年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班
唐木 幸子の<<書評>>

「娼年」
評価:B
大放尿シーンが圧巻である。と、いきなり書くとなんですが。初老の女性が利尿剤を飲んで更に我慢を重ねた挙句、およそ『人間の体から出る量とは思えない』ほどの大量の尿を漏らすところを、金で買った若い男に見て貰うシーンのことだ。私はそのケはないと自覚しているのだが、著者の筆力に圧倒されてふと、そんな快感もあるのかもしれないな、と思ってしまった。さて、その金で買われた男が主人公のリョウだ。雑誌やテレビで見るホストというと大概、得意気でアホそうで、私は、なんでこんな男が、と情けなくなるのだが、リョウにはそういう軽蔑心は湧かなかった。堅実で誠実で一所懸命で、好感が持てるのだ。リョウ自身が語り手であるせいか、その外見に関する情報が少なくてどんな娼年なのか目に浮かばないのもかえって不思議な雰囲気を高めている。なのに、母親の過去の話で急に現実に引き戻されてしまう。母親とガールフレンドは余計なのではないか。
娼年 【集英社】
石田衣良
本体 1,400円
2001/7
ISBN-408775278X
●課題図書一覧

「センセイの鞄」
評価:C
良い小説だ・・・、とは思うのだが、どうも、気恥ずかしさが感動に水を差す。年老いた男と若い女性の恋愛のせつなさ、共に過ごす時間のかけがえのなさは痛いほど伝わってくるのだが。センセイとツキコが『デートをいたしましょう』、『おつきあいしてさしあげましょう』と互いに丁寧語を交し合うたびに身もだえしてしまった。先ほど若い女性、とつい書いてしまったが、それでもツキコは37歳だ。同年代の男と話す会話はごく自然なのに、センセイの前ではツキコはまるで少女になる。親子ほども年齢の離れた男女の恋愛を、甘え甘えられ、という関係でなく描けないものだろうか。ラストも、こんな話、書かないでくれえ、というようなやるせなさだ。やめてー。
センセイの鞄 【平凡社】
川上弘美
本体 1,400円
2001/6
ISBN-4582829619
●課題図書一覧

「ため息の時間」
評価:A
いるなあ、こういう『ひどい目にあっても自業自得だっ!』と見捨てたくなる男。そんな男たちが出るわ出るわの短編集だ。『言い分』では、結婚する予定の恋人がいながら、男はお嬢様っぽい新入社員と浮気してしまう。その女性二人が真っ向からぶつかりあう中傷を男の両側からささやく。女なら誰でも持っている二面性なのだが、単純な男はワケわからないで混乱するだけだろうなあ。若い妻の貞淑を試す積りで別人になりすましてメールを送る『分身』、初めて化粧をした妻を叱り飛ばす抑圧的な夫を描いた『口紅』など、心理の機微に疎い主人公が自ら災禍を招いていく姿が実にリアルだ。女性作家が男性をここまで描ききると言うのは珍しいのじゃないか。内田春菊のように鋭く暴くのではなく、うろたえる姿の惨めさを著者は哀れみつつ書いている。本著のように期待を大きく上回る作品に出会うとしみじみ嬉しい。
ため息の時間 【新潮社】
唯川恵
本体 1,400円
2001/6
ISBN-4104469017
●課題図書一覧

「薔薇窓」
評価:B
本の分厚さに最初はひるんだが、これが読みやすくて一気だった。舞台は20世紀になったばかりのパリで、主人公は警視庁の医務室に勤める医師のジュリアン。若い女性ばかりの連続誘拐事件に巻き込まれていくのだが、彼を取り巻く人間関係が何だか江戸時代の下町のように素朴で明るく、猟奇的な犯罪のことは忘れてしまう。記憶を失ってどこから来たのかわからない美貌の日本人娘・音奴をジュリアンはじめ皆で庇う様子が実に心温まるのだ。また、ジュリアンが貴婦人に付きまとわれて、その屋敷に招かれて供される晩餐の美味しそうなこと!流石はパリだ。事件の仕組みに意外性はないし推理を楽しむ本ではないが、当時のパリを思い浮かべて楽しんで読める1冊だ。
薔薇窓 【新潮社】
帚木蓮生
本体 2,400円
2001/6
ISBN-4103314109
●課題図書一覧

