第185回:遠田潤子さん

作家の読書道 第185回:遠田潤子さん

奄美の民話をベースにした深遠なファンタジー『月桃夜』で日本ファンタジー小説大賞を受賞してデビューした遠田潤子さん。その後は人間心理を丁寧に描くミステリー作品を発表、最近は文庫化した『雪の鉄樹』がヒットして話題に。非常に幅広く本を読んできた様子の遠田さん、なかでもお気に入りの作品とは?

その4「文豪たちを読んだ時期」 (4/5)

  • 罪と罰〈上〉 (新潮文庫)
  • 『罪と罰〈上〉 (新潮文庫)』
    ドストエフスキー
    新潮社
    853円(税込)
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  • 嵐が丘(上) (岩波文庫)
  • 『嵐が丘(上) (岩波文庫)』
    エミリー・ブロンテ
    岩波書店
    864円(税込)
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  • うたかたの日々 (ハヤカワepi文庫)
  • 『うたかたの日々 (ハヤカワepi文庫)』
    ボリス ヴィアン
    早川書房
    691円(税込)
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  • 高慢と偏見〈上〉 (岩波文庫)
  • 『高慢と偏見〈上〉 (岩波文庫)』
    ジェーン オースティン
    岩波書店
    972円(税込)
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  • 舞姫・うたかたの記―他3篇 (岩波文庫 緑 6-0)
  • 『舞姫・うたかたの記―他3篇 (岩波文庫 緑 6-0)』
    森 鴎外
    岩波書店
    562円(税込)
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――卒業後はどうされたのですか。

遠田:就職して普通にOLをやっていました。就職するとちょっとお金が自由になって、ハードカバーが買えるようになりました。それで、村上春樹を読んだりもしていたんですが、その頃からようやく文豪を読めるようになりました。それで23、24歳で『罪と罰』をはじめて読んで感動して、なぜ今までこれを読んでこなかったのか、どうして敬遠してきたのか、と後悔しました。物語に暴力的に圧倒される感じがありました。実は変な読み方をして、今でもあれは恋愛小説の位置づけなんですよ、私の中で。個人的なランキングだと、恋愛小説の第1位は『罪と罰』、2位は『嵐が丘』、3位が『うたかたの日々』です。
その頃、漱石の『それから』をもう一回読み返してみて「こんなに面白かったのか」と思いました。漱石繋がりでジェイン・オースティンを読んでみようと思い、『高慢と偏見』を読んだら「こんな当たり前のことしか書いていないのに、なんでこんなに面白いのんだろう」と(笑)。ものすごく不思議な感覚でしたね。女の人たちが結婚がどうのと喋っているだけなのに、どうしてあんなに面白いのかわかりません。
その後はもう文豪シリーズで、森鴎外は『舞姫』とか『高瀬舟』とか、教科書に載っている作品のイメージしかなかったんですが、『阿部一族』を読んだらまったく見方が変わりまして。『阿部一族』は『ミヒャエル・コールハースの運命』とおなじくらいの衝撃でした。

――自分もこういうものが書いてみたい、と思わせたということですか。

遠田:その時は作家になることなど考えもしなかったんですが、今は思いますね。全然自分と方向は違うんですけれど、だから憧れがあるのかなと。私自身文章は全然凝らないんですが、森鴎外の簡潔な文章には憧れるし、こんなふうに書けたらいいなと思います。三島由紀夫はあまり好きではないけれど、『豊饒の海』はすごく好きでした。文章が読みやすいなと思うのは幸田文。ものすごく失礼な言い方ですけれど、好みじゃないのに読まされてしまうのが有吉佐和子さん。たとえば『香華』というのは母と娘のドロドロな話ですが、「嫌だな」と思いながら夢中になって読んでしまう。すごく引きこむ力があるんです。

――古今東西、いろいろ読まれていますよね。

遠田:いえいえ。その後、結婚していろいろあって忙しくてあまり本を読めない時期がありました。それで、35歳くらいになってから、またちょっと本を読めるようになって。その時にパトリシア・ハイスミスを初めて読みました。『プードルの身代金』。それにまた衝撃を受けました。プードルを誘拐して身代金を要求する、ちんけな悪い奴がいるんです。それを捜査する良心的な警官の話なんですけれど、プードルの捜査をしていただけなのに、わけのわからない濡れ衣を着せられて転落していくんです。最後の方の勢いがすごくて、読んでいると頭がグラグラしてくる。
その時期に高村薫さんも読み、久し振りに日本のミステリーを読んで「ああ、面白いな」と思って。そのあたりで、ちょっと小説家を志しまして。

――何か違うことをやってみたくなったのですか。

遠田:非常に個人的な事情なんですけれども、母が入院したんですね。最初から助からないのはわかっていて、子育てしながら看病に通う時期が何年か続いて。母が亡くなった時に急に燃え尽きて、1年間くらいぼーっとした時期がありました。その時にパソコンを買ったんです。夫が仕事で使っていたんですけれど、私もそれで遊んだりして、最初はキーボードの練習のためにちょっと日記を書いてみたりして、ふと「もっと書いてみたいな」と。「じゃあ、小説家になろうか」「よし、なろう」って(笑)。そう思ってからデビューするまでに5年かかりました。

  • 春の雪―豊饒の海・第一巻 (新潮文庫)
  • 『春の雪―豊饒の海・第一巻 (新潮文庫)』
    三島 由紀夫
    新潮社
    767円(税込)
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