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「娼年」
評価:C
主人公は男娼。本書の場合、男に買われる男じゃなく、女に買われる男である。放尿プレイやマゾヒズムなど、一般に「変態」とされるセックスが次々と描かれる。だが作者は、そうした異形の性も、正常な欲望の一バリエーションにすぎない、ということを言いたいようだ。その意図は成功しており、70を越えるばあさんが孫より年少のリョウを買うシーンでも、不潔感はない。さて、ここで問題です。(1)一見普通だが実は変態。(2)一見変態だが実は普通。小説に出てくるキャラクターとして、どっちが面白いでしょうか? 私は品性下劣なもんで、(1)に一票。本書はパターン(2)を採用したわけだ。なるほど闇を光へ置き換える展開は上手だけれど、ちんまりと収束する結末に、「小粒」の印象は拭えない。 |
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【集英社】
石田衣良
本体 1,400円
2001/7
ISBN-408775278X
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「センセイの鞄」
評価:C
今の日本じゃ「純愛」なんて成り立たない。好意を告白できずにモジモジ、なーんて考えづらいし、数回デートすりゃセックスするのが当たり前。恋愛の喜びと苦しみが、成就するまでのプロセスにあるのだとすれば、このまんまじゃ小説にならないよ。そこで、本書の作者は考えた(んだと思う)。三十代後半の女性と、それより三十以上年長の元教師を取り合わせてみよう。なるほど、これはうまい設定だ。相手は自分をどう思っているのか、そればっか考えて寝られない。そんなシチュエーションが嘘っぽくない。体温のうつった布団でうとうとするような、ほの柔らかな恋愛小説。ただまあ一方で、無粋な中年男の私には、「何ちゅうことのない話しやないかい」という白けた気持ちも抑えられないのではありました。 |
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【平凡社】
川上弘美
本体 1,400円
2001/6
ISBN-4582829619 |
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「ため息の時間」
評価:B
うっうっう〜(;o;)、中年男はつらい! 妻にゃ疎まれ、子どもからはバカにされ、愛人にも逃げられる。そして働きづめの終着駅がリストラ。何もできないくせに威張り散らすばっかだから、本書の読者からもまるで同情されないよ。と、いうような、女性(作家)から見た男のアホさ加減が各篇の基調にあるのは間違いない。しかし、本書の魅力は、そんなモノトーンの印象に収斂されない多彩な味わいにある。お笑い路線、幻想的な話し、SFチックなストーリー。それらが程よく混ざっているので、前話の雰囲気を引きずっている読者の構えを次の話しが裏切る。そこが味噌なんだね。特に、「言い分」には笑けました。終盤の畳みかけるような発話の切り返しが、嘉門達夫の「鼻から牛乳」を彷彿とさせる傑作だ。 |
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【新潮社】
唯川恵
本体 1,400円
2001/6
ISBN-4104469017 |
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「ルー=ガルー」
評価:B
2030年。情報化がぐいぐい進んで、社会は人と人との接触なしにまわるようになる。肥大するのはフィクションとしての現実、ヴァーチャルなリアリティ。それでもモニタの中に収まりきらないものは何か。匂い?
