JA)
  • 『ヤマユリワラシ ―遠野供養絵異聞― (ハヤカワ文庫JA)』
    澤見彰
    早川書房
    756円(税込)
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――『珈琲店タレーランの事件簿5』では、『源氏物語』が重要なモチーフとして出てきますよね。それも事前に読んで書かれたのですか。

岡崎:与謝野晶子訳の現代語訳されたものですけれど、一応全部読みました。読まずに書くという選択肢はなかったですね。5巻は結構難航しまして、プロットを作っては没にするのを繰り返し、最終的にああいうお話にした時に、『源氏物語』の悲恋と重ね合わせるのがいいかなというところに行きついたんです。

――ここ最近の趣味の読書で印象に残っているものは。

岡崎:やっぱり米澤穂信さんが改めてすごいなと思っています。大刀洗万智のシリーズがやっぱり好きですね。『王とサーカス』はテーマと設定とミステリー性がぴたりと一致したところで傑作だと思いますし、『真実の10メートル手前』はどの短篇も好きなんですけれど、「名を刻む死」のラストの太刀洗が小学生に言う台詞にものすごく痺れまして。あんなにののしる言葉が他の人の救いになるって、すごいことですよ。やっぱり米澤さんすごいなあって。米澤さんの文体は乾いた文体で、それが僕は太刀洗シリーズにすごくはまっていると思っています。僕は反対に自分の文章がウェットだなと自覚して書いているんですが、米澤さんとお話しした時に「自分にはないところなので刺激になります」と言ってくださって、それがすごく嬉しくって。
結局印象に残っているものって、好きな作家さんの最近の作品になってしまいますね。北村薫さんも『八月の六日間』がすごく好きだったし、短篇集の『遠い唇』もすごく好きだし。

――『遠い唇』はミステリー短篇集ですが『八月の六日間』は山登りをする女性の話で、ミステリーではありませんが、お好きでしたか? 私が文庫解説を書いているので挙げてくださって嬉しいですが(笑)。

岡崎:『八月の六日間』はすごく好きでしたね。主人公がある人と再会する場面での、あの一言。あのふっと力の抜ける感じは名人芸ですよね。何を言っても白々しくなるところであれが出てくるのが、やっぱり北村さんだなって。『遠い唇』も、一個一個は小さな話かもしれませんが、そこにさりげなくいろんな余韻を忍ばせている感じがすごく好きですね。どうしても小説の感動って大きなものを書いたものほど評価されやすいというか目に留まりやすいですけれど、そうじゃないってことをすごく真摯に追求されている方だなと思います。僕も今後はだんだん大きなものを書くほうにシフトしていく気がするんですけれど、ベースに日常の何気ない感情を書きたいとは思うので、あそこまで洗練されたものを書ければいいなという気持ちはずっとあります。
最近では青山文平さんの『半席』が面白かったのと、読んだ人がこぞって絶賛していたので昨年読んだ澤見彰さんの『ヤマユリワラシ』もしみじみといい作品だったので、時代小説をもうちょっと読んでいきたいと思っています。
あ、去年読んだものでいえば、奥田亜希子さんの『ファミリー・レス』を読んだんですけれど、あの一篇目が、去年読んだなかでも1、2を争うほどいい短篇だったなと思っていて。

――シェアハウスの話ですよね。親の影響もあって人の悪口を言えない性格に育った女性が、毒舌の女性と一緒に暮らすことになる。

岡崎:そうですそうです。途中までは、主人公はなぜこのすごく嫌な子っぽく書かれている女の人と仲よくするんだろうって思いながら読むわけですよね。そこがちゃんと明かされる。あの切れ味の鋭さはちょっと本当に「なんだこれは」と思って。傑作ですね。僕がこうやって挙げているものって、だいたい東京創元社のK島さんに薦められたものなんですけれども...。

