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唐木 幸子の<<書評>>
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ハルビン・カフェ
ハルビン・カフェ
【角川書店】
打海文三
本体 1,800円
2002/4
ISBN-4048733486
評価:D
 帯句どおり、本書を今年のベスト1だと言う人は相当に頭が良い人に違いない。
思い出したなあ、麻生幾の『ZERO』を。漢字の多さ、組織と所属と階級は複雑だがキャラクターは似たような沢山の登場人物(最初の【主な登場人物】の表の何倍も出て来るぞ)、前後する年月設定(大体、いつの頃の話なのか、相当に先にならないと掴めない)、数ページおきに変わる視点(著者も、幾らなんでもこれではついて来れる読者はいるまいと案じてか、項ごとの頭に誰の視点か名前入り)、次々と起こるが区別の付かない事件(109ページに小史としてまとめてあるが、、、)。要するに読みにくくて、何度も朽ち果てそうになりながら最後まで辿り着いた。『ZERO』は下巻になって何とか波に乗れたが、本書は一冊なのに最後までストーリーを掴みきれなかったので、D。何だかすごいことが書いてあったのかもしれないけれど、もういいんだ、私。

痩蛙
痩蛙
【角川書店】
鳴海章
本体 1,600円
2002/5
ISBN-4048733613
評価:B
 冒頭、主人公の谷尾幸次をストーカー風の女がとんでもない格好で待ち伏せしているシーンなどは、ホラーサスペンス大賞か、戸梶圭太を読んでいるみたいだ。滑り出しが良いので2段組も何のその、どんどん読んでいける。幸次は会社員で趣味のボクサーでは4回戦ボーイ。根性がありそうでなさそうで、熱い思いがありそうでなさそうで、自分への諦めがついていそうでいなさそうで・・・・この何事も絞り切れない人物像が意外に真実味がある。後半、ボクサーとしての再生を期して特訓にはいるあたりから少し、想像できる内容、よくある再生物語になってしまって失速する。それと、女性の登場人物が今ひとつだなあ。幸次が憧れてデートで見栄を張って散財してしまうかつての上司・美紀も、冒頭のストーカー風の女・チエコも、やはり性格が絞りきれないのだが、幸次と違って女性群の方はそれが、二転三転する、という悪効果になってしまっている。数々の暴力事件もあれで済んでしまうわけ?という疑問も残った。

ルール
ルール
【集英社】
古処誠二
本体 1,600円
2002/4
ISBN-4087753069
評価:A
 読み始めて直ぐに頭の中に光が灯る、そんな感じだった。数々のドンパチ型戦争映画を観てきた米国人が【プラトーン】に初めて本物の戦慄を覚えたのと、私が本書に感じた印象とは似ているのではないか。戦争末期のフィリピンを敗走する日本軍が描かれているのだが、その救いようのない飢餓と絶望の状況がまるでガラス越しに見えるように描かれる。「火にあぶられるスルメのように身悶える」というマラリアに罹った兵隊の描写からは、漏らすうわ言が聞こえそうで、読み飛ばせない表現が満載だ。その極限状態の集団心理をかろうじて繋いでいる最後のルールとは・・・? 結構、重いテーマなのだ。著者はもしかして、『少年達の密室』を書いたときはブリッ子してたのか。各階級の将校や下級兵、捕虜になったアメリカ人パイロットなど、出てくる登場人物の全てに意味があり、不要な誇張や繰り返しがないということはこんなにも素晴らしいことなのだ、と『ハルビン・カフェ』に疲れきった私を癒してくれたのだった。

パレード
パレード
【平凡社】
川上弘美
本体 952円
2002/5
ISBN-4582829961
評価:C
 あの各方面で絶賛され、谷崎潤一郎賞を受賞した『センセイの鞄』にCを付けて、こんな話、書かないでくれえ、と言った私だが、今回の読後感も今ひとつである。千円近くもするこの本を15分で読み終えてしまったことに不満があるわけではない。だって、『センセイの鞄』で書かれていなかったセンセイとツキコさんの大切な時間の一端をこれ以上、沢山書くわけには行かないだろう。その部分がフっと飛んでしまっているところが『センセイの鞄』のせつない余韻だったわけだし。こんなことをゆっくり考えたり、遠いこだまを聞いたりしている余裕はないわ、どうぞ皆さん、ごゆっくり、じゃあ私はこれで、という疎外感とも違う。要するに読むだけで何だか気分が萎えてしまうんである。耳元で必要のない念仏を唱えられてるみたいに凹んでしまうのだ。優しげに見えて結構、強力なのかもしれないぞ、この念仏。

