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松本 真美の<<書評>>

「娼年」
評価:C
石田衣良、美し過ぎないことの美しさを繊細に描く人、だと思っていた。でも今回は、ウツクシ過ぎることの尻座りの悪さを恥ずかしげもなく描いてる、感じ。娼夫が主人公の性愛小説(?)にしてこの透明感と清潔感。子供のときに強い喪失感を知り、プラトン読んでて、お金に興味がなく、「四十代は素晴らしい年頃よ」と言う客に、「ぼくもあなたの年になったとき同じことが言えるといいな」と真顔で言うハタチ。あ〜、尻がむずむずする!いくつであれ、自分の年齢を「素晴らしい」なんて言うヤツはどーかと思うが、若造にこんな言葉を返されたら私なら即刻、張り倒す!「若造」などと言ってること自体、自分がこの世界の無理解者なのが明らかだが、どうも私は、セックスや年齢や仕事の貴賤はパーソナルなこととしか思えず、ことさら美化されたり受容されたりポジティブに語られたり、すればするほど恥ずかしくなるのだ。一見クールな「若造」の語り口だとなおさらかも。ゴメン、偏見多くて。
娼年 【集英社】
石田衣良
本体 1,400円
2001/7
ISBN-408775278X
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「センセイの鞄」
評価:A
せつない。胸に沁みる。愛おしい。…う〜ん、どれも微妙に違うな。痒い所の方向は合ってるんだけど、周辺を掻いてる感じ。唐突ですが、寒い季節のお風呂って、湯船に入る瞬間、妙に寂しくなりませんか?すごくシアワセなんだけど寂寥感がらみなの。子供んときから私はその思いが強くて、母親に拙い言葉で訴えてみたり、結婚してからは夫に何度か説明したが、今イチ伝わらないみたい。そう、この小説は私にとっては冬のお風呂に似てる。でも、それは何も、センセイとツキコさんの年齢差に由来するわけではない。人が生きていくことの心細さや、人に惹かれることの不安、それはどちらもヨロコビと表裏一体。幸せで、寂しい。そんな相反めいた感情に、引き裂かれるわけでもないが、戸惑う自分がいる…そして相手が、自分の感情をより鮮明に映し出してくれるセンセイだったことがまた、幸せで、寂しい。なんだ?さっきから同じことしか言ってないな、私。とにかく、生きることも恋愛も「幸せで、寂しい」ものだとあらためて思ったりしました。
センセイの鞄 【平凡社】
川上弘美
本体 1,400円
2001/6
ISBN-4582829619
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「ため息の時間」
評価:B
わからん男っている。理解不能って意味じゃなく、どこか本質的な感情の理解力が欠落してる男。天然、とも似て非なる、言うなれば、ごく一部がそもそも起動しない男。発育不全ならぬ起動不全。それを知りつつ「好きになったらしょうがない」と思う女もいれば、思えん女もいる。この短編集は思う女。私は、自分はずっと思えん女だと自覚していたが、最近、思う女の気持ちもわかる…ような気がする。それもまたうっとうしいもんだが…。「世にも奇妙な物語」的な話と、淡々と「帰れない時間」を紡ぐ話がある。どちらも楽しめた。前者の「分身」はこのご時勢にフィット。後者の「父が帰る日」のどうしようもなさも印象的。前者系の「濡れ羽色」で、以前抱いた「髪の長〜い女ってなんとなく怖そう」という先入観を自分に再入力。毎日のように自分で髪切って日に日に短髪化する私も、人から見れば違う意味で怖いかもしれないが。
ため息の時間 【新潮社】
唯川恵
本体 1,400円
2001/6
ISBN-4104469017
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「薔薇窓」
評価:B
最初はなんと読むかわからなかった帚木。今もたぶん書けない帚木。でもけっこう読んでます帚木。今回も、直球か変化球かはよくわからないものの、とにかく595ページをよどみ破綻遊びなく描き切ってる。百年前のパリの日常と密度の濃い風景、危うい場所に進もうとしている日本、屈折した心理が端を発する犯罪、人間の心と命の頼りなさ、などなどが地に足のついた筆致で登場。ただ、どれも等しくまっとう過ぎて、却って読後の印象が散漫になってしまった気もする。いつも、良くも悪くも著者の真面目な人柄が直で話に投影されている感じの帚木ワールド。これで本人がすごいエロオヤジだったら面白い。個人的には、主人公の精神科医ジュリアンの魅力が今ひとつ。女性はすべからく惚れる超モテ男。終盤の、林の語る日本観が鋭利で秀逸で印象的。
薔薇窓 【新潮社】
帚木蓮生
本体 2,400円
2001/6
ISBN-4103314109
