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平野 敬三の<<書評>>



四日間の奇蹟
四日間の奇蹟
【宝島社文庫】
浅倉卓弥
定価 725円(税込)
2004/1
ISBN-4796638431
評価:A
 心残りも未練もたっぷりある。それでも死の直前に「私の人生はこれで良かったんだ」と肯定してあげられる人はいったいどのくらいいるのだろう。そして自分は、大切な人がそういうふうに思えるための何かを日々の生活のなかで積み重ねているのだろうか。本書を読み終えて、そんなことをぼんやりと考えた。どうせすぐに怠惰な日常に戻るくせにどうせまた些細なことでけんかをするくせに、この貴重な毎日を大切に生きよう今日一日だけでもやさしい気持ちを離さないようにしようと思った。 作家としての力量は十分だが、文章は如何せん拙い。ゴツゴツしているというか、妙にデコボコがあって少々ぎこちない。それでも冷静にそんなことを考えられるのは前半までで、物語の後半からはぐいぐい引き込まれてしまう。これを読み終えて前半が退屈云々、技術が云々細かいことを言う人がいるとすれば、それは「小説に呑み込まれる幸せ」を知らない人だ。「限られた命」とか「知的障害を持つ少女の成長」とか、いかにも感動!な題材を扱いながら、その表層部分で引いてしまった僕のようなひねくれた読み手をも呑み込んでしまうこの物語の圧倒的な魅力を多くの人に味わっていただきたい。

調子のいい女
調子のいい女
【角川文庫】
宇佐美游
定価 620円(税込)
2004/1
ISBN-4043741014
評価:A
 光と影が交じり合ってにじんでいくラストがいい。読み終えて少しだけ泣きたくなった。一人の女性が、サクセスを求めておとぎばなしの中を生きながら、最後に現実に戻ってくる話だが、その現実のなんと残酷なことか。どう残酷かはストーリーに触れることになるのでここには書けないが、挫折や屈辱よりも喪失の方が何倍も辛いのだということをまざまざと見せつけられた。そしてこれは、決して他人事ではない。主人公・美和子の「なんでいつも私だけ…」「なんでいつもあの子だけ…」というつぶやきは、女の人って恐いよな、ではすまないし、波江に対する美和子の「大嫌いだけど大好き」という気持ちは、きっと誰の中にもあるものだ。ここらへんの微妙な愛憎を、ドロドロともジメジメとも無縁の文体でむしろカラッと描くから、たまらなく切なくなるのだろう。女の友情物語でありながら、最後までひとつたりとも「友情」が成立していないところが泣ける。

偶然の祝福
偶然の祝福
【角川文庫】
小川洋子
定価 500円(税込)
2003/12
ISBN-4043410050
評価:AA
 すてきな小説に出会うと、その著者の書いた本をどんどん読みたくなる。しかし、最初に読んだ小説があまりにすてきすぎると、他の著作を読むのが恐くなる。そんな経験はないだろうか。小川洋子の『博士の愛した数式』がいかに素晴らしい小説か。それはその後、僕が一冊も彼女の小説を読んでいないという事実でしか語れないが、それで十分だという気もする。あの至福の時間はもう体験できないという諦めを生んでしまうほどすてきな小説だということだ。それが。再び体験してしまった。小川洋子の作品で。何冊も小川作品を読んできた方には「いまさら何を言っているのだ」と呆れられそうな話だが、なにしろ本書で2冊目なので仕方がない。なんで今まで誰も薦めてくれなかったんだろうと腹が立ってきたが、あ、そうか、川上弘美も誰も教えてくれなかったもんなと思い直した。本当に好きなものは誰にも教えたくないもの。静かにさみしくひそかに哀しい話が好きな人にそっと手にとってもらいたい傑作。

愛才
愛才
【文春文庫】
大石静
定価 520円(税込)
2003/12
ISBN-4167512076
評価:A
 とても不可解で、とても滑稽で、それでいてとても魅惑的な関係。でも渦中にいたら(自分が「おとうさん」だったら)たまらんなあと思いながら一気に読んだ。男女の三角関係を描いた小説は数あれど、ここまで夢中になれたのは初めてかもしれない。現実の世界で三角関係を経験したことのない僕には、なんだかんだで他人事だったから。登場人物がどんなに切なさを募らせても平気な顔で読み進めることができた。ところがこの『愛才』はどうだ。「奈子が問題を起こすたびに思う。この一風変わった女を、僕以外の誰が許容できるだろうか」という「おとうさん」の愚かなる自問は、激しく僕の心をゆさぶる。自堕落な生活を続ける周造を愛せるのは私しかいないと息巻く奈子の言動もまた然り。こういう変わった恋愛小説が好きだなんて俺もやっぱりダメな奴だなあと嬉しそうにしている自分が不気味だが、それくらいチャーミングな物語なのである。特に、爆笑なしには読めない周造のキャラクターが秀逸。

子供の眼
子供の眼
R・N・パタースン
定価 (上)940円(税込)
定価 (下)900円(税込)
2004/2

ISBN-4102160132
ISBN-4102160140
評価:A
 法廷での相次ぐ逆転劇で手に汗握らせ続ける、非常に高性能なエンターテインメント小説である。と同時に、いくつも折り重なる「親子の悲劇と再生」を、驚くほど静かな視点でとらえた家族小説でもある。その異なる要素の融合がこの作品の特徴と言える。が、一読してすぐに分かるのは、どう考えてもこの作家、「エンターテインメントの人」だということだ。字面に目が釘付けのスリリングな法廷シーンを読み終えた後では、後半のもうひとつの山場であるはずの親子の物語が正直、かったるい。いや、法廷でのあまりに見事なカタルシスの後では何を読まされてもかったるく感じるだろう。濃密な人間模様をあれほど真摯に描きながら、「面白い!」の要素が勝ってしまう小説というのも考えてみればすごい。裁判とか反対尋問とか陪審員選びとか、そういう複雑で煩わしそうな、それでいて白黒はっきり結果が出るものより、人と人の愛憎の揺れ動きとか親子の機微とかそういう微妙で曖昧なものを本来は好む僕にとっては、価値観をどーんとひっくり返された気分である。悪役があまりに悪役しすぎてそこがちょっと難点だが、リーガル・サスペンスと聞いて「そういうのはちょっと……」という人にもオススメできる傑作だ。

ミスター・ライト
ミスター・ライト
【文春文庫】
マリサ・マックル
定価 840円(税込)
2003/12
ISBN-4167661543
評価:A
 大学時代、年末になると決まって悪友たちと集まり、その年一番の「ネタ」を披露しあっていた。ネタとはもちろん、恋愛話で、ここでは間違っても「成功例」は許されない。いかに自分がひどい失恋を経験したか各自が色を付けて話し、聞き手をどれだけ盛り上げるか競うのだ。まあ、いま思えばバカなことをしていたなあという感じだが、当時はそういう場があったおかげであまり深刻に悩まずにすんだのだと思う。恋愛の「うじうじ」は声に出してみることで、まったくのギャグになるのだということをそのとき僕は学んだのである。この希代のラブ・コメディはまさにそれをそのまんま活字にした小説で、訳のうまさも手伝ってとにかく無条件に笑える。そしてきちんと苦い。恋愛以外にも大切なことってたくさんあるじゃない、と主人公がふと気付くシーンがけっさくで、それでもなお恋という妄想に右往左往してしまうアナの愛らしさは格別だ。頻繁に登場するダブリンのクラブが刹那的な恋の現場として非常に魅力的に描かれているのもポイントが高い。