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唐木 幸子の<<書評>>
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GOTH
GOTH
【角川書店】
乙一
本体 1,500円
2002/7
ISBN-4048733907
評価:A
 今月は短編集が多かったが、それらを全て集めた中でも、本作の中の『犬』が最優秀賞獲得だ。50ページ程度の話だが、謎めいた少女と犬のコンビが殺戮を繰り返していく冒頭から切れ味抜群。推理やミステリーやホラーや哀愁などの複雑な味が効いていて結末には、ええーっという驚きが待っている。勿論、他の話も一作ごとに様々なタイプの異常殺人者が登場して、うーんとうなってしまう。手首を冷蔵庫に溜め込む【リストカット事件】、人を生きたまま埋めたい衝動にかられる【土】など、残酷なのは嫌いな私でも不思議さが勝ってどんどん読める。良いのか、こんなにありったけの手口を一冊の中に出してしまって・・・と思ったがどうやら心配は無さそうだ。あとがきを読むと若々しい著者は今、幅広いジャンルに挑戦しているらしいのだ。私はこの人の作品を読むのは初めてなので先入観は全くないのだが、才能が玉虫色に光り輝いているのを感じた。

狂王の庭
狂王の庭
【角川書店】
小池真理子
本体 1,700円
2002/6
ISBN-4048733753
評価:A
 人妻の許されない恋、などと言われても、たいがいの事には動じなくなっている私だが、本作には引き込まれてしまった。配役の構成はアンナ・カレーニナに似ているし、主人公達の美男美女ぶりは池田理代子の漫画風だし、侯爵家だの庭園だの華麗な夜会だのと、とても私が感情移入など出来ない内容だ。なのに私は、読み終えた日の夜、若かった頃にせつなく遠くから眺めて好きだった人が夢に登場してアワヤということになりそうになった。目が醒めて焦ったなあ、きゃー、恥ずかし。しかし、こういう恋愛小説の場合はもう、話の筋はどうでも良いんだとわかった。ただひたすらに一人の相手を思いつめる気持ち、一体どうしたんだというくらいその人以外は髪の毛一筋も受け入れられない排他的心理、冷静な日常の皮一枚下でハリネズミのように相手に向かって注意を研ぎ澄ます感覚。これらを描いて読者をボーっとさせられれば恋愛小説として一級品である。

斬られ権佐
斬られ権佐
【集英社】
宇江佐真理
本体 1,600円
2002/5
ISBN-4087745813
評価:A
 体中に斬られ傷を持つ権佐が主人公の連作短編集である。宇江佐真理の作品はこの2年間で、『春風ぞ吹く』、『おうねすてぃ』に続いて新刊単行本に取り上げられるのは3冊目だが、これが一番良かった。権佐は、憧れの美人女医・あさみの窮地を身を挺して守り、その時に全身に瀕死の刀傷を負った過去がある。その後、あさみと祝言をあげて一人娘(こまっしゃくれて可愛いのだ)にも恵まれたものの、権佐の体調はすぐれず、腹水を抜いたり斬られた傷がうずいたり、今にも死にそうだ。そんな権佐が八丁堀で与力の下働きを続けつつ、死を垣間見た者の強さで事件を見通していく。その姿も真摯で良いが、何より、あさみとの夫婦関係がせつなくて優しくて・・・。互いの揺るぐことのない信頼と、この幸せがいつ失われるかもしれないというはかなさに溢れて泣かされる。「夫は生きていて当然」と思っている女性にお勧めの一冊だ。