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「ルー=ガルー」
評価:B
毅然とした少女にいまだ憧れる。それはきっと、自分がそういう少女をやってこなかったからで、ばあさんになっても憧れ続けてる気がする。ここに出てくる少女達、かなりアニメ入ってるが、かっこよかったりします。特に誰、ってんではなく、それぞれに得意分野があって甲乙つけ難い。…物語は近未来SF。なんでも雑誌で募集したアイデアを盛り込んだ物語だそうで、緻密に<少し先にありそうな世界>が構築されてて妙にリアルな分、破綻がなさそ過ぎてSFこそのはみ出し部分の魅力に欠ける気もする。でも、こういう管理のされ方って怖いけど現実化しそうだ。学校という概念が無くなるっていうのもありそう。これも公募意見なのか?…で、物語では少女が次々失踪するわけだ。真相はちょっと食傷パターンだけど、社会に違和感を持つカウンセラーと旧世紀人の刑事コンビの絡みが邪魔じゃなく、けっこう楽しめた京極初体験でした。
ルー=ガルー 【徳間書店】
京極夏彦
本体 1,800円
2001/6
ISBN-4198613648
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「インコは戻って きたか」
評価:C
ウチのインコは10年戻ってこない。友達は文鳥をドアに挟んで圧死させた。…そっかあ、こういうドヨ〜ンな四十女もいるわけね。『娼年』で「四十代は素晴らしいお年頃」と宣ったナミコと対談させたい。かみ合わんだろうな。私はこいつらより『ハードタイム』のV.Iに百倍共感するけどね。とにかく、うっとうしいぞ、響子。それがたとえ、檜山との出会いと別離後の彼女を際立たせる意図だとしても、前半は読んでてイライラした。そもそも、仕事や家庭とこういう向き合い方してる女ってのがよくわからん。共感する層もいるんだろうが…。さんざん泣いた後、鏡の中の自分に「がんばろうね、甘えちゃだめ」とつぶやく女。こえぇぇ〜!でも、檜山っちはそんなキョンキョンに魅力を感じる…ばかりではなく、隠されていた魅力も引き出してしまうのだ。見た目はさえないくせに。そうそう、ガタイはよかったりするんだな、これが。中年男の鑑!おおっ!たった6日間の「極上の恋」だもんな。あ、キプロスの事件の感想を書くつもりが字数が尽きた。む、無念!
インコは戻ってきたか 【集英社】
篠田節子
本体 1,800円
2001/6
ISBN-4087745392
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「お鳥見女房」
評価:B
またまた出ました時代小説の佳作。江戸時代、どーでもいい(?)鷹狩りなんぞを仕切ってたお鳥見役には隠密役という裏業があったのね。そういう裏業話好きです。その方向で続編読めそうだし今後も楽しみ。…とにかく、このお話は珠世の魅力に尽きる。江戸時代の肝っ玉かあさん。でもさ、実際の京塚昌子ってけっこうヤな性格だったんだって?関係ないし、若年層には「誰それ?」な話ね。…と、とにかく、心がねじれかけた珠世と同世代の女には沁みる逸品です。インコの響子も読めばよかったのにね。でも、珠世の菩薩観音ぶりがよけいに神経を逆撫でしたかも。まあ、源太夫一家とか多津は、ちょっと予定調和っぽいキャラだという気がするが、安心して見れる昔の8時台のホームドラマみたいでホッとします。カルピスとか提供でさ。…これって、まんま『肝っ玉かあさん』じゃん!
お鳥見女房 【新潮社】
諸田玲子
本体 各1,600円
2001/6
ISBN-4104235040
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「夏の滴」
評価:D
バトル・ロワイアルよりずっとヤバいんじゃないの。ある意味、いっぱい「不毛死」するし、まとまりも底意地も気色も後味も悪いし。八重垣以外は、登場人物にも全然感情移入できなかった。ただ、妙にプライドの高い田舎の地方都市ってホラーの舞台にうってつけで設定には説得力あり。小野不由美の『屍鬼』も先月の『長い腕』もそうだけど、地方の共同体って、その尋常じゃない閉鎖性が独特の磁場を形成してて、何が起こっても「土地柄」の一言で納得させられそう…っていうかからめ取られそう。そこに、昨今の、これまた尋常じゃない親子関係が混入すれば、日常こそがホラーかも。イジメとか、障害者に対する過剰な理解っぷりとか、医療への偏った期待とか、病巣というか眼のつけどころは鋭いのだろうが、如何せん、読み心地悪かった。
夏の滴 【角川書店】
桐生祐狩
本体 1,500円
2001/6
ISBN-4048733095
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