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池田 智恵の<<書評>>


カルチェ・ラタン
カルチェ・ラタン
【集英社文庫】
佐藤賢一
定価 860円(税込)
2003/8
ISBN-4087476030
評価:B+
 パリの神学生街を舞台にした歴史小説。いいとこのおぼっちゃんでちょっと情けない主人公のドニが、元家庭教師で無頼派神学生のミシェルに引きずりまわされながら成長してゆく。その過程にあわせて当時の宗教とかフランスのあり方とかがかいま見えるようになっていて、なかなか読みやすかった。主人公の成長を見守りつつ、神学や哲学に詳しくなったような気になれてお得な気分。ドニの友人として、フランシスコ・ザビエルや、カルヴァンが出てきたりするあたりも、絵巻物を見るような楽しさがあって愉快。ただし、有能で女にもててなおかつ不良学生、というミシェルが、一体どうして、どういった信仰を目指しているのかという作中の重要な謎のひとつが、結構ありきたり(普遍的とも言えるが……)でちょっと残念。

イリヤの空、UFOの夏
イリヤの空、UFOの夏
【電撃文庫】
秋山瑞人
定価 (1)578円(税込)
定価 (2〜4)599円(税込)
2001/10〜2003/8
ISBN-4840219443
ISBN-4840219737
ISBN-4840221731
ISBN-4840224315
評価:A
 これを評価するのはちょっと恥ずかしい。それはこれが電撃文庫だからではなく、ここに書かれているのが「夏の思い出」的青春だからだ。舞台は、現代。場所はおそらく東京郊外の田舎町。TVは毎日、「北」と呼ばれる国との戦争の可能性を報道している。だけれど、中学生である主人公の日常は、現実の私たちと変わりなく淡々と、平穏に進んでいる。そんなある日、一人の不思議な少女が転校してきて……。設定からしてありがち。でも、面白い。静かに日常を侵略してくる戦争の描写も見事だけど(また、その戦争がどういうモノかがよくわからないんだ)一夏の恋とか、そんな感じの照れくさい何かをきっちり書いてしまう潔さも見事。きっと作者はフィクションというものをよく知っているのだと思う。でも、次は出来のいいフィクションじゃなくてフィクションを超えるくらいのフィクションが読みたい。がんばってほしい。

サマータイム
サマータイム
【新潮文庫】
佐藤多佳子
定価 420円(税込)
2003/9
ISBN-4101237328
評価:A
 誰かとの思い出が、とてもかけがえのないものとして胸のうちに残ることがある。ただし、そういう思い出は大概の場合、言葉では捕らえにくい何かとして胸のうちにあり続ける。それを小説という形式で形にしようとすると、なるほどこうなるのかな、と思った。「サマータイム」には、二人の少年と一人の少女がでてくる。夏の日に偶然出会った彼等の間に、何か特筆すべき事件が起こるわけではない。けれど、それぞれが不思議な共感や、違和を分けあいながらお互いを発見してゆく。「サマータイム」のしみじみといいところは、その寡黙さにある。登場人物たちの内面や関係性には大きな変化が起こっているのだけど、それを声高に叫ぶことはない。一歩退いた描写は、かえって強く夏の雨の匂いや、空気の爽やかを鮮やかに映し出す。五感をきちんと使って書かれている感じが心地よい作品だった。

まぐろ土佐船
まぐろ土佐船
【小学館文庫】
斎藤健次
定価 600円(税込)
2003/10
ISBN-4094080171
評価:A
 一年、二年と船の上で同じ人間と顔つきあわせ、冷たい海と戦いながら100kgもするようなマグロをたぐりよせる。そのあまりの過酷さはまかり間違えば「物語」になりかねない。なんか、浪漫とか、ありそうだし。けれど、自ら料理長として船に同乗したこの著者は、経験を経験として当たり前のことのように書いている。丘の上の人間の想像力をいたずらに煽るような表現をしないとでも言うか。船の上の漁師たちだって、取材対象である以前に、同僚なのだ。その距離感がよかった。船の上の過酷さは共有できないけれど、人間が生きてゆくことのしんどさみたいなものは普遍なわけだ。著者の入れ込みすぎない姿勢のおかげで、その種の普遍性が表れていて面白かった。

猫とみれんと
猫とみれんと
【文春文庫PLUS】
寒川猫持
定価 530円(税込)
2003/8
ISBN-4167660571
評価:B+
 「ああ、日常だ」と思った。一般に詩というのは、たいそうなもののように思われている。短歌や俳句だってその例に漏れないだろう。しかし、本当はそういうものではないのだ。と、いうことがこういう本を読むとわかる。取り上げられる事柄も猫自慢だったり、映画の感想だったり、部下へのグチだったりと、全てがありふれている。だけど、そういった日常のささいな感情が、ささやかなユーモアと同時に句の上に留め置かれることによって、なんとなくほのぼのとかなしい感情の機微と言ったものが浮かび上がってくる。結果、気負いのない私小説みたいなものが誕生しているのが面白い。日めくりカレンダーとかにすると、はまりそう。「一日一笑」ね。

もっとハッピー・エンディング
もっとハッピー・エンディング
【文春文庫】
ジェーン・グリーン
定価 860円(税込)
2003/8
ISBN-4167661446
評価:E
 あまりにつまらなくて、もう「論ずるに及び申さん」の一言に尽きる。ちょっちインテリだけど人生に疑問も持ちつつみたいな女が書店を開いて様々な困難に直面しながら、上手いこと人生を豊かにしてゆく話なんだけど、人間描写が適当で、次々に事件が起こるわりにはその解決法もご都合主義で唖然。でも、輸入されてくるからにはそれなりのイギリス本国でのニーズに支えられているわけだ。その内訳を検証しなきゃあならない。でもま、ようするに、「対岸の火事」だろうなと思ったりする。向こう岸の火事は楽しい。火の粉が降りかからない位置で見ている人間にとっちゃ、病気も恋愛もまずい別れかたをした昔の友人も全てわくわくのネタだ。そういうふうに考えりゃあ、次々と事件が起こってばたばた解決されてゆく様子というのは、その解決の方法がどんなに嘘臭くても快感だろうな、とは思った。あー、昼ドラなんじゃないですか。つまりは。

コウノトリの道
コウノトリの道
【創元推理文庫】
ジャン=クリストフ・グランジェ
定価 1,050円(税込)
2003/7
ISBN-4488214061
評価:B
 ミステリー作家は大変だ、と思う。エンターテインメントというのはある程度の不文律によって支えられているからだ。特に、黄金のパターンみたいなモノが確立されていそうなミステリーという分野で、エンターテインメントでありながら個性のある作家として存在し続けるのは、かなり困難なことだと思う。この本も、ある種の定石的な構造を根幹に抱えながら、いろいろ殺し方とか状況とかに個性を与えようとしている感じ。「ああ、がんばってるな」なんて思ってしまった。こう書くとけなしてるみたいだけど、この本、面白かった。定石を打つのは大変なんだろうし。でも、一番明確に感じたのが、そういうようなことだった。うーむ。