第195回:伊吹有喜さん

作家の読書道 第195回:伊吹有喜さん

『四十九日のレシピ』、『ミッドナイト・バス』、『なでし子物語』など心温まる作品を発表、最近では直木賞候補にもなった『彼方の友へ』も話題となった伊吹有喜さん。幼い頃から読書家だった彼女の愛読書は? 時代小説にハマったり、ミステリ小説を応募していたりと、現在の作風からすると意外にも思える変遷を教えてくれました。

その3「漢詩からファンタジーSFまで」 (3/6)

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――では、中学時代は主に時代小説を読んでいたわけですか。

伊吹:そうですね。それとその頃、中島敦さんの『山月記』を読んで、その文体が猛烈に好きになったんです。前から好きだった漱石と、どこか似た感じがある気がして、共通項を考えた時、ああ、二人とも漢籍に造詣が深いのだと思いました。それで俄然、漢詩に興味が湧きました。時代小説でも登場人物がここぞという時に漢詩を口ずさむ場面があったりしたので憧れがあったのです。
ただ、いきなり書き下し文を楽しむにはハードルが高かったので、漢詩に関する入門書から読み始めました。先生の解説を読んで「ああ、いいな」と思う程度で、学んで理解するというよりは景色を楽しむような読書でした。
他は井上靖さんの『額田女王』や『しろばんば』の三部作が好きでした。あとは向田邦子さんの作品も。有吉佐和子さんの本も家にたくさんあったので、読みました。『紀ノ川』、『有田川』といった川シリーズが印象深いです。母の実家が和歌山寄りの三重県なので、それで紀州を描いた小説が家にたくさんあったんだと思います。

――となると、中上健次も読まれたのかな、と連想しますが。

伊吹:それが実家には有吉作品しかなくて、十代の頃は読んでいません。でも二十代の頃、朝日新聞で連載なさっていた『軽蔑』に夢中になりまして、毎朝読むのを楽しみにしていました。とりあえず朝早く起きて新聞が来たら『軽蔑』の続きを読んでまた寝る、という生活でした。すでに社会人になっていましたが、あんなにワクワクしながら連載小説を読んだのはあとにもさきにもありません。そこから『千年の愉楽』や紀州三部作、映画の原作として書かれた『火まつり』などを読んでいきました。
『軽蔑』の装丁も忘れられないです。真っ白な本に銀色の文字で「軽蔑」とだけタイトルが書かれていて。
 この作品には「男と女、五分と五分」という言葉が何回か出てくるのですが、趣味の長唄の三味線を何年か稽古したある日、もう一度読みかえしたとき、「この作品は唄なんだ」と思いました。小説であり、唄でもあると。文字で書かれているけれど、口承文学のように、節を回して口伝えで語りかけられているような感覚を強く感じたんです。心地良いリズムやうねりのあるものは、ずっと聴いていたくなる。だからあれほどまでに毎朝夢中になって読んだのかもしれないとも。
「小説ってなんだろう」と考えるきっかけにもなった作品です。そのときいろいろ思ったことがあり、それ以来、小説に限らず、文章を書くときは音読して、リズムや音の響きなどを確認するようにしています。

――高校時代の読書はいかがでしたか。

伊吹:時代小説の日々ですね。それ以外は友人にすすめられて『吸血鬼ハンターD』のシリーズもよく読みました。主人公がヴァンパイアと人間の間に生まれたダンピールで、眠狂四郎もハーフですから、自分はどうもハーフと剣士に弱いという結論に達しました(笑)。映画化されたので、それも観に行きましたね。主題歌がブレイク前のTM NETWORKでした。サウンドトラックを小室哲哉さんが担当していらして、すごく心とらえるメロディーだったのでレコードを買ったら、天野喜孝さんが描かれた超美麗ジャケットでした。それも印象深いです。

――部活は何を?

伊吹:高校は授業に組み込まれているクラブ活動は読書クラブに入りました。放課後の部活もどこかに所属しなければならなかったので茶道部に入ったんですけれど、滅多に行きませんでした。
読書クラブも、その1時間図書室に行って好きな本を読めばいいという野放しな感じだったので、とりあえず社会か国語か忘れてしまったのですが、副読本の文学史の冊子に出てくる本をかたっぱしから読んでみました。でもあまり憶えていないです。あ、でも泉鏡花は繰り返し繰り返し読みました。『海神別荘』は今も読んでいます。音読すると、ものすごく気持ちがいいんですよ。

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