年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班

山内 克也の<<書評>>

重力ピエロ
重力ピエロ
【新潮社】
伊坂幸太郎
定価 1,575円(税込)
2003/4
ISBN-4104596019
評価:C
 仙台を舞台に次々と起こる放火事件と、現場近くに描かれたアートグラフィックな落書き。父親違いの兄弟が、その2つの関連性を追う。さらに落書きには遺伝子情報の暗号的な要素があり、謎は深まるばかり…。こうもキーワードが多いと、カンのいい読者なら犯人探しの絞り込みが早い段階で終わってしまうのではないだろうか。
 確かにミステリとして読むならば、この小説に面白さはあまり感じられない。ただ、放火事件から派生し、弟の出自の真相を突き止めることになった2人が、それぞれの手法で目的を果たそうとする行動に、爽やかさを覚え「青春小説」として読み解ける。一方で半分の血のつながりしかないが、逆に2人の連帯感と信頼関係を強めさせる「家族小説」にも受け取れる。さまざまな分野がない交ぜになり雑多な味を持つ不思議な小説だった。

三谷幸喜のありふれた生活 2
三谷幸喜のありふれた生活 2 怒涛の厄年
【朝日新聞社】
三谷幸喜
定価 1,155円(税込)
2003/4
ISBN-402257836X
評価:B
 地方から見る三谷幸喜は、『振り返れば奴がいる』『王様のレストラン』など「人気TVドラマを手がける脚本家」とのイメージしかわかなかった。この本では、やり直しがきかない舞台ならではの苦労ぶりやドタバタを赤裸々に書き、興味津々の連続。読み終えて、三谷は「舞台」の人だと、あらためて感じた。
 印象に残ったのは、パルコ劇場で公演された『バッド・ニュース☆グッド・タイミング』の一件。前列観客の男が居眠りし、主演の伊東四郎が激怒、三谷も鼻持ちならない。そこで、観客に気づかれないように、出演者の一人にアドリブを交えその輩を起こせと指示する。
 脚本にかけては絶対的な面白さに自信を持ち、かつ舞台成功に向けた三谷の繊細さに、売れっ子脚本家の身の削るような思いが行間からにじみ出る。上京の際は、ぜひ三谷脚本の緊迫感あふれる「舞台」を楽しんでみたくなった!

玉の輿同盟
玉の輿同盟
【角川書店】
宇佐美游
定価 1,575円(税込)
2003/4
ISBN-4048734652
評価:C
 高年収の「エスタブリッシュメント」な男たちをえさに合コンにふける三十路すぎの女性たち。自らの「輝ける未来」を模索する一方で、キープの男がちゃんといたり、たんまりお金を貯めていたりと最低限のステータスを保つしたたかさ。虎視眈々と「玉の輿」の座を狙う3人の女性の気概がコミカルに描かれ、男の眼からも好感を持てた。それにしても医師、官僚、テレビマンといった一見「デキる男」が、実は「ダメ男」に描かれることで、同性ながら快感を覚えるのは何故だろう。主人公の真里による合コンの相手探しの「至言」にも思わず頷いてしまった。「男側のキーパーソンをえり抜けばええ。エリートの友達はエリート。お坊ちゃまの友達はお坊ちゃま」。この論理“逆玉”による合コンのメンバー探しでも使えるか。
 話自体、雑誌によく掲載される合コン体験談の延長戦のような物足りなさもあり、テーマ自体に新味がない。結局は、愛だの、仕事に生きるだの、結末は予想通りに収まった感じだ。

サイレント・ゲーム
サイレント・ゲーム
【新潮社】
リチャード・ノース・パタースン
定価 2,940円(税込)
2003/4
ISBN-4105316044
評価:A
 最近読んだリーガルサスペンスの中では白眉の一冊。検事との駆け引き、証人との心理戦など、著者が弁護士出身でもあるせいか、法廷内の描写は臨場感にあふれている。でも、ま、2段組500ページも及ぶ、長いストーリーに飽きることなく読み干してしまうのは、プロットの緻密さでしょ。
 辣腕弁護士の主人公は、殺人罪で被告となった高校の同級生の助けを受け故郷へ帰る。故郷は、かつて主人公が恋人殺しとして容疑を受けた苦い思い出の地。さらに被告の妻も同級生で、若い日に“関係”したことに葛藤を覚え、裁判の闘いに微妙な影を落とす。複雑な人間関係を設定しながら最後までぶれることなく書き通している。また、宗教に絡む「性」の問題や、「人種」問題といった、アメリカに内包する社会病理も正面きって取り上げ、作品全体に重みを持たせている。パタースンの裁判小説は、物質的にも精神的にも重量感を覚えるなあ。

深夜のベルボーイ
深夜のベルボーイ
【扶桑社】
ジム・トンプスン
定価 1,500円(税込)
2003/3
ISBN-4594039316
評価:AA
 トンプスンのミステリは何冊か読んだけど、とにかく主人公の内面に潜む邪悪な考えをそろりそろりと表出させながら話しを進めていく。本書でも大学中退の主人公が、無職の父親に小遣いを与えても無駄遣いしかしないと思ったり、ホテルに宿泊した魅惑的な女性が悪党の一味だと思い込んだり…。主人公の疑惑の念をひたすら前面に出し、そこに巣食う卑屈さを引きずりながら、次々に起きる事件に巻き込まれていく。読者もろとも、ノワール小説の「ブラックホール」へと吸い込まれるような展開だ。
 いわば、救いのない作品である。だが、風景描写など余分な文章を省き、短いセンテンスをつなぎ合わせたドライな筆致がサスペンス性を強め、物語にスピード感を持たせ、読了後に嫌みは残らない。構成も巧緻。「ドア」のノックでストーリーが動き、「ドア」の閉まる音で結末を迎えるトンプスンの粋なストーリー運びにため息が出る。

スパイたちの夏
スパイたちの夏
【白水社】
マイケル・フレイン
定価 2,310円(税込)
2003/3
ISBN-4560047634
評価:A
 第二次世界大戦時。ロンドン郊外の町で繰り広げられる少年2人によるドイツスパイを捜し出す「スパイごっこ」。そのたわいない戯れが、町に住む人々の秘事を、薄皮を一枚一枚はがすように露わにしていく。戦時下という特殊な雰囲気の中で生きる人々の緊迫感がひりひりと伝わってくる。
 本文は基本的に一人称だが、ときどき語り手の名前「スティーヴンは…」との三人称で書き始める場面もあり、主人公の遠い少年時代の追憶をうまく表現している。タイトル自体、ミステリっぽくはあるが、時代に圧迫された少年の憂いを中心に描かれ純文学の要素が強い。結末では「ドイツのスパイ」の真相が二転三転し、ここでミステリ的な手法を用いて結びを締めている。