第182回:塩田武士さん

作家の読書道 第182回:塩田武士さん

グリコ・森永事件に材をとった『罪の声』で話題をさらった塩田武士さん。神戸新聞の記者から作家に転身した経歴の持ち主と思ったら、実は学生時代からすでに作家を志望していたのだそう。大阪でお笑い文化に多大な影響を受けながら、どんな小説に魅せられてきたのか。影響を受けた他ジャンルの作品にもたっぷり言及してくださっています。

その5「創作について」 (5/5)

――その頃書かれていたのはどういうジャンルですか。

塩田:全ジャンルです。ホラーもミステリーも、時代小説も書きました。『盤上のアルファ』で小説現代長篇新人賞を受賞するひとつ前は、はじめて時代小説を書いて朝日時代小説大賞に応募していました。それがラスト20作品くらいに残ったんです。はじめて書いてそこまで行ったのは自分の筆力が上がっているというバロメーターになって、次はいけるなという感覚がありました。

――『盤上のアルファ』はプロ棋士たちの話ですが、ご自身は将棋を昔からやっていたんですか。

塩田:全然です。記者時代に将棋担当になったのも、担当者が辞めていきなり「塩田、お前は今日から将棋担当だ」と言われたからです。そこから勉強したんですが、将棋はもちろん、記者クラブというか、僕らと棋士の関係が面白くて。警察に行ってもどこに行っても、取材対象者と僕ら記者の距離は遠い。でも棋士の世界って、最初に全棋士の住所録を渡されるんです。「好きに取材してください」って。一緒に麻雀したり、一緒にお酒飲みに行ったりして仲よくなりました。だからみんな本音で喋りますし、本当楽しかったですよ。その時に、三段リーグ編入試験というのは誰も小説に書いてないぞと思ったので、あれを書いたんです。編入試験を書きたいと思っていた人は結構いると思います。グリ森事件もあの視点で書きたいと思っていた人はいただろうし、自分が「壁を超えた」と思ったのは『盤上のアルファ』と『罪の声』ですね。

――その『罪の声』はグリコ・森永事件がベースにありますが、事件が起きたのは塩田さんがまだ小さい頃です。事件を知ったのは大学生の時だったそうですね。

塩田:21歳の時です。大学の食堂で一橋文哉さんのグリ森事件の本を読んで犯行に子どもの声が使われたことを知りました。その子がほぼ自分と同い年で、同じ関西やからすれ違っているかもしれんと思ったら鳥肌が立ちました。これはすごい小説になるぞ、でも今は書けないからいつか書こうと思って、ずっと温めていました。これで外したらまずいって気持ちはすごく強かったですね。プレッシャーはものすごく大きかった。この設定は先に誰かが書くんじゃないかとも思っていたし。
新聞記者になってサツ回りをしていた1、2年目の時に、プロローグのアイデアを思いつきました。その時は寝られないくらい忙しくて、アイデアをメモっただけなんですよ。『盤上のアルファ』でデビューした時に最初の担当編集者にプロローグのアイデアを話したら「今の塩田さんの筆力じゃ書けない」、「でも絶対に面白いから他社の編集者には言うな」って言われて。いやらしいこと言うでしょう(笑)。まあ、講談社のバックアップ体制がなければ書けなかったと思います。社会派の長篇を書こうと思ったら、独自の資料作りから入っていきますから。その間はお金が入ってきませんから、遠回りです。でも、これはいけると信じてやらなきゃいけない。僕は山崎豊子さんに近づきたくて、山崎豊子展にも行ってテンションを上げていました。取材資料のカセットテープの山を見て全然足元にも及ばんと思いましたけれど。

――独自資料というのも相当綿密に調べて作られていったわけですよね。

塩田:あらゆる資料から住所だけ抜き出して表を作って、犯人の動線を追いました。1984年当時の草津の地図を国会図書館でコピーして、犯人が車を乗り捨てた場所を確認して、そこにあるたばこ屋を訪ねていったら先代はもう亡くなっていたんですが二代目がいて、いろいろ話を聞かせてもらったりして。その会話はそのまま作中に入れてあります。本当に虚実を、細かい単位まで分解して組み合わせた感じです。英検準一級をとってイギリスに行った話も僕の実体験です。

――そうした『罪の声』が、山田風太郎賞を獲り、文春ミステリーベストテンで1位となり、吉川英治新人文学賞の候補になり、本屋大賞にもランクインして。

塩田:これまで僕の関係のないところで賞が決まっていたので、土俵に上がれる、参加できるということがありがたいですね。

――今、新作として取り組まれているのはどういうものですか。

塩田:今原稿が上がっているのは『ダ・ヴィンチ』に連載していた「騙し絵の牙」で、これは扉を大泉洋さんに飾ってもらっていたんです。どういう形で単行本にするかは今いろいろ話しているところです。それから講談社の書き下ろしを社会派のもので書く予定で、それについて進めているところです。「若造が何書いとんねん」と言われそうなところを打ち破っていきたいと思っています。風呂敷をぶわーっと広げますよ。

(了)