コンビニ・ララバイ
コンビニ・ララバイ
【集英社】
池永陽
本体 1.600円
2002/6
ISBN-4087745864
評価:A
 最愛の幼い息子と妻を続けざまに交通事故で亡くした男が営むコンビニが舞台の7つの物語だ。心根の優しいヤクザが主人公だった前作『ひらひら』も良い作品だったが、今回、ぐんと深みが増したように思う。コンビニオーナーの幹郎は相次いだ妻子の死に今も責任を感じており、経営に熱が入らず利益を上げようという気が欠如している。その背景が幹郎の視点で語られる第1話よりも、第2話以降の短編における淡々とした幹郎の姿に心打たれる。コンビニの棚に商品を並べているだけのシーンでも、これが背中で語るわけなのだ。ヤクザに惹かれつつも幹郎に好意を寄せる従業員や、ツケの借金を踏み倒して逃げた女客や、万引きを繰り返す少女の目から見た幹郎の姿は、欲が余りにもないために清潔さがいっぱいで侵せない雰囲気をかもし出す。どれかひとつ、と言えば、栄養堅パン(西原理恵子が貧乏学生時代に食べていたと読んだことがある)を嫌う役者の卵が出てくる第4話【パンの記憶】を挙げたい。この作家、山田太一みたいになるのかな、という気がするが、余り手練れにはならないで欲しいなあ。

石の中の蜘蛛
石の中の蜘蛛
【集英社】
浅暮三文
本体 1,700円
2002/6
ISBN-4087753034
評価:B
 交通事故が原因で異常な聴覚を持ってしまった男が主人公だ。冒頭部分で、この聞こえ過ぎる聴覚を彼が自覚するところの表現がすごい。ふだんは意識しないような音(心臓の拍動や薬のカプセルをシートから出す音など・・・)まで、音が物体になって痛みさえ伴って大迫力で主人公を襲う。また、引越し先のマンションの部屋中をコンコン叩いて回って、そこで得られる微音から、前に住んでいた女性のプロファイリングをしようとするあたりも大変にリアルだ。こんなことは実際は無理だろうと思ってもつい、なるほど、と感心してしまう。また第3章にあったが、夢を見るのはその日一日の記憶を整理して消すため、という脳検査の分析も興味深い。そうだったのか・・・。帯に【新感覚ハードボイルド】などと書かれているが、むしろそういうドンパチ的内容は希薄なのでハードボイルド嫌いの読者でも興味深く読める。

天の夜曲
天の夜曲
【新潮社】
宮本輝
本体 2,000円
2002/6
ISBN-4103325135
評価:B
 『流転の海』の第4部だということだが、第1部から私は全然、読んでいない。友人にそう言ったところ、「好きそうだけどねえ、あんた」とのこと。そうかと安心して読み始めたら、エピソードがそうとうに複雑で、考えたり想像したり、結構、時間がかかった。あとまだ2巻続くらしいから、次が出るまでに最初から読破しておかないとなあ。この第4部は大阪の闇市出身の松阪熊吾が妻子を連れて雪深い富山に向かうところから始まる。五木寛之の『青春の門』、伊集院静の『海峡』3部作など、長年にわたって書き継がれる小説は、主人公の少年時代の純真さ、真面目さに励まされることが多い。本シリーズの場合、主人公は成人の熊吾だが、やはり一人息子の小学生・信仁の屈託のない明るさに北陸が舞台の暗さ寒さが何かと救われるのだ。妻の房江の更年期障害の症状のくだりはちょっと読んでいて辟易するが、次巻ではもう軽快していますように。

それでも、警官は微笑う
それでも、警官は微笑う
【講談社】
日明恩
本体 1,900円
2002/6
ISBN-4062112132
評価:C
 書き手の持込みによる文学賞のブランドであるメフィスト賞受賞作であるだけに、筋立ては面白いし、人物もなかなか好感度高く描かれているし、キラリと光る表現もいくつもある。実際、最後まで面白く読めたのだ。しかし今月のハイレベルの新刊本の中にあってはどうしても読み劣りしてしまった。凸凹コンビ風の刑事のコンビ以外の主人公レベルの登場人物が多すぎるんじゃないか。麻薬取締官の宮田など、とても良いキャラクターなので、次に取っておけば良かったのに、と惜しい。また、かねてより新人賞受賞作に感じるのだが、会話から動作からその時の心境までぜんぶ、文章にしすぎなんではないだろうか。読みにくさの原点はそこにある。妙に学士がどうのエリートがどうのと既に手垢のついた階級意識が語られすぎるのも幼い感じがしたなあ。

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