第182回:塩田武士さん

作家の読書道 第182回:塩田武士さん

グリコ・森永事件に材をとった『罪の声』で話題をさらった塩田武士さん。神戸新聞の記者から作家に転身した経歴の持ち主と思ったら、実は学生時代からすでに作家を志望していたのだそう。大阪でお笑い文化に多大な影響を受けながら、どんな小説に魅せられてきたのか。影響を受けた他ジャンルの作品にもたっぷり言及してくださっています。

その3「小説家を目指すきっかけの1冊」 (3/5)

  • テロリストのパラソル (文春文庫)
  • 『テロリストのパラソル (文春文庫)』
    藤原 伊織
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  • レディ・ジョーカー〈上〉 (新潮文庫)
  • 『レディ・ジョーカー〈上〉 (新潮文庫)』
    高村 薫
    新潮社
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  • 『亡国のイージス 上 (講談社文庫)』
    福井 晴敏
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――大学は社会学部のマスコミ専攻ということで、この頃にはもう記者を目指していたんですか。

塩田:漠然と、自分が影響を受けたのはマスメディアなのでそこに席を置けば面白い大学生生活が送れるんじゃないかと思ったんですけれど、勉強は一切しませんでしたね。

――まだ小説を書くことは考えていなかったんですね。

塩田:そうですね、まだもがいていました。劇団のワークショップに行って脚本の勉強もしましたし、それでも集団行動に馴染めないというのがどうしてもあって、限界がすぐ来るんですよね。で、大学1年の夏に自動車教習所の学科の授業が始まる前に、時間があったので藤原伊織さんの『テロリストのパラソル』をベンチに座って読んだんですよ。止まらなくなって、気付いたら学科の授業が終わっていたんです。「あ、しまった」と思うと同時に「こんなに面白い世界があるんか」と思って。その時に思ったのはまず、小説は一人でカット割りから何からできる、持ち運びができる、安い、ということで最強じゃないかと。ここから小説家を目指すようになりました。
そこから本格以外のミステリーに興味を持ち始めて、東野圭吾さんにハマりましたね。『白夜行』や『悪意』はすごくハマりました。なんでこんなの思いつくんやろって思っていました。それから山崎豊子さんも。大学生の時はそんなにしっかり理解していないですけれど、圧倒はされました。高村薫さんの『レディ・ジョーカー』、宮部みゆきさんの『火車』もそうですが、大人になって読み返していくたびに面白くなっていく。やっぱり名作って木や革の上質なものと一緒で、時が経つほどに味が出てくるというか。それは社会人になってから気付きました。

――資料を見ると、幼い頃に読み聞かされていた松本清張も再び。

塩田:そうですね。やっぱり短篇が面白いですね。もちろん『砂の器』は社会派ミステリーの基本ですし、『罪の声』を書く時ももう一回読み返しました。書く時にずっと聴いていたのは映画のテーマ曲だった「宿命」という組曲です。他の作家さんの小説を読んでいても、「あ、これは『砂の器』や」と思うことがあるんです。それはそれとして、松本清張は短篇がきれいだなと思っていて。「一年半待て」はすごいし、「共犯者」「顔」「声」とか。清張が一番脂がのっている頃の作品ですね。清張の短篇が横山秀夫さんの短篇に繋がるんだろうなと思います。
他には福井晴敏さんの『亡国のイージス』なんてどうやったらこんなの書けんのやろうと思いました。これは大学時代に読んだのか、社会人になってからか忘れましたが、とにかく本当に衝撃的でした。

――ノンフィクションもお読みになっていますよね。

塩田:沢木耕太郎さんは『一瞬の夏』が面白かったですね。文章がめちゃくちゃうまい。しかも20代から。「これは自分には無理や」と思いました。沢木さんは本当に勉強になりましたね。やっぱりノンフィクションの面白みというかクールさというのは、事実を取材しても書き手によって全然違う。やっぱりある種の物語性を頭に浮かべながら事実を書いていくのは、沢木さんがうまいなと思う。
エッセイが面白かったのは中島らもさん。小説も演劇的な活字ということで好きだったんですが、エッセイの『中島らものたまらん人々』なんかは、広告制作会社の頃のクライアントに「もっとボワーッと」と言うだけでOKを出さないおじいちゃんがいて、返答に困ったっていうだけのことをものすごく面白おかしく書くんですよね。らもさんはすごいなと思って。
清水潔さんの『遺言』は新聞社に入る前に読みました。ストーカー事件を追ったもので、ほんまに犯人を追い詰めていてショックでした。これはいろんな人に勧めましたね。『殺人犯はそこにいる』も読みましたし「NNNドキュメント」を見ても調査報道をしっかりされる方だなと思っていて。その清水さんに「週刊文春」で僕の本の書評を書いてもらった時は嬉しかったですね。とうとう清水さんが読んでくれた、というのがありました。

――資料には漫画も何冊か挙げていますね。

塩田:『MONSTER』は完全にミステリーとして読んでいました。『AKIRA』と一緒で、不気味な雰囲気を作るのが上手いなと思って。浦沢直樹さんは作品によってすごく変わるので、その振り幅に「これが才能や」と思っていました。僕、記者のときに将棋も担当してたんですよ。そのとき感心したのは、羽生善治さんって得意戦法がないんです。相手の得意戦法に合わせていって、それで勝つ。どんだけ格好ええねんと思って。浦沢さんも羽生さんもオールラウンダーですね。
漫画は他に、『課長バカ一代』はギャグが面白くて、笑いの教科書でした。バラエティ番組は毎日放送の「オールザッツ漫才」。これは年一回の深夜放送で、放送禁止になるようなシュールなネタはこれでしか見られなかったんです。めっちゃ過激でゲラゲラ笑いながら見ていました。改めてお笑い芸人の迫力と才能を感じて、自分は挫折してよかったと思いましたよ。
映画は『天国と地獄』がめちゃくちゃ緊迫感があって。脚本家の橋本忍さんとか、第一級の才能が集まったらとんでもないものができるんだなと思いました。三船敏郎さんをはじめ役者陣もすごかったですし。こだわりぬいたらこれだけのものができるんだっていう。
ドラマは「トリック」。笑いが完全にハマれば、役者さんがここまで輝くんだと思いました。舞台もよう観ましたよ。三谷さんの「笑いの大学」は学生時代にパルコ劇場の上演を映像で観たんですが、大人になってから近鉄小劇場だったかな、100回記念の時に観ました。西村雅彦さんと近藤芳正さんに向けてクラッカー鳴らしました。もう、「笑いの大学」は舞台の中で一番好きです。検閲って風潮のなか、文化を殺すのがいかに駄目かを喜劇で描いている。検閲を受けて書き直すたびに面白くなっていくという設定で、僕が作家になってから編集者からエンピツ(※原稿に鉛筆で書き込まれる、加筆訂正などの提案事項)を入れられるたびにより面白いものを返してやろうと思うのは「笑いの大学」の影響です。『罪の声』の時も「笑いの大学」の精神で書いていました。

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