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内山 沙貴の<<書評>>
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むかつくぜ!
むかつくぜ!
【文春文庫】
室井滋
本体 476円
2001/9
ISBN-4167179040
評価:B
軽快な口調で読者にこびることなく、感情の押し付けないこのエッセイは、読んでいると美味いうどんのようにちゃんとこしがあって汁も正統派で気分がいい。溢れる泉のように尽きることなく涌き出てくる日常のちょっとしたハプニング。しかもそれらのハプニングは「なんでそんなグッド・タイミングで起きてくれるのだ?」と叫びたくなるくらいぴったりな場所と時間に起こる。まさに超優等生なハプニングたち。だから何度起きても「仕方あるまい、この程度のことなら許してやるか」と寛大に云ってみたくなる。でもやっぱりハプニングは起こるよりも起こらない方がいいかな、たとえ話しのネタが増えようとも。

ショッピングの女王
ショッピングの女王
【文春文庫 】
中村うさぎ
本体 429円
2001/9
ISBN-4167658011
評価:B
収入のことを全く考慮に入れずにブランドものを買いまくる。何だこの人は?この人の買い物の量もさることながら個々のモノにかけている金額はめちゃくちゃに高い。自分が持てる金額が増すにつれて買うモノの値段が上がるのは分かる。高いモノを買うことに慣れてしまうと、以前とはお金の価値感が変わっていくのも分かる。以前だったら絶対に買わなかったようなくだらないシロモノにまで、高くないからを理由に手を出してしまう。そしで家計は慢性的に借金状態である。窮地に追い込まれた悲壮感が全く無く、すべて日常茶飯事、世は並べて事無しの空気が漂う、恐ろしいエッセイであった。

天使の骨
天使の骨
【集英社文庫】
中山可穂
本体 476円
2001/8
ISBN-4087473538
評価:A
よごれた血のつく羽を縮ませて、地面を歩く天使たち。その姿は薄汚く、どうしようもなく穢れてみじめで憐れさと悲しみを漂わせている。それは旅に出た頃のミチルそのものだった。人から命を分けてもらう芸術家の人生、その支えを失った彼女は行きつくあてもなく暗くて粘着質な重たい闇を見つづける。溜め息の出るような美しい動作、華やかな色彩、背筋が凍るような音楽に魅入られながら、悪魔のような抗いがたい夢を見る。そして突然に光の漏れるドアを開けた瞬間、ミチルの命はまた生命の光に満たされる。全身に光を浴びて。ひとつひとつのシーンが印象的で運命的で素敵な物語であった。

R.P.G.
R.P.G.
【集英社文庫】
宮部みゆき
本体 476円
2001/8
ISBN-408747349X
評価:D
ひたすら捜査をかく乱する事に執心していた真犯人の、妨害の網をすべて破って事件の真相を見破った素晴らしい老刑事。しかし老刑事は土壇場で病欠のため、代打で出された中年刑事が事件の真相究明を継ぐ。真相を見抜いた老刑事はすごいが、しかし全編を読み終えてみると中年刑事の働きも素晴らしく見えてくる。ただブロックの積み上げゲームを下からきれいに逆算したような出来過ぎたプロットが気になる。最後の刑事たちの働きに対する感動と、出来過ぎた物語の不満足な感じが漂う、複雑な心境におちいる読了感だった。

銀の雨
銀の雨
【幻冬舎文庫】
宇江佐真理
本体 571円
2001/8
ISBN-4344401352
評価:B
この小説を読んでいると、そっと差し伸べられた大きくて温かい手のように安心できる。シトシトと降る雨の中を行く赤い傘を差した人影が江戸の裏道を曲がって行く。少しぼやけていて、でも鮮やかで、その傘の持ち主は今、家に変えるところだろうか、それとも誰かを迎えに行くところだろうか。そんな心休まるような想像をしてみたくなる。この物語は人として無くしてはならない大切なものを守り、教えようとする。その論法は現実の世界に当てはめてしまえばどうしようもない甘さを感じるものだが、でもやはり読んでいて気持ちのいいものである。どこまで現実的かはひとまず置いておいて、とにかくホッとする、そんなお話だった。

バッドラック・ムーン
バッドラック・ムーン
【講談社文庫】
M・コナリー
本体 (上)876円(下)857円
2001/8
ISBN-406273222X
ISBN-4062732238
評価:B
爽快に翔け抜けるつばめの様に小さな身体が淡いブルーの高い空を切り裂いて上へ上へと風を切る。そんな気分がハイになるようなスカッとする読み口に、ちょっと爽快すぎて読みごたえが半減してしまってはいるが、それでもやはりスピードで読ませるミステリはおもしろい。ただ悪役カーチも主人公キャシーもかみつく狼のような魅力的なキャラクタなのにいまいち物語のなかに完全に組み込まれていなくて、彼らが話しを引っ張るのではなく、話に引っ張られてしまっているのが残念であった。

汚名
汚名
【文春文庫】
ヴィンセント・ザンドリ
本体 743円
2001/8
ISBN-4167527812
評価:A
彼は鎖に繋がれた囚人、それでも彼の身はどこまでも自由。遠くから人の流れを眺め、石を蹴りながら土を踏んで歩き、どこまでも続くロードウェイをひとりで行く、本物の自由への切符を求めて。物語には事件に巻き込まれた主人公の今と、主人公が昔遭遇した刑務所での暴動が描かれている。そのどちらもよく書けているのだが回想の内容が直接本編に関係がないのが少し気になる。もう少し回想を少なくするか、それともまとめてしまってもっと長くするか、よく書けている分この意味消失ぎみなプロットが残念である。物語の締めは控え目に言ってもくど過ぎで、もっとあっさり終わらせてほしかったなと思う。が、この小説の人と柄がジワッと滲み出てくるような感覚、自分が物語の一部に溶け込んだような物語との一体感がこの小説にはあり、それらの感覚は麻酔のように病みつきにさせるものがあった。

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