――K島さんですか。じゃあ「天藤真さんの『大誘拐』は読みましたか」と訊かれませんでしたか。以前この連載のインタビューで、梓崎優さんが読んでいなくて責められた、と話されていました(笑)。

岡崎:聞かれました。もうその時には読んでいたので大丈夫でした(笑)。僕、結構ランキングを参考にして本を読んでいたんです。『大誘拐』はたしか、週刊文春ミステリーベスト10の20世紀国内部門第1位だったんです。なのでデビュー前くらいに読んでいました。何かの本の解説に仁木悦子、天藤真、北村薫、宮部みゆきという優しい目線で描かれる作家の脈があるみたいな話が書いてあって、すごく感銘を受けたんです。僕もそこに連なりたいっていう思いがすごくあります。
やっぱり宮部さんもすごく好きなので。以前『火車』のあたりを読んですごく面白いと思っていたんですが、久々に読んだのが『名もなき毒』で、宮部さんってまだ進化しているなと思ったんですよ。もう、文章一個一個の重みが違う。「こういう文章が書きたいな」ってすごく思わせてくれる。杉村のシリーズも好きですし、『ソロモンの偽証』もみんなに「これは文庫6冊読む価値があるから読んで」って言っています。多作な方なので全部は追えていないんですけれど、でもああいう優しい目線っていうのは、僕はすごく好きです。それに、宮部さんと北村さんの文章を読むと、自分の文体がいい方向にリセットされる感覚がありますね。

――岡崎さんの『道然寺さんの双子探偵』もほろ苦いけれど優しい目線を感じましたよ。お寺の双子が事件を解決していく連作ですよね。すごくいい話でした。

岡崎:ありがとうございます。あれは僕の中で自信が高まった作品でした。よその出版社で「タレーラン」っぽい話を書いたのは初めてだったんです。最初はライトな設定を作って書いていたんですが、2話目くらいを書いた時に「あ、これそんなにライトなやつじゃない」と思って、いいもの書けてるっていう手応えが結構あって、それで「こういう路線を迷わず進んでいいんだな」みたいなことをすごく思ったんですよね。なので、『道然寺さんの双子探偵』は自分の方向性が明確になった作品でした。

――一方、『新米ベルガールの事件録』はかなりコミカルですね。

岡崎:担当さんが漫画などもやられる方だったので、小説的に深めるよりは漫画とかコメディ映画のイメージで作ったんです。ミステリー的に追及するよりも、エンタメとして面白いものを追及しようというのがコンセプトとしてありました。

――主人公のベルガールが探偵役なのかと思ったら、事件現場を引っ掻き回す役なんですよね(笑)。本人に悪気はないんだけれど。

岡崎:そうです。そういうライトミステリーのお決まりみたいなものを崩したくて、意識的にパターンを変えてやっていましたね。

――今後のご予定を教えてください。

岡崎:「sari‐sari」に連載していたシェアハウスの話が今年中には出せるんじゃないかと思っています。「小説現代」と「yomyom」で連載しているものも、今年中には単行本になるかと。それと、角川春樹事務所の「ランティエ」、実業之日本社「Jノベル」で連載が始まる予定です。来年の前半くらいの予定ですが、東京創元社のミステリフロンティアで、レーベル100冊目を僕が書くことになって、それはプロットを進めているところです。

(了)

  • 大誘拐―天藤真推理小説全集〈9〉 (創元推理文庫)
  • 『大誘拐―天藤真推理小説全集〈9〉 (創元推理文庫)』
    天藤 真
    東京創元社
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  • 道然寺さんの双子探偵 (朝日文庫)
  • 『道然寺さんの双子探偵 (朝日文庫)』
    岡崎 琢磨
    朝日新聞出版
    670円(税込)
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  • 新米ベルガールの事件録 チェックインは謎のにおい (幻冬舎文庫)
  • 『新米ベルガールの事件録 チェックインは謎のにおい (幻冬舎文庫)』
    岡崎 琢磨
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