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山田 岳の<<書評>>
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オロロ畑でつかまえて
オロロ畑でつかまえて
【集英社文庫】
荻原浩
本体 457円
2001/10
ISBN-4087473732
評価:B
井上ひさしの『吉里吉里人』を思いだしたなや。評者は学生生活を仙台ですごしたべ。だからや『吉里吉里人』もや、この本もや、身近に感じるんだっちゃ。「牛穴村は、奥羽山脈の一角、日本の最後の秘境といわれる大牛山(略)の山麓に、サルノコシカケのようにはりついた寒村である」このオロロ豆以外、とりたてて何もねえ村の青年会がや、東京のあやしい広告代理店さ力借りて、とんでもねえ村おこしさしようってのがや、この本のドタバタの始まりなんだっちゃ。ネス湖のネッシーさ真似て、恐竜のウッシーさ牛穴湖にでっちあげるなんて、とんでもねえべ? 評者はや、うかつにもバスの中さこの本読んでいてや、何回も吹きだしてしまったんだっちゃ。だどもな、各地で町おこし村おこしに苦労している人はや、まんず、涙なしには読めねえべ。「クライアント」「プロダクション」「エージェンシー」等々、目次読んでプロットさわかる小説も珍しいっちゃあ。各章のはじめにはや、これら業界用語の解説もついているっちゃ。ウッシーの正体がばれてからや、マスコミの袋叩きさあってや、何も残らねえのがふつうだべ?だどもな、著者はや、心温まる(笑)エンディングを用意しているんだっちゃ。だからや、<B>におまけしとくっちゃ。

東京城残影
東京城残影
【講談社文庫 】
平山壽三郎
本体 629円
2001/9
ISBN-4062732556
評価:B
慶応が明治に改まったところで、庶民の暮らしはそうそう変わるもんじゃないんですねえ。現代人のわたしたちは、きのうまでチョン髷に着物きて歩いていたのが、今日から急にザンギリ頭に洋服で歩いている、って思いがちなんですが、そうじゃないんだよって、まず教えてくれるんです。明治のはじめは、やっぱり奉行所だの岡引だのが市中の取締りをしてたってんですから驚くじゃありませんか。そうは言っても、お侍さんたちはやっぱり事情が違ってきています。きのうまでお給金(俸禄)をもらっていた幕府がなくなったんですから、毎日の生活にも事欠くってもんです。まして亭主が上野だの箱館だのって戦に出かけて、戦死などしてごらんなさい。残された家族はどうしたらいいのか。遺族年金なんてあるはずもなく、娘を吉原に売った、妻が苦界に身を沈めた、そんな話は枚挙に暇がない。この物語に出てくるお篠もまた自らの体を売って、年老いた舅・姑の世話をしていたんですねえ。そこへ、死んだと思っていた亭主の信一郎がひょっこり帰ってきた。姑は「黙ってりゃわからない」と耳打ちするんですが、そこは武士の妻。亭主にあわせる顔がないってんで、大川(隅田川)に身を投げてしまう。<江戸と東京のあいだには見えない橋がある>とは、またうまく言ったもんですねえ。<見えない橋>を渡りそこなって、おぼれかけたお篠と信一郎。このふたりがどうやって時代の狭間を渡っていくのか。<捨てる神あらば、拾う神あり>ってところが、時代小説ですねえ。

