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佐久間 素子の<<書評>>
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翼 Cry for the moon
翼 Cry for the moon
【集英社文庫】
村山由佳
本体 762円
2002/6
ISBN-4087474534
評価:A
 アフリカが舞台の恋とか、イルカとのふれあいによる癒しだとか、要するに、そういう作家でしょ、と拒絶反応を示す本読み(←わたし?)にこそおすすめしたい。ちなみに本書は、傷ついたヒロインが、アリゾナを舞台に、ナヴァホ族との交流によって「魂の再生と自由」を得るという話。こんなインチキくさい話を、まじめにストレートに語り起こしていって、嘘っぽくならず、不愉快にもならないというだけですごいのに、何度もほろりとさせられて、最後には希望すら与えてくれるのだ。この説得力はただごとではない。細やかで素直なヒロインによる、細やかで素直な物語だ。かまえたりせず心をゆだねて正解だろう。

跳べ、ジョー!B・Bの魂が見てるぞ
跳べ、ジョー!B・Bの魂が見てるぞ
【集英社文庫】
川上健一
本体 552円
2002/6
ISBN-4087474585
評価:C
 ほぼスポーツ短編集。表題作はバスケ。その他、テニス、野球、ボクシング、ラグビー、アイスホッケーと、なかなか多彩なラインナップである。各作品ごとに雰囲気も文体も変えていて、感動モノ、ラブコメ、青春系と、これまた多彩な読後感。惜しむべきは、肝心のプレー場面が共通して読みづらいことで、一体、このびっくりマークの多用は何事だ。テレビ解説者の興奮ぶりがうるさくて醒めちゃう感じに似てるかも。個人的には流血の肉弾戦(野球なんだけどね)が、ばかばかしくも大まじめな『スーパー・クロス・プレー』が気にいった。と、これってW杯より『少林サッカー』という選択だったりするのだろうか。まあいいや。

恋愛中毒
恋愛中毒
【角川文庫】
山本文緒
本体 571円
2002/6
ISBN-4041970105
評価:B
 甘いという概念から、遙か遠く隔たった場所にこの恋愛小説は位置している。ヒロインは、何となく皆から恐れられている事務のおばさんという姿で登場して、「これから先の人生、他人を愛しすぎないように」という祈りを捧げる。何だか、やばそうな人なのである。ところが、話が転がりだし、何人もの愛人をかかえ、あっけらかんとした魅力をふりまくスケベ親父と出会うあたりから、彼女の印象は変わってくる。意外と計算高かったり、臆病だったり大胆だったり、実はユーモアもあったりして、共感してしまうのだ。後半、ゆがみが目立ち始めて、ああやっぱり危ないと気づいても、もう遅い。感情移入は止められず、ヒロインの狂気をともに味わうはめになった。

海峡 幼年篇
海峡 幼年篇
【新潮文庫】
伊集院静
本体 667円
2002/7
ISBN-4101196311
評価:C
 著者の自伝的長編三部作の第一部。手広く事業を展開する父は懐の広い人で、「高木の家」では父のもとで働く五十人あまりが、ともに暮らしている。そんな特異といえば特異な環境の中で、英雄は様々な人との出会いと別れを体験する。終始抑えた感じの筆致は、大げさに感動をうたいあげるような、野暮を決して見せないが、それでも周到に感動すべき所があらかじめ用意されているような気がしてならない。というのは難癖で、私は自分がこの本を好きでない理由、退屈してしまった理由が、正直言ってよくわからないのだ。よって、今回の判定は「普通」のCではなくて、「わかんない」のC。情けない採点文でごめんなさい。

神様のボート
神様のボート
【新潮文庫】
江國香織
本体 438円
2002/7
ISBN-4101339198
評価:B
 ここのところ、どうもしっくりくる作品に当たらないのだけれど、著者のつむぐ世界はいつもしなやかで心地いいので、ついつい手を出してしまう。本書も心地いいにはちがいなく、するすると読み進んでいくうち、気がついたらとんでもない所に連れていかれてしまった。やわらかい筆致で、何も変わっていないような顔をして、まるでハッピーエンドのように、唐突に物語は終わる。去った恋人のために生きる葉子は、決して自分勝手な母ではなく、そんな母を慕う草子は、決してかわいそうな子どもではない。だから、このラストは必然なのだ。何と怖い話だろう。怖くて悲しい。どうしても好きにはなれないけれど、「江國文学の最高峰」という評価には納得する。

プラムアイランド
プラムアイランド
【文春文庫】
ネルソン・デミル
本体 各667円
2002/6
ISBN-4167661063
ISBN-4167661071
評価:C
 広告に偽りあり、だ。プロットの関係上、エボラだ、炭疸だ、細菌兵器だとなるのはしかたがないとしよう。言うにことかいて、下巻の帯「この島にはもっと恐ろしいなにかがある」って何だよ。装丁から想像されるようなサスペンスを期待すると裏切られる。つまらないとは言ってない。軽快な冒険物を好む人々に、より需要があるのでは?と思うまでだ。そもそも、主人公のコーリーがサスペンスに不適格。減らず口ばかりたたいているうえ、考えているのは、もう呆れるくらい女のことばっかり。当然、セクハラ発言も多い。重ねて言うがこの発情親父がつまらないわけではないからね。気軽な気持ちでとりかかって、何ら問題がないエンターテイメントと認識して下さい。

ジャックと離婚
ジャックと離婚
【創元コンテンポラリ】
コリン・ベイトマン
本体 900円
2002/7
ISBN-448880201X
評価:A
 舞台はテロで名高いベルファスト。主人公は、飲んだくれの新聞記者ダン。出来心で浮気した女子大生が殺されたせいで、何故か警察にも東西テロ組織にも軍隊にもねらわれる羽目になるという、まきこまれ型のクライムサスペンス、あるいはクライムコメディ、である。強くもなく、タフでもなく、頼みの頭脳は酒でよれよれ、めっぽう元気なのはきつい皮肉ばかりで、敵の反感を買いまくりというダンは、ほれぼれするようなまきこまれっぷりを披露してくれる。コスプレ尼僧のナースをはじめとして、介入してくる人物も一々ユニークで、これがまた好き放題に手を出してくるのが楽しい。むろん最後は、とっちらかった事態が、宇宙の真理をみつけたみたいにぴたりとおさまるわけで、まさに快感なのだ。ちなみにタイトルは女子大生のダイイング・メッセージ。ちと苦しいのだが、そういうオチかよって、つっこんで楽しむのもまた一興である。

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