ベリィ・タルト
ベリィ・タルト
【文藝春秋】
ヒキタクニオ
本体 1,524円
2002/5
ISBN-4163209107
評価:B
 読み応えのある量の書き下ろし単行本であるにもかかわらず、短編を一気に読んだときのようなこのテンポの良さは秀逸である。登場するヤクザもオカマもアイドルも、通り一遍の知識や情報では書けないようなディテールが満載で生命感に満ちており、それが読者が字を追うアクセルになっている。ヤクザが殺しあって取り合いをするリンの美少女ぶりに今ひとつ独創性がないのが残念だが、リンをアイドルに育てて行こうとする過程、周囲の努力が非常にリアルに描かれて興味深い。化粧や運動や露出媒体の選択など、なるほど、スカウトからデビューまでにこんな苦労があるのか。ところで以前にも書いたように、私は必ずと言うほどナンバー2の位置付けの男に惹かれる傾向にあるのだが、本書のナンバー2は、これがもう典型的。(オカマの仁ではない、小松崎ね) 自分のあるべき姿、果たすべき役割をきっちりと方向付けて、最後の最後に彼が取ったアッと驚く行動は、主役の兄貴分を食ってしまうほどの存在感だ。

空のオルゴール
空のオルゴール
【新潮社】
中島らも
本体 1,500円
2002/4
ISBN-4104531014
評価:B
 私にとっては、中島らも、と言ったら『今夜、すべてのバーで』だ。あれを読んで私は、絶対にアルコール中毒だけにはならない、肝臓は腐らせないで大事にする、と固く心に誓ったものだ。インパクト強かったなあ。しかしよく考えてみたら、あれ以来、エッセイ以外は読んでいない。著者の単行本を読んだのは実に10年ぶりである。本書の舞台はフランス現代だが、全体に伝奇的な雰囲気が漂う。奇術師が次々と技を繰り出すドタバタ劇のようでいて、登場人物の殺されように隠し切れない残酷さが滲むのだ。また本書は、変換キーを押したら全文がパっと舞台脚本に切り替わるのではないかと思われるようなクリアな構成になっている。多からず少なからずの登場人物の数といい、場面が起承転結の幕に綺麗に変化するところといい、生き生きした舞台を感じる。当初、話の臍になるのかと思ったロベール・ウーダンという伝説の奇術師の存在感が今ひとつか。

非道、行ずべからず
非道、行ずべからず
【マガジンハウス】
松井今朝子
本体 1,900円
2002/4
ISBN-4838713673
評価:A
 この著者の本の場合、まずはとっくりと装丁を見る。ふむ、いつものように絢爛ながらも今回はおどろおどろしい雰囲気だし、帯句によるとどうもミステリーらしい。読む前から期待が高まったが、これが実に一気読みの面白さであった。江戸の芝居小屋・中村屋の火事跡で、素性のわからぬ小間物屋の死体が発見されるところから話は始まる。女形・荻野沢之丞の襲名は人柄の長男か華のある次男か、という肉親の愛憎劇がストーリーの中心かというとそれは最初だけで、疑惑の根幹は沢之丞の亡き妻の密通に発展していく。思いがけない人が途中で死ぬし、真犯人の意外さもなかなかのものだ。適度な読み応えと謎の深さ、読者の想像と期待に応える展開で、長編ミステリーとして成功していると感じる。純と毒、華やかさと暗黒を重く掘り下げないで無理なく書き分けられて非常に読みやすい。松井今朝子って不思議な人だ。男色のシーンの表現などは女性の筆致とは思えぬ生々しさがあって、どきっとしたぞ。

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