弥勒
弥勒
【講談社文庫】
篠田節子
本体 914円
2001/10
ISBN-4062732785
評価:A
「あんたもジャーナリストのはしくれなら、アフガニスタンに行ってきたらどうなの?」ある酒の席で女は評者にこともなげに言った。やれやれ。現地のことは何も知らず、言葉も話せない、まして戦争状態にある地域に、使命感だけでのこのこと出かけたらどうなるか。待っているのは<地獄>ばかりだ。主人公の永岡はヒマラヤの小国、パスキムの、独自の仏教美術を守りたいと、革命・騒乱のさなかに出かける。そこは<国民を幸せにするために>知識人も宗教も文化も技術も否定されたキリング・フィールドだった。永岡はたちまち革命軍に捕らえられ、収容所での強制労働と強制結婚を迫られる。農業政策の失敗で人々は餓え、現地で妻となったサンモも妊娠時の栄養失調で死んでいく。ずるずると現地での生活に飲み込まれていった永岡も、彼女の死に、ついに脱出を決意する。国境をまぢかにして、地雷を踏んでしまった永岡。彼を救った老人は「赤い観音様」の化身なのか。<それでも人は宗教を必要とするのか><真に仏と出会うためには地獄をかいくぐらなければならないのか>長い修業のあとに<悟り>が開けるように、長く重苦しい描写のあとに、著者のかかげるテーマが忽然と姿をあらわすのだった。

神様
神様
【中公文庫】
川上弘美
本体 457円
2001/10
ISBN-4122039053
評価:B
村上春樹が<現実>とのコミットメントを宣言して以来、たえて、存在しなかった<ものがたり>世界のストーリー・テラー。川上弘美は初期の村上春樹を継承している。壷から女性が出てくるわけないし、熊がしゃべったり、料理を作ったりするわけないのだが、ちっとも不自然ではない<ものがたり>世界。冬になるとやってきてカナエさんをまるめ、カナエさんの心に「すき」という感情が生まれる春先になるとどこかへ去ってしまう男の話(「春立つ」)など、恋愛に対する女性のこころをどこか象徴しているのではないでしょうか。本書は短編集ではあるが、<ものがたり>をたどるうちに、読者は知らず、じぶんの心の奥底に<かくされていた>ものに出会うことになるのです。

求愛
求愛
【文春文庫】
藤田宜永
本体 552円
2001/10
ISBN-4167606038
評価:A
怪我のリハビリを続けるプロ野球投手達郎が通訳の住田からピアノのレッスンをすすめられる。住田の妻、千香子はプロのピアニストだが、交通事故の怪我からなかなか復帰できず、苦しんでいた。達郎のピアノ教師となることで、千香子もまたリハビリへの勇気を得るのではないかと、よく考えると住田は達郎のことより千香子のことを考えての依頼だった。おなじ苦しみをかかえるふたりはたちまち恋におちいり、同居までしてしまう。が、立場のない住田に、同情する読者はおそらく、いない。それほどまでに、ふたりの<純愛>がたくみに描かれている。やがて千香子の故障は、怪我が原因ではなく、彼女の母親が原因であることが明らかになってくる。怪我を克服していく達郎、対照的に、トラウマを克服できない千香子。優勝をかけた一戦での達郎の復帰、物語はクライマックスをむかえる。うーむ、TVドラマにしたらヒットしそうな展開だ。しかし、誰の誰への<求愛>だったのか。ふつうに考えれば、達郎の千香子への求愛だろうが、そのことを彼がはっきりと自覚するのは、悲劇的な結末をむかえた後のことだった。ストーリー・テリングの巧みさを楽しんでください。

夜の闇を待ちながら
夜の闇を待ちながら
【講談社文庫】
R・エアース
本体 971円
2001/10
ISBN-4062732831
評価:B
第1次世界大戦が終わってまだまもない1921年、イギリスのサリー州で一家4人が惨殺される事件がおきた。地元の警察は強盗殺人と見ていたが、スコットランド・ヤードのマッデン警部補は物盗りが目的ではないとにらんだ。それでは、何のために?ただひとり奇跡的に生き残った少女は心に傷を受けていたが、心理療法の中で、犯人が毒ガスマスクをかぶっていたことを示す絵を描いてみせた。司法解剖から凶器は銃剣であることもわかった。だが、それ以外の手がかりは何一つない。ウッデンは捜査中に偶然犯人と遭遇、ライフルで殺されそうになる。が、顔を見ないうちにサイド・カーつきのバイクで逃走されてしまう。行き詰まる捜査。マッデンはフロイト派の心理学者に相談をもちかけた。そこで浮かび上がってきた犯人像は・・・。<本格的推理小説>の一言につきる。ロバート・ゴダードよりもうまい! ワン・パターンのアメリカン・ミステリーに食傷気味の人たちにおすすめ。それにしても、舞台を100年近くむかしに設定しないと、<本格派>は描きにくいってことなんだろうか?

