第203回:古谷田奈月さん

作家の読書道 第203回:古谷田奈月さん

2017年に『リリース』で織田作之助賞を受賞、2018年には「無限の玄」で三島由紀夫賞を受賞、「風下の朱」が芥川賞候補になるなど、注目を浴び続けている古谷田奈月さん。自由で斬新な作品の源泉はどこにあったのか、その読書遍歴をおうかがいしようとすると、最初に挙がったのは本ではなくて……。

その2「母が誕生日にくれたピッピ」 (2/6)

  • 長くつ下のピッピ (岩波少年文庫 (014))
  • 『長くつ下のピッピ (岩波少年文庫 (014))』
    アストリッド・リンドグレーン,桜井 誠,大塚 勇三
    岩波書店
    748円(税込)
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  • 長ぐつをはいたねこ (世界傑作絵本シリーズ)
  • 『長ぐつをはいたねこ (世界傑作絵本シリーズ)』
    シャルル ペロー,ハンス フィッシャー,Charles Perrault,Hans Fischer,矢川 澄子
    福音館書店
    1,320円(税込)
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――久美沙織さんもコバルト文庫でたくさん書かれていますよね。そういう作品は?

古谷田:他の作品も読みましたが、私はドラクエに対する思い入れが強かったですね。それだけでなく他の本も読んでいましたが、自分に強く影響を与えたもの、といってまず思い浮かぶのがゲームなんです。「冒険に出る」というのが、すごく大切な感覚としてずっとある。自分は今、いかにも「敵を倒しに行く」という物語を書いているわけではないけれど、「未知に向かっていく」というのが何よりも尊い感覚に思えるのはドラクエをはじめとしたRPGの影響だと強く感じます。

――他にはどんなゲームをやったのですか。

古谷田:色々やりました。「ファイナルファンタジー」シリーズや「ゼルダ」シリーズも大好きでしたし、大人になってからは戦略シミュレーションにもはまるようになったし。ただ、ゲームブックや公式ガイドブックによってゲーム外でもその世界に触れ、世界観を強化していく、ということをやったのはドラクエだけなので、それで特別なものになったんだと思います。

――児童書などは読みませんでしたか。

古谷田:岩波少年文庫系を読むようになっていたんですけれど、その中で自分にとって特別な作品は『長くつ下のピッピ』です。小学校中学年の頃の、母からの誕生日プレゼントです。母は全然本を読む人ではなかったので、どこかから情報を得て選んだものだったのだと思うんですが、誕生日の数日前に「あなたの誕生日プレゼントをピアノの上に置いておくから、誕生日がきたら開けていいからね」って。包装されているんですけれど、薄く透けて見えるんですよ。「あ、本だな。タイトルが見えるな」と思って見てみたら、「長くつ」まで見えて、「これ、『長靴をはいた猫』だぞ」、「この話、もう知ってるし」って、すごくがっかりしたんです(笑)。

――で、いよいよ誕生日が来て。

古谷田:一応誕生日まで待って開けたら、『長くつ下のピッピ』で、「なにこれ知らない!」って。それで読んだらすごく面白かったんです。躍動感があって、ピッピがいい感じで振り回してくれて。台詞も楽しいですよね。家族が誰もいない時にピッピになりきって一人劇をやっていたくらい好きになった作品でした。本を見ながらその台詞通りに言ってたんですが、あの二人がいないのがすごく残念で。

――二人というのは、ピッピと仲良くなる近所の兄妹のことですね。

古谷田:そうそう。ピッピがやることに驚いてくれる盛り上げ役たち。その重要な人物がいないのでちょっと物足りなかったです。

――あははは。

古谷田:もうちょっと大きくなってからK・M・ペイトンの『フランバーズ屋敷の人びと』を読みました。それは市内の図書館でなんとなく見つけたものです。「ザ・物語」って感じなんですよね。孤児の女の子が親戚の屋敷に引き取られて、おじや長男は狩猟が好きなんだけれど、次男は飛行機を愛していて...というような。昼ドラの外国版みたいにいろんなことが起きて、いろんな人間関係があって、「ページをめくる手がとまらない本」の代表みたいな読み物でした。「この先どうなるの、この人たちの関係はどうなるの」と知りたくて読み進めて、今までの読書体験とはちょっと違う、と思いました。
『あのころはフリードリヒがいた』を読んだ時は、実際に起きた戦争やナチスの話にはじめて触れて、本ってちょっと怖いなというのを知った瞬間でした。それまでは本って単純に楽しい気持ちにさせてくれるものだと思っていたけれど、こっちが痛みを感じたり、何かを突き付けてくるようなこともあるんだなっていう。はじめて緊張した読書体験ということで印象に残ってます。そういえば、岩波少年文庫の巻末、知っていますか。

――巻末?

古谷田:「発刊に関して」という文章。今は新版になって文章が変わっているんですけれど、1950年の創刊時の文章、これが本当に素晴らしいんですよ(と、持参した古い岩波少年文庫を開く)。

  • 君たちはどう生きるか (岩波文庫)
  • 『君たちはどう生きるか (岩波文庫)』
    吉野 源三郎
    岩波書店
    990円(税込)
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――読みます。「一物も残さず焼きはらわれた街に、草が萌え出し、いためつけられた街路樹からも、若々しい枝が空に向って伸びていった。戦後、いたるところに見た草木の、あのめざましい姿は、私たちに、いま何を大切にし、何に期待すべきかを教える。未曾有の崩壊を経て、まだ立ちなおらない今日の日本に、少年期を過ごしつつある人々こそ、私たちの社会にとって、正にあのみずみずしい草の葉であり、若々しい枝である。」

古谷田:これを初めて読んだ時、すごく感動しました。いま編集者が教えてくれたんですが、これって、吉野源三郎さんが書いた文章なんですね。『君たちはどう生きるか』の著者の。

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