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山崎 雅人の<<書評>> |
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黄色い目の魚
【新潮社】
佐藤多佳子
定価 1,575円(税込)
2002/10
ISBN-4104190039 |
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評価:A
叔父のアトリエに入り浸る村田みのり、似顔絵がシュールになってしまう木島悟。十六歳の同級生で、微妙な年頃のふたり。他を圧倒するほどの個性を持っているわけではない。どちらかというと普通の高校生である。
彼らは大人の言葉が届かない心の領域に、見ているだけで痛くなるような、まっすぐで力強い気持ちをぶつけあう。共鳴した感性が鮮やかな色彩を帯び、ふたりは最も光輝いて魅力的な存在としての表情を持ち始める。
そして、自分をうまく表現できないもどかしさを抱えながらも、湘南の青いキャンバスに、自由な絵を描きだすのだ。
絵に対する一途な想いを手がかりに、恋、家族、そして自分の存在を不器用に模索する姿が、力強くも繊細なタッチで描かれている。
日々ゆれ動く複雑な心を持て余していた時代を思いださせてくれる、気持ちの良い作品である。熱き鼓動が胸一杯に響きわたる、さわやかな青春小説だ。 |
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空中庭園
【文藝春秋】
角田光代
定価 1,680円(税込)
2002/11
ISBN-416321450X |
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評価:B
「何事もつつみ隠さず」が方針で、家族のことなら何でも知っていると思っているというか、知っていると思いたい家族の物語だ。
郊外のダンチに住む4人家族の京橋家、プラス祖母と愛人の視点で語られる、誰にも知られたくない自分自身と、健全な家族の姿。現代社会の異質さやゆがみ、幻想の幸せを、シニカルに描きだしている。
角田光代の手にかかると、正常に見える空間の裏側が、ありありと見えてくるから不思議だ。視野の広さと、視点の確かさに感心させられる。こまかい表現もしびれる鋭さだ。例えば、カタカナで書かれた「ダンチ」。無機質で巨大な箱の雰囲気と、幸せな家族の暮らす場所という嘘っぽさが強調されていて、見事にリアルでうまい。
加えて、鋭い針と同時にさしだされる柔らかなやさしさが、光と陰のコントラストを際立たせている。このバランスが角田作品の魅力である。読後、小さな幸せを感じる一冊だ。 |
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天使
【文藝春秋】
佐藤亜紀
定価 1,800円(税込)
2002/11
ISBN-4163214100 |
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評価:B
天賦の「感覚」を持つ、主人公ジェルジュ。彼の持つ感覚とは、他人の感覚を操作する能力である。桁外れに優れた能力を持つジェルジュは、”天使”なのか”堕天使”なのか。
彼はオーストリアの諜報活動を指揮する食えない男、顧問官に拾われ感覚を制御する方法を学ぶ。生きかたをも制御されている彼は、その能力ゆえに、自ら選ぶことのできるはずの人生について苦悩する。
ジェルジュの成長と、能力者同士の孤独な戦いが、細密で硬質な筆致で描かれている。神経戦という地味な戦いを臨場感ゆたかに表現し、苦悩や苦痛をリアルな感覚として伝える著者の筆力に感服させられる。
しかし、著者の感覚に入り込み感動を与える能力を持ってしても、現代人の心を操ることは困難だと思われる。ハリー・ポッターの魔法には勝てないであろう。本書のような文章は、とっつきにくいのが難点。多くの人に読まれないであろうことが残念である。
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スパイク
【光文社】
松尾由美
定価 1,785円(税込)
2002/11
ISBN-4334923801 |
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評価:B
主人公、緑は愛犬のスパイクを連れて散歩にでかけた。そこへ愛犬のスパイクを連れた幹夫が通りかかる。二匹のスパイクは名前が同じだけでなく色も形もそっくり。緑と幹夫も互いに好意を持って…。
本書は、このまま二人の恋の行方を堪能する恋愛小説ではない。物語は序盤から急展開で動き始め、不思議な感触のする物語世界へいざなわれていく。はいり込んだら最後、展開のおもしろさと軽快な文章の相乗効果で、ラストまでぐんぐん引っ張られていく。
帯に恋愛ミステリーとあるが、いかように解釈しても正しい。恋愛+ミステリーでもあり、恋愛そのものがミステリーでもある。どこを切ってもミステリー仕立てとなっている。そこに、適度に甘いファンタジーとビターなテイストがバランス良くちりばめられ、心の奥深くにじんわりと響いてくるのだ。簡単に割りきれない結末に胸を締めつけられ、やるせない気持ちが込みあげてくる一冊である。 |
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見仏記 親孝行篇
【角川書店】
いとうせいこう・みうらじゅん
定価 1,575円(税込)
2002/11
ISBN-4048837818 |
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評価:B
いとうせいこうとみうらじゅん。ひらがな二人組の見仏記、第4弾だ。まったりとした雰囲気をかもし出しながらの勝手気ままな旅に、両親まで登場して、お笑い度三割増し、困惑度倍増となっている。