とむらい機関車
とむらい機関車
【創元推理文庫】
大阪圭吉
本体 660円
2001/10
ISBN-448843701X
評価:C+
ほんまに戦前に書かれていたんですか? なんや、えらいモダンですやん。文体もさることながら、横溝正史みたいなオカルトもどきのおどろおどろしさに頼ってへんし、昨今の地方名所めぐり2時間ドラマにも陥ってへん。事件をドライに扱いつつ謎ときに挑んでいる姿勢は、<本格派>違ゃいます?表紙の絵はちょっと<もっさい>ねんけ’ど、本文のイラスト、とりわけ「白鮫号の殺人事件」での内藤賛のカットはめっちゃモダンですやん。107ページのんと’か、映画「太陽がいっぱい」のワンシーンを彷彿とさせてはります。ただ本文の方は、今の感覚からすると、ちびっと、話が短い。登場人物の会話のシーンも少ない。け’ど、モダンばかりかと思うたら、「坑鬼」は、プロレタリア文学みたいですやん。当時の特高警察には「これは推理小説や!」言い返してだまらすだけの力をもってはります。大阪はんは、名前に反して愛知県生まれ。戦争中に南方で戦病死しはりました。エッセイ「我もし自殺者なりせば」を読むと、芥川龍之介みたいに自殺したかったのと違ゃうか?という気がちょっとしました。

古地図に魅せられた男
古地図に魅せられた男
【文春文庫】
マイルズ・ハーベイ
本体 752円
2001/10
ISBN-4167651149
評価:C
東京下町の美術展「向島博覧会」では「自分の足取りを地図上に刺繍する」アーティストがいたが、訳者あとがきを見ると、こうした人は存外多いらしい。訳者自身もまた、翻訳のたびに、物語の舞台となるアメリカ各地の地図を買い込み、地図を見ながらストーリーをたどるとか。いやはや、地図には、見るものをシャーロック・ホームズ気分にさせる謎が隠されているらしい。地図をうろ覚えで出かけては、目的のお店に着けず、すごすごと帰る評者のような人間には思いもよらぬことだ。さて、本書の原題は<失われた地図の島>。大学の図書館から古地図を盗み出した男がつかまったことから話ははじまる。ミステリー・ファンの興味をひくイントロ。だが、古地図を投機の対象に押し上げてしまった男のルポが出てきて、「古地図に魅せられた男」とは著者自身のことではないか、と早くもネタバレの展開。(日本での発行元が「原題では詐欺だ」と思ったのかどうか)著者も地図が好き、だから古地図泥棒に興味を抱いたようだ。古地図とはどんなものか。どのようにしてつくられたのか。それがかつてどんな価値をもっていたのか。(大航海時代、ポルトガルはオランダ人にはけっして航海図を見せなかったとか)地図に興味のない者にも、一生懸命、地図のおもしろさ(「かくされた謎」)を教えてくれようとする。日本だと新書とノンフィクションに分けて書かれる内容が混在している、とも言える。スチィーヴンソンの『宝島』はジム少年が古地図を見つけるところから始まるのだが、「宝物の所有権は?」だなんて、それを言っちゃあおしめえよ。「マルコ・ポーロは中国に行っていない」と言われては、NHKも立場がなくなる(大河ドラマ「北条時宗」では元の都でマルコ・ポーロがなんと日本語を話している!)。「ライターにとって、プロットは出来事のつらなりであり、地図作成者にとってのプロットは地図である」そうだ。そうかもしれない。でも、本書は地図にかくされた謎をたどるあまり迷宮に入り込んでしまった感があり、評者の批評も、迷子の尻切れトンボにならざるをえない。それにしても、なんなんだ、このエピローグは!?

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