「ルー=ガルー」
評価:B
この新刊採点を拝命した時から恐れていた作家の一人が京極夏彦だ。デビューした頃、新作ノベルスが出るたびに分厚くなっていくのと、題名の漢字が難しくて読めないのと、どこかで見た著者の写真(夏なのに手袋していて・・・)に恐れをなして、遠巻きにして眺めているだけだった作家だ。だが、今回決心して手に取ってみたら、意外に読みやすいし話もわかりやすい。安堵しつつ読み進んだ。主人公の女の子達も皆、個性的で元気が良い。しかしなあ、21世紀半ばの未来都市が舞台なのだが、現在から50年も先の話にしては、あんまり先進技術開発が画期的に進展していない。少なくとも、私の予想とはかけ離れている。ゲノム解析が意外に医療には寄与しなかった?って、そんなことはないだろう。データベースの構築や対人関係(コミュニケーションの取り方)も、せいぜい、5年か10年くらいで達成されそうな技術進歩しか描かれていないように感じて少々、残念だ。
ルー=ガルー 【徳間書店】
京極夏彦
本体 1,800円
2001/6
ISBN-4198613648
●課題図書一覧

「インコは戻って きたか」
評価:B
本当にこの著者は仕事人間の女性を書かせると上手い。旅行雑誌の編集者・響子の苛酷な勤務ぶりや若く身勝手な同僚とのやり取りなど、職場の様子が浮かび上がるように描かれる。努力が報われない自分の位置付けをわかっていながらやみくもに働く響子自身も、そんな彼女に文句を言わない夫や姑の存在も、あー、わかるわ、私。そんな響子が取材にでかけたキプロスに同行するカメラマン・檜山は、奥があるのかないのか定かではない男で、これが奇妙に魅力的だ。何だこの鬱陶しい男は、と最初は思いつつも、響子になりきった私はちょっと好きになったりした。この恋と冒険の行く末はドキドキなのだが、民族紛争のあたりは興味のない者=私にとっては余り面白くない。檜山が、『少数民族が』『政府軍が』、と語りだすと斜めに飛ばしてしまった。
インコは戻ってきたか 【集英社】
篠田節子
本体 1,800円
2001/6
ISBN-4087745392
●課題図書一覧

「お鳥見女房」
評価:A
題名にもなっているわけだが、ゴッドマザーのような珠代の存在が印象的だ。表向きは幕府のお鳥見役(鷹狩りの鷹の餌になるスズメの捕獲と調査が仕事。何だか暇そう)の夫が隠密裏家業で出かけた後、その女房の珠代は、隠居老人から腕白な子供たちまであふれ返る騒々しい大家族を賢く切り盛りして守りきる。この珠代、中年女性なのにえくぼが可愛いというのが良いなあ。彼女の手にかかれば、敵討ち同士でも一つ屋根の下に暮らして愛し合うようになってしまうのだ。こういう江戸時代ものは変にコミカルだったりしてつまらない思いをすることがあるが、本作はそういう受け狙いは一切なく、悲劇は悲劇として描かれるのが清々しい。家族ひとりひとりの人物描写も7つの各話のつながりも、考え抜かれて非常に丁寧に書かれており、宮部みゆきに対するとはまた一味違う好感を持った。
お鳥見女房 【新潮社】
諸田玲子
本体 各1,600円
2001/6
ISBN-4104235040
●課題図書一覧

「夏の滴」
評価:C
知らないで読み始めると、これは10代の人々向けの本かなと感じるくらい若々しい文章だ。しかも事件の舞台は小学校だし主人公は小学校4年生、9~10歳の子供たちだ。だが中身はとんでもないぞ。単に残酷なイジメや血まみれや生首だけじゃなく、こんなこと書いても良いのかというような、誰かから文句が出なかったのかと言うようなタブーがてんこ盛り。ところが、読みやすいのでそれに気が付かないでついつい、さわやかに読み進んでしまう。ちっとも醜悪に感じないのだ。話の要素は京極夏彦と類似点が多いが、こちらの方がうんと残酷なのに明るい。・・・・・ということは私の苦手なファンタジーの要素が漂っているということで、面白さは認めるが点数は伸びなくて、C。
夏の滴 【角川書店】
桐生祐狩
本体 1,500円
2001/6
ISBN-4048733095
●課題図書一覧

戻る