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佐久間 素子の<<書評>>
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Queen

「旅涯ての地」
評価:C
世界史で教会史を習ったときのことを思い出す。異端を排除する醜さにうつうつとした気分になったものだ。信じるものが人それぞれで何が悪いんだと、それぞれを許せない神なんて、神じゃないと、単純な高校生は思ったし、今でもそう思っている節がある。偶然手に入れたイコンによって、異端カタリ派と運命をともにすることになった主人公の夏桂は、徹底的にローマ教会にもカタリ派にも無理解で、傍観者の姿勢を崩さない。立ち位置が読者である私と同じなのだ。ラスト、イコンにかくされた福音書の内容を知って、夏桂は笑い、私はなあんだと思う。この結末の残酷さに、私の想像力は及ばず、でもそれはきっと排除と根を同じくするのだ。そして私はまたうつうつとなる。
旅涯ての地 【角川文庫】
坂東眞砂子
本体 各571円
2001/6
ISBN-4041932068
ISBN-4041932068
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「双頭の鷲」
評価:A
『本の雑誌』誌上で、あれだけ絶賛されたので、今さら大騒ぎをするのはどうかとも思うのだが、大騒ぎするほど面白い。気になっている人は絶対に読むべきだ。というか、気になっていない人も、だまされたと思って読んだ方がいい。これだけのボリュームなのに最初から最後まで飽きさせることないストーリー、個性的で魅力あふれる人物たち、愚かでいとしい人間への思いと、全編をつらぬくたまらない爽快感。よほど活字や物語との相性が悪くないかぎり楽しめるはず。これはもう、極上の娯楽である。とびぬけた軍事の才をもちながら、幼児性を残す主人公ゲクランは、前代未聞にかわいらしい。その才を見たくて、それ以上にその性質を守ってあげたくて、人はゲクランのもとに集まってくる。読者もまた同じ。そして、頂点をきわめて、おちるしかない彼の晩年に、守るという行為の意味を知る。たとえ幻想でも、自分の心に生まれる気持ちは美しく、それはほとんど生きるための理由といってもいいと思う。
双頭の鷲 【新潮文庫】
佐藤賢一
本体 各781円
2001/7
ISBN-4101125317
ISBN-4101125325
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「小説中華そば「江ぐち」」
評価:D
ゆるーい感じ。前半、そのゆるさがここちいいのだけれど、後半はゆるいというより、たるい。著者本人もあとがきで触れているように、脱線が非常に苦しい。書くことがなくなったとバレバレ。中身は、行きつけの近所のラーメン屋をめぐる仲間同士の雑談話。内輪ウケにしては面白いし、近所の秘境という切り口に糸井重里が目をつけたっていうのも、わかる気がする。実際、雑誌ではいい味を出していたのだろう。だからといって、本にまとめなくてもよかったのでは。雑誌連載で、まあ毎回毎回どうでもいい話だねえと、笑って読んで、読んだはしからころりと忘れるというのが、この話には似合っていると思う。
小説中華そば「江ぐち」 【新潮0H!文庫】
久住昌之
本体 486円
2001/6
ISBN-4102901027
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「バルタザールの遍歴」
評価:C
「一つの肉体を共有する双子」の「めくるめく享楽と頽廃の道行き」を描き、しかもファンタジーノベル大賞を受賞しているときた。間違いなく好みだと思ったのだけどなあ。双子は一つの体に住んでいる。シャム双子ではない。むろん二重人格でもない。一人称の地の文章が、片割れに突如わりこまれて、その不思議な感覚を知る。何と魅力的な設定だろう。全てをあきらめたような厭世的な独白、「今にして思えば」という言葉の多様によって暗示される破滅への道は、しかし明るい。終盤の奇妙な冒険、あかされる黒幕...これだけそろって、どうして話にのれなかったのか、私自身が不思議だ。高尚にすぎる、のだろうか。
バルタザールの遍歴 【文春文庫】
佐藤亜紀
本体 600円
2001/6
ISBN-4167647028
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「ああ言えばこう食う」
評価:B
気楽に読めるもんだからと、電車で開いていたら、ふいてしまった。阿川女史の米研ぎ姿の勇ましさがすごいのだ。気を取り直して、再度本に向かうと、今度は阿川父のおなら攻撃だ。いかんいかん。人前で読める本ではない。自分(もしくは相手)をおとして笑いをとるスタイルは、「私ってばこんなにおちゃめなの」意識が目についたらおしまいなのに、本書はかなり笑える。飽きる前に文体が変わる、往復エッセイという形もうまく機能している感じ。おとす方に誇張はしても、とりつくろう様子はない。色気ももちろんない。著者二人が美人だってことをさしひいても、なかなか勇気のいることだ。悪友ってすばらしい。
ああ言えばこう食う 【集英社文庫】
阿川佐和子・檀ふみ
本体 514円
2001/6
ISBN-4087473317
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「夜のフロスト」
評価:A
「今、何を読んでるの?」と聞かれた。「フロストの新作」「ああ、あの下品なやつね。」と、既に、下品が枕詞になってしまっているフロスト警部なのだが、その実、下品なのはジョークだけである。確かに品はないが、卑しくない。だからこそ、これだけ気持ちいい小説になる。フロスト万歳。雪だるま式に増えていく事件を、いきあたりばったりに捜査する姿もおかしいのだが、やっぱり圧巻は怒涛の解決ぶりだ。適当、または強引。かなり呆れるが、ストレス解消まちがいなし。それにしても、目もあてられない人出不足といい、最後までフロストを悩ませる署内什器備品現況調査のくだらなさといい、いかにもお役所。人ごととは思えない。公務員必読か?
夜のフロスト 【創元推理文庫】
R・D・ウィングフィールド
本体 1300円
2001/6
ISBN-4488291031
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「赦されざる罪」
評価:C
どちらかといえば国産派なのだが、このシリーズはかかさず読んでいる。事件そのものは凄惨にすぎて好みではないけれど、レギュラー陣が魅力的なのだ。敬虔なユダヤ教徒であるリナを愛するが故に、自分の立ち位置を模索し続けるデッカーの姿には、毎度感動させられる。しかし、今回はいまいち。核になる赤ん坊誘拐事件が、あまり盛り上がらない。レギュラー陣以外の人物に精彩がない。著者の愛情に守られたデッカー家に比べると、あまりにも冷たい扱いだ。そして訪れる致命的にむなしいラスト。そういえば、前作もあまり印象に残っていない。このまま失速してしまうのかなあ。4作目の感動をもう一度、と切に願う。
赦されざる罪 【創元推理文庫】
フェイ・ケラーマン
本体 1260円
2001/6
ISBN-4488282091
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「エンデュアランス号漂流」
評価:A
星野道夫の本を読んでいたので、本書の存在は知っていた。翻訳されたことも知っていた。しかし、南極を1年半も漂流する話なのだ。いくら生還するとわかっていても、読むのはしんどいなあ、と敬遠していた。でも読んでみると、意外にも明るいのだ。船さえなくした氷山上でのキャンプ生活も、小さなボートでの漂流も、彼らの明るさをそこなわない。生命の危機にさらされながら、何て呑気なと顔がほころぶほどだ。その明るさが生死をわけている。ほとんど意思の力で、彼らは明るくふるまい、そして、不可能をのりこえていく。なるほど勇気の出る本だ。
エンデュアランス号漂流 【新潮文庫】
アルフレッド・ランシング
本体 781円
2001/7
ISBN-4102222219
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