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中川 大一の<<書評>>
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娼年
ジュリエット
【角川書店】
伊島りすと
本体 1,400円
2001/7
ISBN-4048733052
評価:C
「揺れる 揺れる 揺れながら」「振り向く/振り向く/振り向いて」。繰り返しを多用する独特の文体が、不思議なリズムを刻む。冒頭に登場するのは不気味な水字貝。ホラーのオープニングとして期待させる。だが、そこから330ページ(つまりほぼ終わり)まで中だるみが激しい。言葉を繰り返すのはいいが、話しを繰り返すのはやめてくれえ〜。それに、開幕の雰囲気からすると、得体の知れない恐怖こそ本領のはず。少女の自傷行為やずるねちゃ系軟体動物は全体のトーンに見合わないのではないか。巻末の選評を読んでみると、うーむ、日本ホラー小説大賞は、本作と言うよりは作家、それも将来性を買って授けられたものではないのか。それはそれで文句ありませんが、作品単体でいうなら、ま、Cが妥当かなと。

ドミノ
【角川書店】
恩田陸
本体 1,400円
2001/7
ISBN-4048733028
評価:B
東京駅には出張で何十回となく出入りしてるが、いまだにどこがどうなってんのかちんぷんかんぷん。特に今回、丸の内側を何も知らないことが判明。今度この本に載ってる地図を見ながらウロウロしてみようかな。皆さま、そんな私(38歳男)を見かけたら是非お声がけください(爆)。さて本書、誇大広告とまでは言わないが、看板に偽りあり。この書名だと、たった一つのちっぽけなきっかけが次々と波状効果を及ぼし、大騒動に発展する話を想像する。だが実際には、ドミノが倒れはじめる場所はいくつもあるのだ。それでも羊頭狗肉というわけじゃない。羊頭豚肉か、羊頭牛肉か。つまりタイトルの印象は裏切られるが、別種の面白さがある。週末に、サクッと読んで、スカッとするのにもってこいだ。

13階段
【講談社】
高野和明
本体 1,600円
2001/8
ISBN-4062108569
評価:B
口絵裏の「著者の言葉」は、言わばエンターテインメント至上主義宣言。怪談話やハリウッド映画に連なる路線を走り、芸術ではなく娯楽をめざす。おお、大歓迎。私ゃ純文学(死語か)はよく分からないし、半端な社会派小説など真っ平御免。読書は楽しくなくっちゃ。一読、著者の志は実現している。十分に練られたストーリー、丹念に張られた伏線。最後に起爆する、意外でかつ無理のない結末。だがあえて言うなら、すべての人物・小道具・エピソードが、話しを盛り上げるために勤労奉仕させられてる感あり。キャラクターのむこうに作者の作為が透けて見える。著者の意図せぬところに吹き出す「情」にこそ真の面白さが宿るのだとすれば、第一級の小説って、まっこと成り立ち難いものなんだね。

かずら野
【幻冬舎】
乙川優三郎
本体 1,500円
2001/8
ISBN-434400101X
評価:C
養蚕、製塩、藍染め、そして漁労。時は開国へ向けて流れ出しているけれど、庶民の暮らしを支えるなりわいは変わらない。この本の背景にはその様子が細かく描かれ、話しに安定感をもたらしている。また特に、私には馴染みのない千葉の風物がていねいに書き込んであるのも一興だ。ただ、末尾を除く大半を貫いている気分は、諦めと憎しみ。訳あって落魄した夫婦の、女が夫に対して抱く心のあり様だ。そんな否定的な感情がうまく描かれた本を、どう評すればいいのか。上手だけど鬱陶しい物語なのか。それとも地味ながら運命の機微を抉った佳品なのか。さっき読み終えたばっかりで、いまはどっちとも決めかねてるんだ……。

翼はいつまでも
【集英社】
川上健一
本体 1,600円
2001/7
ISBN-4087752917
評価:A
一人でも多くの人に本書を読んでもらうために、どんなコメントを書けばいいんだろう? 思春期に聴く音楽がアイデンティティ形成に果たす役割について論ずるべきか。著者が属する団塊の世代がビートルズから受けたインパクトに関して語ればいいのか。いやいや、それじゃダメだ。この本の魅力は、そんな社会背景をとっぱらったあとに残るサムシングにこそあるはずだから。かといって、出会いとか別れとか、性の目覚めとか教師への反発とか、粗筋を紹介してお茶を濁すこともしたくないんだ。「なーんだ、よくある話しじゃん」と言われちゃいそうだから。ええい、もう、役割放棄、業務停止。とにかく読んでもらうしかないでしょう! と、最大の評価を捧げることにためらいはないが、一点だけ違和感を表明せざるをえない。十和田の中学生である主人公たちが、なぜ標準語でしゃべるのか。例えば、井上ひさしの一連の青春小説をみてほしい。東北弁でしか表せない臨場感というものが、間違いなくあるはずなのだが。

湖底
【双葉社】
薄井ゆうじ
本体 各1,900円
2001/7
ISBN-4575234184
評価:D
書名、装幀、帯文の印象から、ほのぼのムードの本かなと思っていた。確かに終わりの40ページほどはそういう感じもあるけれど、それまではまるで違う。過去と現在、現実と虚構、主体と客体が自在に融合する、幻想小説なのだ。奇妙な味がする――って、本来褒め言葉なんだろうが、どうもちぐはぐ。センス・オブ・ワンダーとは、確固たる現実があって、そこからの微妙のズレが生じたとき感得されるものだろう。事実があって初めて、それが崩れる恐怖が生まれるんだね。ところが、本書の8割ほどを占める湖底のシーンにおいては、すべてが泥の中に溶けこんでおり、不思議を不思議と感じるための足場がない。もともと何でもありなら、何が起こっても驚かないでしょう。また最後のムード転回も、やや唐突か。

武揚伝
【中央公論新社】
佐々木譲
本体 各2,200円
2001/7
ISBN-4120031691
ISBN-4120031705
評価:A
日本という国家が姿を現す刹那の未明。榎本武揚は、真っ白なキャンバスに太筆でぐいっと線を引くように、開国まもない列島の輪郭を描いてゆく。その最北にあるのが、蝦夷ガ島だ。上巻は、青春小説出世篇。才ある若者が克己し奮励して頭角をあらわす。先進の文化を、砂漠が水を吸うように我がものとしていく。ああ、こっちの上昇志向を刺激する。下巻は、冒険小説海洋篇。新政府樹立により朝敵となった幕閣たちは、船団で北へ向かう。「自分たちは、過去によって奪われたものを、未来に取り返すのだ」。ああ、こっちの闘争本能を刺激する。圧巻は、新総裁に選ばれた武揚が五稜郭で初めて行う演説。新天地建設を訴える大音声の語りに、主人公の人生を伴走してきた読者もまた、拳を突き上げたくなってくるのだ。

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