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平野 敬三の<<書評>>



脚美人

脚美人
【講談社文庫】
宇佐美游
定価 490
円(税込)
2004/6
ISBN-4062747979

評価:B+
 小学生の頃、お気楽で犯罪的に鈍い男子の僕にもなんとなく女子の間の不穏な空気というのは感じられて、おお怖いとひとり思っていたものだった。そういえば、この手の話は当時はもちろん、大人になってからも話題に乗せたことがないことにふと気付く。すぐに思い浮かべられるだけでも、いくつかの印象深いエピソードがあるのだが、なんだか口にしてはいけないような気がするのだ。本書は、まさにそんな「不穏な空気」をこちらが息苦しくなるほど執拗に(しかも当事者=女性・女子の視点で)描いた短編集。いやー、読むのがしんどかった。そして面白かった。これ、絶対に実話だよな、というものもあれば、これは作り話でしょというものもあるが、おそらくこういう推理はたいてはずれているのだろう。大人になると不穏な側面も含めて女性とのお付き合いがあるのだが、男子女子の時代はとにかく奥が深くそして薄気味悪いもの。ということで、アブノーマルなんだかそうでないのか分からない「十歳の戦慄」が最も印象に残った。

ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ

ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ
【角川文庫】
滝本竜彦
定価 540
円(税込)
2004/6
ISBN-4043747012

評価:B+
 はちゃめちゃなストーリー展開とは裏腹に、えらくシリアスな衝動から書かれたであろう、青春小説の佳作である。なんだか、20歳前半で考えていたことや皮膚感覚みたいなものが詰め込まれていて、読んでいて少し恥ずかしかったが、純粋にいい小説だと思う。いかにもオタクな人たちが好きそうな展開(特に主人公・山本と闘う美少女・絵里の関係とか)で、本作にAをつけなかったのは単純に僕のオタク差別によるものである。というより、自分にそういう要素があることを認めたくないんだな、きっと。けっこうグッときてたりしたので。「敵」が見えなくなった現代が不幸だとは思わないが、漠然とした不安や焦燥に向き合うことを嘲る人間を僕は信用しない。その点で、軽いタッチの文章を綴ることで、ウジウジ悩む自分を開放しようとした著者の姿勢は、とても好ましいものだと思う。

ヒートアイランド

ヒートアイランド
【文春文庫】
垣根涼介
定価 710
円(税込)
2004/6
ISBN-4167686015

評価:A
 この圧倒的に密度の高い物語を読み終えていったい何から語れば良いのか、僕はさっきから長い時間呆然としてしまっている。決して完成度の高い作品ではない。特にアキとカオルのコンビが読み始めに期待したほど魅力的でない。しかし、主人公にさほど魅力がないという致命的な弱点を認識しながらなお、僕はこの物語をすさまじい輝きを放つ傑作だと断言できる。物語全体のグルーヴというか、転がり方が尋常ではなく烈しくスリリングでそしてドラマチックなのだ。読みながらここまで興奮させられる小説もまれである。とりわけ本編のラストシーンがいつまでも心に残る。そしてここではじめてアキのこの小説中での役割を読み手は知ることになる。ということで、解説で大沢在昌氏が指摘している通り、読者のイマジネーションを邪魔するエピローグは不要だ。なぜならば、本書は一冊まるごと長い長い「プロローグ」なのだから。

