第184回:朝比奈あすかさん

作家の読書道 第184回:朝比奈あすかさん

2006年に『憂鬱なハスビーン』で群像新人文学賞を受賞してデビュー、以来、現代社会のなかでいきる大人の女性の姿から少年や少女の世界まで、さまざまな設定・テーマで作品を発表している朝比奈あすかさん。その作風の幅広さは、幼い頃からの幅広い読書体験、さらには一時期アメリカに住んでいた頃の体験が影響している模様。ではその具体的な作品・作家たちとは?

その5「作家デビューしてからの読書」 (5/5)

  • 憂鬱なハスビーン (講談社文庫)
  • 『憂鬱なハスビーン (講談社文庫)』
    朝比奈あすか
    講談社
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  • 『みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記』
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――帰国されたのはいつですか。2006年に『憂鬱なハスビーン』で群像新人文学賞を受賞されるわけですが。

朝比奈:2004年の9月に帰国しました。その後、2005年に群像新人賞に応募して、2006年に入賞しました。アメリカにいた時は全然書いていなかったし、作家になりたいという気持ちも薄れていたんです。日本に帰って再就職しようと思い、ICU(国際基督教大学)の広報の嘱託職員みたいな仕事に就くことになったんです。帰ってきたての時はTOEICの点数もよかったので採用されて。でもその後に、下の子を妊娠していることが分かって事情を話したら、その席を他の方に譲らなきゃいけなくなってしまって。「この子を産んだらもう社会復帰はできないだろう」という気持ちになったんですよ。兄弟ができるのは嬉しかったんですけれど、ちょっと置いていかれる感がありました。いろいろとモヤモヤして、「なんでこんなにモヤモヤするんだろう」と思い、人との比較ではない自分の中のモヤモヤを見つめながら『憂鬱なハスビーン』を書いたんです。書いたことが自分なりの癒しになってすっきりしたので、応募したことをすっかり忘れていたら、『群像』の編集部の方から電話がありました。嬉しかったです。

――その後の読書生活はいかがでしょうか。

朝比奈:本棚の写真を撮ってきたんです。(と、スマホの写真を見せる)

――ああ、『ほしのはじまり』、これはさきほどおっしゃっていた、新井素子さん選の星新一さんショートショート集ですね。他には吉田修一さん『犯罪小説集』、津村記久子さん『ポースケ』、川上弘美さん『水声』、角田光代さん『笹の舟で海をわたる』、江國香織さんの『がらくた』『抱擁、あるいはライスに塩を』、柚木麻子さん『本屋さんのダイアナ』、窪美澄さん『水やりはいつも深夜だけど』、瀬尾まいこさん『卵の緒』、恩田陸さん『図書室の海』、川上未映子さん『愛の夢とか』、小川洋子さん『博士の愛した数式』、梨木香歩さん『西の魔女が死んだ』、山崎ナオコーラさん『昼田とハッコウ』、藤野千夜さん『少年と少女のポルカ』、星野智幸さん『呪文』、中島京子さん『長いお別れ』、平野啓一郎さん『マチネの終わりに』、絲山秋子さん『離陸』......まだまだありますが、現代の国内作家が多いですね。

朝比奈:今気づいたのですが、海外や古典を読む喜びもあるけれど、今、私は生きている現代作家のものを読みたいのだなと感じました。今を生きている作家が紡ぐ文章は、時間の洗礼は受けてないかもですが、感情や視点や言葉を共有できているライブ感が嬉しい。現時点での意識がどこかで繋がっているような気がします。同じニュースや音楽に触れているからかもしれません。角田光代さんには心を覗かれる感じがするし、高村薫さんと篠田節子さんも筆力と発想力にとんでもないものを感じるし。川上未映子さんの『愛の夢とか』、宮下奈都さんの『羊と鋼の森』、恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』は音楽を文章にしていて、その文章に光が宿っているような美しさを感じました。昨年だと、群像新人賞の崔実さんの『ジニのパズル』は、芸術に関する吐露の部分は書き写してみました。あとは、木村紅美さんの言葉の選び方、中島たい子さんのユーモアも好き。津村記久子さんは一文一文がクスクス笑えるし、西加奈子さんは前向きな文章だけれども、二人とも奥に出口のない怒りのようなものを抱いている気がします。その怒りの部分に共鳴してしまう。

――エッセイもありますね。

朝比奈:確かに。今回本棚を確認して、女性の生き方みたいなエッセイもよく読んでいることに気づきました。このあたりとか(と写真を見せる)。田房永子さんは毒親もののエッセイ漫画だけでなく、『男しか行けない場所に女が行ってきました』といったエッセイも好きですね。他に能町みね子さんとか、中村うさぎさん、雨宮まみさん、上野千鶴子さん、ジェーン・スーさん、小島慶子さん、三砂ちづるさん。

――女性作家が多いのかな。

朝比奈:男性作家だと吉田修一さん、平野啓一郎さん、白石一文さん、金城一紀さん......と、「一」がつく人が多いですね(笑)。平野啓一郎さんの「分人」の考え方やそこに宿る自殺を防ぎたいという思いもとても考えさせられましたし、最近出た『マチネの終わり』がロマンティックでとてもよかったです。
さきほどちょっと貴志祐介さんのお名前を言いましたけれど、貴志さんは初めて読んだのが『クリムゾンの迷宮』で、ページをめくる指が震えるくらい興奮したんですが、さらに『新世界より』を読んだ時の衝撃! 日本にこんな小説があるのだと全世界に知らしめたいと思いました。高野和明さんの『ジェノサイド』にも同じ誇らしさを感じましたね。こういう小説が日本にはあるよ、と。ハリウッド映画になればいいのに。

