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佐久間素子 佐久間 素子の<<書評>>
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13
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【角川文庫】
古川日出男
本体 800円
2002/1
ISBN-4043636016
評価:A
 作者も作品も全くノーチェック。予備知識なしで読み始めてまもなく、背筋がぞくぞくしてきた。みっしりと書かれた行間から色がこぼれ出ているのだ。教室に塗りつけた何千種類もの色の中で、色覚異常の天才児、響一はつぶやく。「まだ足りないんだ」このシーンだけで既に惑ってしまいそうなのだが、こんなの序の口。舞台がザイールの森に移ると色彩の明度が格段に上がる。湿度があれば香りだって立ち上る。音だって聞こえてくる。そんな世界で、ザイールの森の霊界を体験した響一と、西洋の神を心に宿したザイールの少女の物語が、徐々に交わっていくのだ。もう、酔ってしまいそう。第一部があまりに鮮烈なため、軽やかな第二部はまるで長いエピローグのようだ。ラストでさらりと裏切られて、気がついたら物語の外にいる。とにかく、文章を読む行為自体が気持ちよいのだ。しかけられた物語の面白さがじわじわとわかってくるのは読後しばらくたってからである。

ららのいた夏
ららのいた夏
【集英社文庫 】
川上健一
本体 667円
2002/1
ISBN-4087474003
評価:C
 うーん、ビミョーだなこりゃ。正直、ららに反感スレスレなのだけれど、それを言うのはかなり人非人な感じなのだ。ラストがラストだし。走るのが好きで、好きに走って突拍子もない記録を出す才能も、お茶目でまっすぐな性格も、ファンタジーかと思うほど爽やか。好きだから一生懸命練習してるのに負けてしまう轟さんの気持ちも、いつもおどけている千香の気持ちも、そりゃ、ららにはわからないだろう。わかられても嫌味なのだが、どちらにしても残酷だな、と私は思ってしまう。もっとも、好きで走っているだけあって、走るシーンは本当に気持ちがいい。何も考えずにこの気持ちよさを堪能できればそれにこしたことはない。フルマラソン、恋する二人のデッドヒートは、名場面だ。

カップルズ
カップルズ
【集英社文庫】
佐藤正午
本体 448円
2002/1
ISBN-4087473996
評価:B
 人の噂を好むというのは一般的にいって、決して美点ではないはずだ。無責任、出歯亀、下品と、まあこんな感じ? だから、街のうわさを核にしたこの7編の短編が、無責任でも出歯亀でも下品でもないことに、ちょっと驚く。街のうわさという題材に、佐藤正午という資質が合っているのだろう。人間というドラマに対する飽くなき好奇心(笑)と、他人の人生に干渉しない節度をもちあわせた作者だからこその一冊。話は面白いのに主人公が不甲斐なくて冷たいのよねーと、どちらかというと節度過多な部分が苦手な作家だけに、第三者である作者の分身が主人公というスタイルの本作には、あっさり脱帽。ささやかな人生という神秘は魅力たっぷりなのだ。

エリコ
エリコ
【ハヤカワ文庫JA】
谷甲州
本体 700円
2002/1
(上)ISBN-4150306869
(下)ISBN-4150306877
評価:B
 SFだからとみがまえる必要はまるでなし。文章も簡単だし、多彩な登場人物や設定等、サービスも満点。ラストまで一気だ。SFって何でもありなんだ・・・と、蒙を啓かれました(笑)。性転換手術で高級娼婦となったエリコが、かよわきヒロイン。次々事件に巻き込まれ、次々ひどい目にあわされるのだが、めそめそ泣いても、必ず立ち直るのが頼もしい。大阪から上海へ、さらには月へ、舞台は広がる。かよわくても、立派なハードボイルド、あるいは、懲りないキャラなのである。さて、噂の官能シーンだが、確かに多いので、電車で読むには注意。クローン3Pには仰天したけれど、これもエリコの人徳で難なくクリアだ。

過ぐる川、烟る橋
過ぐる川、烟る橋
【新潮文庫】
鷺沢萠
本体 400円
2002/2
ISBN-4101325170
評価:C
 読後に残る白々したやるせなさは、絶望と呼ぶには淡すぎる。あきらめという言葉なら少しは近いかな。驚いたことに、作者は30才そこそこで、この小説を書いてしまっている。30才という年齢は、退屈な人生に絶望していたとしても、全てをあきらめられる程、年をとっているわけじゃない。少なくとも私はそう思う。だから、といってはなんだけど、作者の描き出すやるせなさが、リアルなのかうそっぱちなのか、判断がつきかねるのだ。ただ、そうした思いに鈍感なだけかもしれないのだけれど。全体に、地味で手堅く、生真面目なところが、ちょっと前の純文学な感じ。騒々しい日々までもが、この世界では、ひっそりと音が無い。

笑う肉仮面
笑う肉仮面
【光文社文庫】
山田風太郎
本体 857円
2002/1
ISBN-4334732739
評価:C
 この<少年篇>は、風太郎の少年向けミステリを集めている。児童書が子どもだけのものではないのは、もはや常識だけれど、本書は言葉通りの少年向け。やはり大人の目には、ちゃっちいのだ。だから、本書を純粋に楽しめるのは、子どものときに少年向けミステリに胸躍らせていた人に限られるだろうと思う。得体の知れない悪党も、何が潜んでいるのかわからない夜の闇も、ただひたすら怖かった。それでも勇気と知恵があればすべて切り抜けられた。子どもの頃のドキドキを楽しむのに、道具立てやストーリーテリングの不足はむろんない。表題作と、『姿なき蝋人』は、思いだし効果ぬきにしても面白かった。『魔人平家ガニ』にはさすがに笑ってしまったが。

グローリアーナ
グローリアーナ
【創元推理文庫】
マイケル・ムアコック
本体 1300円
2002/1
ISBN-4488652093
評価:D
 がっちりした物語世界の骨格はゆるぎなく組まれ、贅を尽くした描写は細部にいたるまで緻密にちりばめられている。エリザベス朝を想像させる宮廷の人間模様は複雑に入り乱れ、光も影も抱え込む。さらに複雑な女王の心はどこまで降りても底がみえない小宇宙だ。壮大にして、絢爛豪華。とにかく、すごいんである。この世界に溺れてしまえば、それができれば、どんなにか幸せな読書体験だったろうと、ため息が出る。そう、私、この世界に入れてもらえなかったのだ。悔しいからD判定(私怨だな)。でもお話好きを自認するなら、とりあえず一章だけでも読んでみることをすすめる。第一章の印象が最後まで続く小説だと判断していいと思う。好きな人はきっとたまらないはず。

秘められた掟
秘められた掟
【創元推理文庫】
マイケル・ナーヴァ
本体 700円
2002/1
ISBN-448827904X
評価:C
 メキシコ系アメリカ人であり、ゲイであるという二重のマイノリティを抱える弁護士リオスの4作目。ハードボイルドと冠しながら、暴力シーンはなし。読み終わってみれば、ストーリーの核となるべき上院議員の射殺事件が、本書にとってはサイドストーリーでしかないことに気づく。恋人との別れ、消えない父の記憶、リオスの悩める日々こそが本書のメインなのだ。社会的に成功をおさめた四十にしてなお、自己を肯定できないリオスの姿は、病んでいるの一言で片づけるにはあまりにまっとう。誰もが差別する側であり、差別される側であるこの世界で、自分と違う他人/他人と違う自分を認めることが、どうしてこんなに難しいのだろうね。

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