土産物屋の天狗に心奪われ、路上の飛び出し坊やを溺愛する、みうら。それを暖かく見守りながら、携帯電話はまさに見仏のためにあるなどと真顔で論ずる、いとう。彼らに笑いのつぼのすみっこをくすぐられ、思わずニヤリとさせられてしまう。
両親も味わい深い。二人のテンションに瞬時にフィットしてしまうのだから、この親にしてこの子あり、ただただ尊敬するしかない。
面白いことがやけにさめた調子で書かれた文章と、なんとなくぬらぬらしたイラストの調和の妙が、感動的でさえある。司馬遼太郎の『街道をゆく』に通じるものを感じる。わけはないが、旅情あふれる楽しくもばかばかしい無責任紀行である。 |
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リスク
【世界文化社】
井上尚登
定価 1,365円(税込)
2002/12
ISBN-4418025308 |
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評価:C
堅実そのものだと思っていた亡父の貯金が突然消えた。マイホーム探しに熱中する夫婦と反抗期の子どもの前途は。リストラ技術者に巻き返しはあるのか。
日常生活の危機に直面した男たちの姿を、軽妙なタッチで描いた短編集である。突然おとずれる人生の転機。ありがちなテーマながら、現代の病理やオンライン証券といった小道具を巧みに織り交ぜ、テンポ良く読ませる。
スリリングな展開は無いが、ほのぼのサスペンスといった感じで好感が持てる。中年おやじの小さな心の動きを見逃さず、ひとつのドラマに引き上げている所はさすがである。
不満は問題解決の仕方がやや強引なところ。もうすぐ終わるな、という感じがすごく伝わってきて気持ち悪い。それも笑って許せるレベルではあるので良しとしておきたい。
人生につまずいた時、最後の頼りはハートである。最も待ち望んでいる、想像通りで定番の結末が、心に深くしみ入るのだ。 |
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コレクションズ
【新潮社】
ジョナサン・フランゼン
定価 3,990円(税込)
2002/11
ISBN-4105425013 |
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評価:C
ドラッグ、失業、鬱、介護、家庭不和、アメリカの抱える問題のすべてが凝縮されたかのような、ランバート家の5人が主人公だ。
クリスマスに家族全員が集まれば、全てが解決すると考えている老婦。クリスマスに乗り気ではない子どもたちは、都会でトラブルと同居している。彼らは全員、人生を悲観し、悩み、悪戦苦闘している。その姿が、哀愁ただよう悲喜劇として描かれている。
人間の愚かさや弱さをすみずみまで深く掘り下げ、的確に表現していく著者の洞察力は驚嘆に値する。その描写は見事に深い。
アメリカの持つ夢や希望、理想の家族に対して描いていた印象は、過去の幻想であることをあらためて実感させられた。
読み進むうちに、彼らの不器用で滑稽な人生が自分の人生にシンクロする。そして、疲れた心に重くのしかかってくる。コミカルさがなければ押しつぶされてしまいそうだ。本も内容も重量級の一冊である。 |
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七王国の玉座
【早川書房】
ジョージ・R・R・マーティン
本体 (各)2,800円
2002/11
ISBN-415208457X
ISBN-4152084588 |
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評価:A
わたしは翻訳ものを読むとき、まず登場人物一覧を探す。見あたらないなあ、と思っていたら、ありました巻末に分厚い付録が。9家198人(たぶん)の家系図。脇役と思われる家も数えると、もう何人になるやら。
栗本薫絶賛の帯に触手がのびたので、ままよと読み始めると止まらない面白さ。昼夜を忘れて、興奮の一気読みとなったのだ。
主人公はスターク家。王権争いを中心に、ダイヤウルフ(大狼)を従える子どもたちの冒険を描いた物語だ。異世界のロマンに満ちあふれた、七王国世界を知る導入編でもある。登場人物の個性が際立っているため、覚えやすく、すっと感情移入できる。
剣や魔法、怪物といった要素ではなく、人物の魅力と戦国活劇の色彩が強い、時代劇の趣を持つ作品である。キャラクターに目を奪われがちだが、ストーリーも骨太で濃厚。重厚な歴史絵巻に、SFファン以外も必読である。続巻を待ちつつ、じっくりと楽しみたい。
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ビッグ・レッド・テキーラ
【小学館】
リック・リオーダン
定価 1,901円(税込)
2002/12
ISBN-4093562725 |
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評価:C
最近のアメリカの探偵小説は、復讐ものが多い気がする。単なる思い過ごしだろうか。
さて、本書も純粋ではないが復讐ものである。保安官の父を殺され故郷を捨てた主人公ナヴァー。十二年後、当時の恋人リリアンの依頼で帰郷する。再会も束の間、彼女は失踪してしまう。彼は父の殺人と、リリアンの足取りを追って街へ向かう。
街を闊歩する登場人物は、ファンキーでクレイジーなやつらばかりだ。こんな物騒な街には住みたいとは思わないが、小説の中なら大歓迎である。乱暴な話が好みならつぼにはまる話しかもしれない。
謎解きに気の利いたひねりや工夫はないが、躍動感あふれる人物描写とテンポの良い会話で最後まで一気に読めてしまう。雰囲気の良さで読まされてしまう感じだ。
ナヴァーの中途半端で、何となく垢抜けない感じはマル。ボリュームのある小説もいいが、読みやすい分量も個人的にはマルである。 |
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