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平野 敬三の<<書評>>



逃亡作法
逃亡作法
【宝島文庫】
東山彰良
定価 935円(税込)
2004/3
ISBN-4796639861
評価:B
 非常に評価の難しい作品だ。誰に追われているのか、状況が刻一刻と変わっていくストーリー展開は意識的に破綻させていっているから途中でついていく気力が萎えてくるし、強烈なキャラが次から次へと登場するから後々になってから再登場してもこいつ誰だっけとなることもしばしば。それでも、なんというか、ストーリーが若干分からなくても、文中の人物が誰か思い出せなくても、いいじゃん、気持ちよければと読み手が開き直れる開放感があり、それが非常に魅力的なのである。主人公ツバメの、主人公にあるまじき言動の数々がいちいち鮮烈なカタルシスを残すのだが、その快感をもう一度味わいたくてひたすらページをめくり続けていく自分がいた。そこには物語性というものは不要だし、そこを排除したからこそ本作は圧倒的なスピード感を手にできたのだろう。じゃあなんで評価Bなの?ということだが、それは次作への期待感があろうことか読んでいる最中にむくむくとわきあがってしまったから。読み終わって、じゃなかったところにこだわるこの気持ち、分かっていただけるだろうか。

下妻物語
下妻物語
【小学館文庫】
嶽本野ばら
定価 630円(税込)
2004/4
ISBN-4094080236
評価:B
 学生時代、インドやアフリカの民族衣装が私服だった。友人たちには「恥ずかしいから一緒に歩くな」と虐げられ、初対面の人に「けっこう学内では有名ですよ(笑)」と奇異な目で見られ、それでも平然とその格好を貫き通した。そのときにはいろいろとポリシーあっての民族衣装だったはずだが、今から思い返してみれば何かを勘違いしていたか、単に周囲の視線に鈍感だったのだろう。少数派であることそれ自体に罪はない。意図的にマイノリティであろうとする行為・思考が醜いのである。だから無自覚なヤンキーは許せても、確信犯のロリータは生理的に受け付けなかったりする。はたから見ていれば笑えても、身近にいるとけっこうめんどい。ただ、本書の主人公たちにはそれほど嫌悪感は抱かなかった。彼女たちが完璧にガキだからだろう。かなり単純化された人物像ゆえに、笑う理由も怒る理由も悲しむ理由も、完全にこちらの理解の範疇だ。だからこっちも温かく見守れる。笑いをとろうとしている箇所がことごとく寒いのが難だが、普通にいい話だと思う。

本と中国と日本人と
本と中国と日本人と
【ちくま文庫】
高島俊男
定価 998円(税込)
2004/2
ISBN-4480039163
評価:B
 初めて読む高島さんの著作だが、少し読めばだいたいどんな人か分かる。これは、熱心なファンがつくわけである。中国にまったく興味のない私でもほとんど退屈せずに一気に名人芸の文章を堪能できた、と書ければいいのだろうが、それは嘘になるので正直に書けば、やはり中国ネタオンリーというのはきつい。それでも、この人のなんというか、本読みとしての姿勢が一貫していて読んでいて非常に気持ちがよい。中国に関する本の書評を集めた本という、非常に限定されたテーマでありながら、著者の魅力(であろうもの)がびしびし伝わってくる。中でも印象深かったのが、次の一文。「わたしはなんでもたんねんに事実を追っかけたものが好きだから、こういう本を見るとワクワクするのである」。丹念に事実を追っかけるなんていう、私からすれば退屈極まりない文章に胸をときめかせている高島さんはとてもチャーミングで、全篇、「そこでそういうふうに感動するか」という面白さにあふれている。

ハードロマンチッカー
ハードロマンチッカー
【ハルキ文庫】
グ・スーヨン
定価 714円(税込)
2004/3
ISBN-4758430926
評価:A
 いいないいなとつぶやきながら一気に読んだ。すごく気持ちのいい小説だ。下関に暮らす落ちこぼれの在日韓国人の青春をリズミカルな文体で描いた本書は、かなりの中毒性を持っている。いつのまにか物語に取り込まれている。ろくでもない日常は、どこまでいっても輝くことはないし、どうしようもない苛立ちやもやもやを抱えた登場人物たちに転機が訪れることもない。それでもこの小説はとてつもなくポジティブな熱をはらんでいるし、その熱が読み手にビシビシ伝わってくるのだ。作者は周到に能天気さを装いながら、どんどんと状況を悪化していく。そして全体を覆うトーンをどんよりグレーで貫きながら、そこにたびたび鮮烈なイメージを散りばめていくことで街の空気と臭いをどんどんと文面から立ち上げていくのである。生きているということは美しいし哀しいし面倒くさいし喜ばしいし、つまりなんだかよくわからないものだ。それを颯爽と描いた傑作である。死ぬほど笑えるし。

スペシャリストの帽子
スペシャリストの帽子
【ハヤカワ文庫FT】
ケリー・リンク
定価 882円(税込)
2004/2

ISBN-415020358X
評価:A
 柴田元幸の推薦文が帯にある本はちょっとくせもので、一度たりとも「まともな」小説であったことがない。でも、その「まともな」というのがどういう基準なのか、柴田さんが推薦する小説の前では、どうにもしどろもどろになってしまってうまく説明できなくなる。「変な話」と困惑しながら、読み終えた頃には小説に対するとらえかたがぐっと幅広くなっている。そんな気がする。たとえば、村上作品で『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』が一番好きだという人は意外に多いが、それはあのへんてこりんな世界をただただ眺めるという行為にとてつもない快感があるからである。本書もまた、ただただねじれまくった世界を眺める快感を味あわせてくれる一冊だ。何の話なんだろうなんてことを考えてしまうのは本当に最初のうちだけで、この世界の空気になじんでしまえば最高のおとぎばなしを堪能できる。高校生で『たんぽぽのお酒』を初めて読んだとき、なんでこの話がファンタジーの傑作と呼ばれるのか不思議に思いながら、それでもうっすらと淡い景色だけは心にいつまでも残り続けた。本書もその類の、いとおしいくせものである。

迷宮の暗殺者
迷宮の暗殺者
【ヴィレッジブックス】
デイヴィッド・アンブローズ
定価 882円(税込)
2004/2
ISBN-4789721973
評価:B+
 バーチャルか現実か、というテーマに別段目新しさはないが、意表を突く展開の連続技は非常に見事だ。岡嶋二人は名著『クラインの壷』でバーチャルと現実の狭間が曖昧になることの怖さを読み手にとことん染み込ませたが、本書もそれに似た恐怖感を味わえる。いま自分が見ている風景ははたして現実なのだろうか、という問いを躊躇なく肯定できる人がいるとすれば、それは自分という存在の不確かさに無自覚な人間だ。しかし、そんな人でも本書を読み終えた頃には、いまこの本を読んでいる自分はきちんと存在しているのだろうかという出口のない自問に悩まされるだろう。夢か現実か、という状況からさらに飛躍していくストーリー展開が突拍子もない絵空事に感じられず、それどころかうっすら寒気を覚えるのは作者の力量が突出している証拠である。惜しむらくは物語の着地のさせ方に鮮やかさが欠ける点。なんだかバタバタっと幕が下りてしまうのがさびしいのだった。