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鈴木 崇子の<<書評>>



ふたつの太陽と満月と
ふたつの太陽と満月と
【集英社文庫】
川上健一
定価 630円(税込)
2003/8
ISBN-408747609X
評価:B
 NYの危険地帯、サウスブロンクスのゴルフ場を舞台に、突然現れ、プレーし、そして去ってゆく人々。ゴルフ好きの主人公を経糸とすれば、ユニークな彼らは色とりどりの緯糸みたいだ。織りなす物語はさまざまだが、どの作品もほどよく笑えて、ほどよく泣ける粒の揃った佳作ばかり。特に好きだったのは表題作の「ふたつの太陽と満月と」と「メリー・クリスマス」。 クソ真面目でクレイジーなゴルフ対決はなかなか愉快だったし、堅物で不器用な父親と主人公の邂逅にはしんみりしてしまった。ストーリーだけでなく、人物描写も秀逸で楽しませてくれる。この本の登場人物ベスト3(と勝手に思っている)、“ゴルフシューズ”のポコさん、“糞ったれ”ピート、“宝飾品は心の衣服”カルロス鈴木がおもしろおかしい。
 気になったのは、オチ(?)が見え見えなところだろうか。それなのに遠回りしてじらされているようで、結末を確かめたくてついつい頁が進んでしまった。実はそれが作者の狙いだったりして??

カルチェ・ラタン
カルチェ・ラタン
【集英社文庫】
佐藤賢一
定価 860円(税込)
2003/8
ISBN-4087476030
評価:A
 まったくすごい回想録(ご丁寧にも初版本の表紙から解説に至るまで!)があったものだ。はじめは読みづらいと感じたが、独特のムードに誘われて、気が付けば中世のパリに引きずり込まれてしまっていた。その面白さはうまく言い表せないのだが、ごった煮?ちゃんこ鍋?のような感じだろうか。ミステリー仕立てのダシに、神・宗教・人生・青春・友情・恋愛…その他もろもろの具が溶け込んでいて、複雑な味で飽きさせない。時代も舞台も違うし原作は読んだことはないけど、映画「薔薇の名前」を思い出した。(→もっと明るくコミカルにした感じ)
 とにかく、マギステル・ミシェルのかっこいいこと、どこか寂しげな風情には心惹かれ、その警句の絶妙なことといったら思わずニヤリとしてしまう。そしてドニ・クルパンの情けなくも純粋な坊ちゃんぶりもかわいい。なかなか魅惑的な物語。

一瞬の光
一瞬の光
【角川文庫】
白石一文
定価 780円(税込)
2003/8
ISBN-4043720017
評価:AA
 つっこみたくなる点はいろいろあるのに、理屈ではないパワーがあって物語の中にぐいぐい引き込まれてしまった。主人公は一流会社勤務で仕事も出来て出世もしてて、と嫌味なほどのエリート。3高どころか一体何高よ?ってくらいに完璧な条件を兼ね備えている。彼をはじめとして、それはないでしょうって人物や設定が随所に登場、性描写も必要以上に多いような気がしたのだが…。にもかかわらずとても感動してしまったのは、この作品が優れたエンターテインメントで、その中でしっかりと問題提起もなされているからだと思う。金銭、地位、名誉など客観的に測れるもの中心の価値観と内なる幸福感が中心の価値観。バランスを考え見返りを期待する愛情と見返りを求めない愛情。この両極を描くことで、作者は読者の心に揺さぶりをかけているみたいだ。そんな訳で580頁余りはあっという間に読み終わり、ラストには思わず涙してしまった〜!

サマータイム
サマータイム
【新潮文庫】
佐藤多佳子
定価 420円(税込)
2003/9
ISBN-4101237328
評価:C
 ひとつの話を登場人物(少年少女)それぞれの視点から描いている連作。そういった形式やピアノ好きの片腕の少年・広一が登場したりするところなど、目新しく新鮮な印象がない訳ではない。広一の鋭い感受性と妙にこましゃくれて子供らしくないところや、思春期の佳奈の揺れ動く気持ちなど、それなりに読ませる話だし悪くはないと思う。パンチ(?)のきいた広一の母に地味な種田、不思議系のセンダくん、平凡な主人公など、登場人物のバランスもとれている。けれどなぜか、子供の目線を装ってはいるが大人の物語を子供に語らせているだけという感じがしてしまうのだ。MOE童話大賞の作品(「サマータイム」)だから、童話なんだろうけど…。童話(?)ゆえのあっさり加減がわざとらしく作為的な感じもしてしまう。テクニックはあるのかもしれないが、あんまり心に残るものがなかった。

まぐろ土佐船
まぐろ土佐船
【小学館文庫】
斎藤健次
定価 600円(税込)
2003/10
ISBN-4094080171
評価:B
 もし私が男だったら、漁師(または漁船のコック)になろうとは思わないだろう。もし私が遠洋漁業の漁師(〃)だったら、間違いなくノイローゼになってるだろう。私が独身だったとしても(独身だが)、漁師の奥さんにはなれないだろう。(オファー自体ないだろうが…) マグロは好きだし(中トロあたり)、これまで何気なく食してきたが、マグロを捕る遠洋漁船はとんでもなくシビアでワイルドな世界だったのだ。陸の生活からは考えられない過酷で非人間的な環境でも、人間って慣れるものなんだなあ〜と驚き感心したり、強そうに見えても人間やっぱり脆くて弱いものなんだなあ〜と納得したり。人間のしぶとさと危うさ、紙一重のところをわけるのは気力や体力だけではなく、運不運だったりするのかなと思う。
 実際に乗船した経験に基づいているだけに、他船との駆け引きやギャンブルのようなマグロ漁の実態なども詳しく描かれていて迫力は十分。しかし、このドラマティックで濃密な世界を描くのには、頁不足の気がしないではなかった。

猫とみれんと
猫とみれんと
【文春文庫PLUS】
寒川猫持
定価 530円(税込)
2003/8
ISBN-4167660571
評価:AA
 好きだなあ、この歌集。文庫になる前からとても気に入っていて、ジャンルは違えど面白さから言えば「猫〜」か「サラ川」かというくらいでは、と思っている。(比べていいのか?) 寒川猫持という歌人については詳しいことは知らないが、略歴を見ても少々いわくありげで興味をひかれる。
 この人の歌は最高に笑えて、なおかつ、しんみりとさせられ、わびしさ切なさも存分に感じさせてくれる。飄々とした詠いぶりの中に、関西のお笑い精神に味付けされたユーモアと自虐がちょうど良いバランスでおさまっている。愛して止まない飼い猫にゃん吉の歌と別れた妻への歌がやっぱりよろしいですな!“目の中に入れても痛くない猫であるがさすがに目には入らぬ”“「女房の風邪が伝染ってしまってね」それをイヤミというのよあんた”