十八の夏

十八の夏
【双葉文庫】
光原百合
定価 600
円(税込)
2004/6
ISBN-4575509477

評価:AA
 一書店員の立場から言わせてもらうと“ささやかな奇跡”に出てくる「さくら書店」は眩しすぎてちと嫌味である。一冊一冊の陳列まで行き届いた棚、急所を付いたポップアップ、人間味溢れる常連客との会話。どれもこれも忙しさに飲み込まれてしまう書店人にとっては強烈なあこがれなのだ。つまり「さくら書店」は僕にとっては理想的な本屋であり、そういうものがひとつの恋の出会いの場として登場してくるのだからまったくもって嫌になる。オレモソウイウコイガシタイ……。
 本書にはそんな「あこがれの恋」が随所にちりばめられている。危うさと隣り合わせの幼く刹那的なものあれば、極めて小説的なドタバタでいながらほんのり淡い恋もある。そして反則的に切なすぎる表題作のラストシーンは、いつまでもいつまでも心に残り続ける。表層的には牧歌的でいながら、ときおり挿入されるドキッとするような台詞や描写が痛い。日常に埋没した「しあわせ」は、誰に探してもらうのでもない、他ならなぬ自分自身でつかみ取るものだ。そんなことをそっと語りかけてくれる傑作連作集。

名探偵は千秋楽に謎を解く

名探偵は千秋楽に謎を解く
【創元推理文庫】
戸松淳矩
定価 672
円(税込)
2004/6
ISBN-4488446019

評価:B
 身の代金の800万円を一週間以内に使い切れ、という犯人の要求に振り回されるストーリー展開はかなりユニークだが、基本的にはオーソドックスな非殺人本格ミステリの王道である。ミステリ史における本書の位置づけは分からない(これ、1979年の作品です)が、北村薫や加納朋子らに通じる「日常のど真ん中で起こるミステリ」というべき作風は、十分に現代の読者を楽しませる力を持っている。日常から立ち上がった非日常的な事件を、最終的に再び日常的風景に着地させるのはなかなか至難の技で、本書も鮮やかなラストとは言い切れない。それでも、奇天烈な事件の渦中で見せる登場人物達の活き活きとした表情はとても魅力的だし、作品を覆う一種独特のやわらかな空気は心地よい時間を過ごさせてくれる。相撲部屋が舞台になっているのも、いまいち意味が分からなく、けっこう好きだったりする。

沈黙博物館

沈黙博物館
【ちくま文庫】
小川洋子
定価 714
円(税込)
2004/6
ISBN-4480039635

評価:AA
 すっかり著者の代表作となった『博士の愛した数式』に負けず劣らずの、とても印象的な作品だ。老婆と少女、主人公の小説内の配置位置が『博士の〜』と対をなす形だが、こちらの方がよりファンタジーに近い。どこかずれている世界を舞台に、生きていること(というより自分が存在していること、と言った方が近いかもしれない)の喜びと哀しみがひっそりとしかし力強く描かれている。主人公と老婆の「友情」、少女と少年の「恋」、村で起こる連続殺人、主人公のお兄さんをめぐる謎。話の骨格はぼんやりぼやけているが、ひとつひとつのエピソードは強烈な印象を残す不思議な物語だ。特に小川節が炸裂しているのが主人公が語る「博物館の魅力」についての言葉の数々。『博士の〜』の数式もそうだが、この作家にかかるとどんなものでもいとおしく神聖な宝物として紡ぎ出される。その世界観に触れるだけでも読む価値ありの素敵な小説である。

悪魔はあくまで悪魔である

悪魔はあくまで悪魔である
【ちくま文庫】
都筑道夫
定価1,365
円(税込)
2004/5
ISBN-448003966X

評価:B
 ミステリー作家として知られる著者が、あふれるようなインスピレーションとイマジネーションで書きまくった恐怖短編集。恐怖、とはいっても、(角川文庫に代表される)ホラー小説の類ではなく、笑ゥせぇるすまんやY氏の隣人のようなブラックな作風である。これが個人的に非常にしっくりきた。じめじめした四畳半一間的な雰囲気と、妙に礼儀正しく冷静に腹黒い登場人物達は、好きな人にはたまらない世界だろう。その分、万人にうけるような小説ではないし、「これは傑作だ!」という驚きがあるわけでもない。気に入った人がひとりほくそえむのが正しい読み方だろう。立ち読みでもすぐに読めてしまう程、ひとつひとつの話は短いので、ひとつふたつ試し読みしてみてはどうだろうか。もう一つの基準としては、山藤章二氏のおどろおどろした挿し絵にグッとくるかどうか。これほど作品の雰囲気とマッチした挿し絵も珍しい。