食欲? それとも友情? そう、前半はそんなことを考えさせる、静かな展開。それが後段、ドッカーンばりばりズバズバ路線に一気に突入。それまでの思弁的なタッチとの落差が、大きな爽快感をもたらす。奇天烈なキャラクターだけじゃなく、中年刑事の橡(くぬぎ)、平凡な14歳の葉月という、現代人の我々が同一化しやすい人物も出てくる。おかげでスッとこの無機的な都市へと入っていけるんだね。子どもっぽいカバーに後ずさりしてるご同輩、まあ読んでみてみ。750ページを一気読みですがな。 |
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【徳間書店】
京極夏彦
本体 1,800円
2001/6
ISBN-4198613648 |
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「インコは戻って きたか」
評価:B
マッチョな男が機関銃をぶっ放す――そんなお決まりのパターンにNO!を突きつけた冒険小説。本書の主人公は雑誌の女性編集者。生理痛や姑との関係に悩むおばはんである。まったく所帯じみてるぜ。だが読者は、その生活臭を足がかりにして、「日本にある果てのない日常」から民族紛争渦巻くキプロスへと、自然に入っていけるのだ。正直、冒険小説のわりに大したことは起こらない。でも、主人公のあり方が我々に近い分、ちょっとした出来事でも緊迫感をもって迫ってくる。不満は一つ。物語のほとんどが、主人公とカメラマンのダイアログのうちに進められる。その他の人物は、二人に情報をもたらすエキストラに過ぎないのだ。狡猾な裏切り者や魅力的な悪役――戦争ものにはそんな配役が必須だと思うのだが。 |
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【集英社】
篠田節子
本体 1,800円
2001/6
ISBN-4087745392 |
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「お鳥見女房」
評価:B
連作短編集は、本全体を貫く大きなストーリーと、各編を盛り上げる小さなストーリーとからできあがっている。両者のハーモニーが肝になるわけだが、本書は十分合格!
7話の間に、大ストーリーを徐々に進行させつつ、一編ずつをも楽しませる。総じて、肩の凝らない軽い読みものといった仕上がりだ。時代小説は下手をすると説明っぽくなりがち。軽く読めるようできあがってるってことは、それだけ作者の語りがすぐれてるってことだね。ここで恥ずかしい告白を一つ。鷹狩りって、鷹を狩るのかと思ったら違うのね。鷹に獲物、例えば鶉を狩らせるのねえ。「八双」とか「鯉口」という言葉もよく知らなかったんだ。不肖、新刊採点員を拝命するまで時代小説はほとんど読んだことがなかったんです、お粗末! |
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【新潮社】
諸田玲子
本体 各1,600円
2001/6
ISBN-4104235040 |
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「夏の滴」
評価:B
【ちびっとネタバレよ〜】HOP=天然の植物を利用して医薬品を作る。すんなり受け取れるアイデアだ。エイズ治療薬の素材を熱帯雨林に求める研究は現実にもあるしね。STEP=植物と人間との対応関係。ここに無理がある。怪しげな「植物占い」だけで、「松島君はイヌタデよ」、などといわれても真実味がない。全体のムードが怪奇SFならまだしも、リアリズムの手法で通しておいて、急にトンデモ系アクロバット回転というのはどうか。もっと擬似科学的な肉付けを施してほしかった。JUMP=〇〇を利用して××を作る。ふむふむ面白い。グロテスクでインモラルな描写も、それだけで読者を引っ張ろうとしてない、つまり必然性があるので了解できる。結論。STEPがちょっと横に流れましたけどB! |
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【角川書店】
桐生祐狩
本体 1,500円
2001/6
ISBN-4048733095 |
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「マンモス/反逆のシルヴァーへア」
評価:B
以前、椎名編集長も褒めていたけど、『巨大生物図鑑』(偕成社)という本がある。70種余りの巨大な動物を、一律に実物の1/22.5に縮尺したイラスト集で、かれらの大きさが人間との対比で感得できるすぐれ本だ。私はマンモスのページをじっくり眺め、本書を読み始めた。実証的な科学と自由な想像力との融合。いいねえ。事実と虚構の境界は無論あいまいだが、著者が極北の自然やこの絶滅動物の生態を精査したことがうかがえる。ゾウにはもともと老賢者のイメージがある。それと近縁のマンモスをSFの主人公にもってきたのはうまい。ただ、心じゃなく頭で書いたという印象を持つ。悪くいうと、賢い人が、頑張って調べた事実を過不足なくお話しにまとめました、という感あり。でも結論としては、十分おすすめ! |
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【早川書房】
スティーヴン・バクスター
本体 2,400円
2001/7
ISBN-4152083581 |
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