――外国文学もありますね。ミランダ・ジュライの『いちばんここに似合う人』、アリス・マンロー『イラクサ』。『村上春樹翻訳全仕事』もありますね。

朝比奈:マンローは好きですね。人の残酷さや、どうしようもない悲劇や不運を、ことさら盛り上げずに丁寧に書くところに、受け入れざるを得ない人生そのものを見る感じがします。特に『次元』という短編が好きです。
最近買ったのは詩人の茨木のり子さんの『茨木のり子の家』です。読む、というか眺めるとすごく癒されます。おうちの写真も素敵ですし、代表的な詩も載っています。あと、星野博美さんの、隠れキリシタンの話の『みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記』もよかった。書店員さんに勧められて買った『笑いのカイブツ』も凄かった。それと、慶応大学が出している『『沈黙』をめぐる短編集』もちょっと高い本でしたが買ってよかったですね。この中に、遠藤周作が自分の名を伏せて書いた「アフリカの体臭」という小説があって、娯楽小説風ですが、とても怖い話でした。

――幅広いですよね。

朝比奈:読んでいる本が家のいろんなところに本が置いてあって、本棚もごちゃごちゃなので、結局また新しいものを買ったり。同じ本が2冊あることもよくあります。著者別に整理すればいいと分かっていますし、整理したこともあるんですが、すぐぐちゃぐちゃになるので諦めました。

――わりと同時進行でいろいろ読まれるんですか。

朝比奈:軽く読めるものと、漫画と、ちゃんと味わいたいものと。寝る前にも絶対に、なんでもいいから活字を読まないと寝られない。というと読書家のようですが、PTAの手紙とかカルチャースクールのパンフレットとかでも寝落ちするので、枕元が取っ散らかっています。

――読む本はどうやって選んでいますか。

朝比奈:だいたい書店で。最近は書店員さんの知り合いも少しできたので、お勧めの本を教えてもらって読んだりもしています。

――一日のサイクルはどんな感じでしょうか。執筆時間とか。

朝比奈:決めていなくて、締切によりますね。自分が何をやらかしてしまうか怖いので、言われた締切よりも何日か前の設定でスケジュール帳に書きこみ、本当の締切の日付は忘れてしまうので、何日延ばせるのか分からない状況で書くようにしています。だから原稿を送っても「まだ前の号の校了中なので読めません」と言われることが結構あります。

――それはすごい。ところで先ほど、海外のドラマも見ているとおっしゃっていましたが...。

朝比奈:ベスト5...といいつつ、どれも1位と言いたいくらい好きなのは、「SHALOCK」、「デクスター」、「ダメージ」「ホームランド」「ハウスオブカード」。次点で「ユートピア」というイギリスの変てこなドラマを推しておきます。あ、最近ものすごいドラマを見つけました! アンソニーホプキンズとエドハリスが出ている「ウエストワールド」。原作本を探しましたが見つけられなくて、どうやらマイケルクライトンが作った古い映画が元になっているということで、早速DVDを買ったところです。

――なるほど。さて、ここ最近、新刊や文庫作品を次々と刊行されていますよね。

朝比奈:そうですね、たまたま時期が重なったんですけれど。『BANG!BANG!BANG!』は絶版になっていたところを、『ばんちゃんがいた』と改題して双葉文庫からまた出せることになったのでありがたかったです。

――『ばんちゃんがいた』は親友を亡くして心を閉ざし、クラスでのけ者扱いされる男の子の話。『あの子が欲しい』は就職活動の採用側の女性が主人公。『不自由な絆』はママ友の話と、今年出された文庫3冊、まったく主人公やテーマが異なりますよね。

朝比奈:確かにそうですね。

――昨年刊行された『少女は花の肌をむく』や一昨年の『自画像』は少女たちが大人になっていく話なので、最近は少女時代にいろいろ思うことがあったのかなと思ったり。

朝比奈:娘が今、中学2年生なんです。娘の言動を見ていると面白くて、娘と自分は似ていないのですが、あの年代特有の悩みや喜びを思い出します。「こういう頃が私にもあったな」と思うので、影響を受けているのかもしれません。

――今後はどういうものを書く予定ですか。

朝比奈:今は「小説推理」で「人生のピース」という小説を連載しています。これは主人公が34歳から35歳で、婚活をしようかなとか、家を買おうかなといった選択をしてゆく物語です。それと、中央公論新社の「小説BOC」と「アンデル」の2誌に、飛び飛びで、少し変な執着や奇妙な恋愛を軸に短篇を書いています。基本は「アンデル」に書いているんですが、「BOC」の特集テーマに合う時だけそちらにも載るんです。「別冊文藝春秋」には「人間タワー」という連作ものを少しずつ書いています。これは運動会の人間ピラミッドを作るか作らないか、周辺のいろんな立場の人が出てくる群像劇で、10月に本になる予定です。

(了)

  • ばんちゃんがいた (双葉文庫)
  • 『ばんちゃんがいた (双葉文庫)』
    朝比奈 あすか
    双葉社
    600円(税込)
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  • あの子が欲しい (講談社文庫)
  • 『あの子が欲しい (講談社文庫)』
    朝比奈 あすか
    講談社
    594円(税込)
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  • 少女は花の肌をむく
  • 『少女は花の肌をむく』
    朝比奈 あすか
    中央公論新社
    1,620円(税込)
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