第185回:遠田潤子さん

作家の読書道 第185回:遠田潤子さん

奄美の民話をベースにした深遠なファンタジー『月桃夜』で日本ファンタジー小説大賞を受賞してデビューした遠田潤子さん。その後は人間心理を丁寧に描くミステリー作品を発表、最近は文庫化した『雪の鉄樹』がヒットして話題に。非常に幅広く本を読んできた様子の遠田さん、なかでもお気に入りの作品とは?

その5「デビューしてから」 (5/5)

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――最初に書いたのはどういう話だったのですか。

遠田:高校生と大学生の恋愛みたいな、普通の青春エンタメでした。でも、あんまり爽やかではなかったんですよね。暗めの、人が死ぬような話でした。書き上げて早速応募したんですね。私、本当に無知で、とりあえず書いたらある程度の選考に進むと信じていたんです。でも、実際は一次選考しか通らなかったんです。それがすごく悔しくて、それから泥沼の創作活動に突入して、書いては応募する、落ちる、書く、応募する、の生活を5年間続けました。独学のままで書いて、手あたり次第新人賞に出していました。

――2009年、『月桃夜』で日本ファンタジーノベル大賞受賞してデビューされるわけですが、じゃあファンタジーを志向していたわけではないんですね。まあ、その後の作品を読んでいてもファンタジーではないので納得ですが。

遠田:次は何を書こうかと考えている時に、家に奄美の民話集があって。夫の母親が奄美の出身だったので、その関係でたまたま家にあったんです。読んでみたらその中に一篇、「これは小説にしたら面白いんじゃないか」と思うものがあり、でもそれだけを長篇にするとエグイ話になるので、読みやすくするためにファンタジー要素を入れてみることにして。締切のタイミングもちょうどいいし、日本ファンタジーノベル大賞に応募したら、受賞しました。

――その後、ファンタジーを書きましょう、などとは言われなかったのですか。

遠田:ファンタジーのプロットを出したことはあったのですけれど、一般受けしない題材だなどと言われ、だめでした。ミステリー系のプロットなら割と通ったので、今に至るわけです。

――デビューしてから生活は変わりましたか。

遠田:何も変わっていないです。デビューしたことも家族にしか言っていないので、友人も近所の人も誰も知りません。だから、あそこの奥さん、家にこもって何をしているんだろうと思われているかもしれません。
読書傾向も特に変化はないですけれど、2作目の『アンチェルの蝶』がミステリー・サスペンス系の話だったので、それからは意識してこのジャンルを読むようになりました。それでジェイムズ・エルロイに当たりまして、『L.A.コンフィデンシャル』や『ブラック・ダリア』を読み進め、『ホワイトジャズ』に辿り着いた時に「これはすごい」と。しょっちゅう衝撃を受けているみたいですが、これもいつかこういうのを書けたらいいなと思った作品です。

――国内作家ですごいと思った人は。

遠田:藤原伊織さんの『テロリストのパラソル』を読んでいなかったら、『アンチェルの蝶』はなかったかもしれません。

――今、『雪の鉄樹』の文庫版もとても評判になっていますが、長い時間の中の人間ドラマ、しかも実は過酷な過去がある...という話をお書きになりますよね。

遠田:未来よりも過去に関心がいっているんだと思います。『雪の鉄樹』は最初はなにも考えてませんでした。担当の方と打ち合わせした時に「庭師が主人公の話を書きたいです」と言って、「どんな話ですか」と訊かれて「なんか事件が起こります。これから考えます」って言ったんです。もともと庭園鑑賞が好きで、写真集を集めたりもしていました。大学時代は西洋庭園を眺めるのが好きでしたが、ある程度の歳になってくると日本庭園に興味が移って。大阪に住んでいるので、しょっちゅう京都に行って日本庭園を見ることもできるので、「日本庭園の庭師で書いてみたいな」と思うようになりました。なぜか『雪の鉄樹』というタイトルは先に浮かんでいたので、とりあえず雪のシーンを入れた庭師の話を書こうと。で、自分が苔好きなので、苔好きの庭師にして、その時にたまたま聴いていた音楽がクレーメルだったので、バイオリンの話も入れようかと思って...。三題噺みたいに、自分の興味のあるものを3つくらい出して、辻褄を合わせながら話を拵えていく感じなんです。

――いや、本当にいろんなものを一身に背負った庭師の切ない話ですよね。遠田さんは読むのも書くのも、理不尽な目に遭う人が好きなのでしょうか。

遠田:だと思います。私は最後に救いがない話でもいいと思っているんです。編集者に「救いはいれてください」と言われますし、読む方にとっても救いはあったほうがいいんでしょうけれど、正直、私は気にならないんです。安易な救いを与えるくらいだったらない方がましだし、実際に世の中を見渡した時に救いなんかないことの方が多いですよね。救いがないならないで、そういうことはきっちり書くべきじゃないかと勝手に思っているんです。

――安易な救いのある話も、安易に救いがない話も駄目ってことですよね。

遠田:どんなに悲惨だったとしても、悲惨だから駄目とは言いたくないし、その悲惨な目に遭った人に失礼だと思うし、その悲惨さと向き合って、とことん書く方がいいんじゃないかな、と。

――一日のサイクルは決まっていますか。

遠田:基本、だらだらとやっています。朝ごはんを食べて片づけをして、とりあえずパソコンの電源を入れて午前中はだらだらとやって、昼もだらだらとやって(笑)、夕方になったらスーパーに買い物に行って。一日中パソコンの前にいても結局2~3行しか書いてない、ということは多いです。怠け者ですみません。
本は、だいたい喫茶店に出かけて行ってそこで読みますね。最近はやっぱり資料を読むことが多いです。それに、私は影響を受けやすいので、同じ時代の同じようなジャンルの作家さんの本を読むと引きずられてしまうんです。なので、わりと全然違うものを意識的に読むようにしています。あるいは、映画を観ているほうが多いですね。

――どんな映画が好きですか。

遠田:幅広いです。恋愛ものは苦手ですがB級アクションからホラーもアニメも、なんでも観ます。幻想ホラーの『パンズ・ラビリンス』とか、テレンス・マリックの『天国の日々』といった作品が好きですね。それと『麦の穂をゆらす風』などの監督、ケン・ローチも好きです。

――ケン・ローチもまさに階級社会の中で理不尽な目にあって救いのない話が多いじゃないですか...。ブレませんねえ。

遠田:言われてみればそうですね(笑)。

――さて、今後のご予定は。

遠田:10月に光文社から新刊が出る予定です。ざっくり言うと、ムショ帰りの男が、競艇場でギャンブルをする話です。いや、それだけじゃなくて、きっちり恋愛要素もあります(笑)。いい話かどうかはわからないんですけれども。

(了)

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