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佐久間 素子の<<書評>>
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始祖鳥記
始祖鳥記
【小学館文庫】
飯嶋和一
定価 730円(税込)
2002/12
ISBN-4094033114
評価:A
 空を飛ぶことに一生をかけた男のロマンの話かと思っていた。ロマン? とんでもない。これは、むしろ狂気である。身の内に風羅坊が住み、その魔物が騒ぐ故に始終身が定まらないという業を負った男と、同じ種類の人々の、やむにやまれぬ衝動を書いた話である。その厳しい人生は、孤独だが、崇高なほど美しい。そして、その人生の折々で交差する、彼らの周りでその身を案じる者たちの人生までもが丹念につむがれ、それがまた一々胸をうつ。時代背景の細かい書き込みは、エピソードを生かすために全て必要。決しておろそかにされないディティールが、胸に情景を鮮烈にやきつける。孤独とは、選ばれた者のみに与えられた試練、そして、その生き様は、いつしか本人の思惑をこえて、明るい方を目指す人々の希望となっていく。読後、大河小説を読み終わったかのような充実感と、えもいわれぬ爽快感が体の中を吹き抜けた。

動機
動機
【文春文庫】
横山秀夫
定価 500円(税込)
2002/11
ISBN-4167659026
評価:C
 年末恒例のランキングに入ったことで、現在、売り上げをガンガン伸ばしているであろう作者の出世作。たしかにうまいのだが、うーん、そんなにいいかな? さすがに表題作は、伏線のはりかたも、構成の妙も、ケチのつけようがないほど見事。隙なく作りこまれているのは、人物も同様で、それが少々窮屈ではある。ただこれ、『ネタ元』のように、働く若い女性が主人公だったりすると、もうてきめんに嘘臭い。『密室の人』の、美和もずいぶんと都合のいいキャラクターだ。まあ、真保裕一ファンなら、著者の本もお気に召すのではないかな。話がうまいところとか、ちょっと古くて真面目なところとか、女性を書くのが下手なところとか、割と雰囲気が似ているように思う。

黄泉がえり
黄泉がえり
【新潮文庫】
梶尾真治
定価 660円(税込)
2002/11
ISBN-410149004X
評価:B
 SFと呼ぶより、ホラーと呼ぶより、ファンタジーと呼ぶのが、一番しっくりくるような、いとしい話である。熊本で、ある日突然死者が蘇り始める。死んだ当時の姿で、待っている人のところへ。混乱しつつも死者を迎える人々。その光景は、優しかったり、おかしかったり、ときに崇高ですらある。人間どんなことにも慣れるもんである。突然変異か、化け物の如き姿で蘇ってきた者すら、家族は受け入れていく。不気味さも、まがまがしさも、書くことを忘れられているわけではない。ただ心に残るのは、人と人とのつながりの深さだ。死が二人を分かつまで、いや分かっても。ラストちょっと甘すぎるかな。採点もちょっぴり甘くなってしまった。

コールドスリープ
コールドスリープ
【角川ホラー文庫】
飯田譲治・梓河人
定価 630円(税込)
2002/11
ISBN-404349307X
評価:D
 ホラーなんて、一作も入っていないホラー短編集。では、何が入っているのかというと、はじめから順に、奇妙な話、SFコメディ、オカルト、ファンタジー、である。文体が薄っぺらいせいか、何となく話まで薄っぺらい。特に一番ホラーに近い3作目『破壊する男』は、もうはっきり、小学生時分でも既に聞いたことあるような話である。怖くなりたくて、本書を買った人はさぞかしがっかりするであろう。パッケージが悪いね。4作目『その愛は石より重いか』は、素直に読んでいれば、たぶん好きだった。5メートル以上近づくと、石が降ってくる恋人たちの話なのだが、石の降る様子が、ばかばかしくって、ロマンチックで、美しいのだ。まさに、大恋愛。

立腹帖
立腹帖
【ちくま文庫】
内田百間
定価 1,050円(税込)
2002/11
ISBN-4480037624
評価:A
 恐れ多くて百間先生の本の評価などできぬ。小説の方はいまひとつわからないし、『ノラや』で笑いながら大泣きして以来、ずっとエッセイ派である。はっきり言って、読む前から心づもりはAであった。通勤の電車で揺れながらちびちび読んだ。ここだけ流れる時間が違っている。少年のような心をもった人とはよく言うが、百間先生の場合、そんな生易しいものではない。断固として、少年そのものである。我が儘で好奇心旺盛な少年が、おじいさんの皮をかぶって、おじいさんの頭で端正な文章を書いているのだ。子どもだから興味のつけどころが違う。興味が無くなればふいっとそのまま。だからいつも終わりは尻切れトンボで、それがたまらなくいい。時間をかけてゆっくり読みたい。大好き。

青い虚空
青い虚空
【文春文庫】
ジェフリー・ディーヴァー
定価 870円(税込)
2002/11
ISBN-4167661101
評価:B
 ディーヴァーの新作は、ハッカー対決物だ。冒頭の用語解説で、読む気を無くしかけるものの、物語に入ってしまえば、こっちのもの。裏の裏の裏まで読んでも読みきれない、丁々発止の対決に最後までどきどき。それにしても、これはいったい荒唐無稽な話なのか、現実と隣り合わせの話なのか、私には判別がつかない。思想もなく、しくみも知らず、便利に使っているつもりが、いつのまにか、使われている。くるりと逆転した構図に気がつかないというのは、ありそうな話ではないか。ああ面白かった、ですまされない得体のしれない怖さが残る。この小さな箱の中に、神も魔物も棲んでいる。人は何と遠くまで来てしまったのだろう。

ダークホルムの闇の君
ダークホルムの闇の君
【創元推理文庫】
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
定価 1,029円(税込)
2002/10
ISBN-4488572030
評価:B
 ある意味、ファンタジーの極北といえるのではないか。観光地化された魔法世界で、闇の君に指名された魔法使いが、義務を果たすために奮闘するという設定が、そもそも、壮大な悪ふざけだ。魔法使いの家族がどんな困難につきあたっても、どこかしら滑稽なのは、目的がそんなだからだ。どんな大騒ぎが起こっても、まるきり安っぽくなってしまうのは、彼ら自身が見せ物だからだ。ああ、それでも面白いのよね。家族の中にはヒーローもヒロインもいないのに、てんでばらばら思うことをして事態を更にとっちらかしているのに、何故か奇跡が起こる。紛い物が美しく見える瞬間がある。紛い物でも構わないのだ。安くても関係ない。宝物の真贋は本人だけが知っている。

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