年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班

安藤 梢の<<書評>>


夜のピクニック
夜のピクニック
【 新潮社 】
恩田陸
定価 1,680円(税込)
2004/7
ISBN-4103971053
評価:B
 全校生徒で夜を徹して歩き続ける行事、「歩行祭」。聞いただけでうんざりするような行事だが、それがなかなかにいいものなのだ。自分の学校にこんな行事があったら、確かに一生忘れないだろう。ただ歩くというだけの単調になってしまいそうな物語を、疲労の波や時間帯に応じた会話の選択によってゴールまで引っ張っている。休憩や食事の後、そして日が沈んだ後でテンションが上がるところなど、思わず「分かる分かる」と頷いてしまう。疲れて惰性で会話しているところもリアルでおかしい。
 異母兄弟との和解という少々重いテーマを抱えながらも暗くならないのは、爽やかな友情と高校生らしい他愛もない会話があるからだろう。昼は誰かの噂話、夜は深刻な打ち明け話と、なにしろ時間も話題もたくさんあるのだ。そういう特別な時間を共有している人たち特有の親密な空気に、何だか懐かしいような眩しいような気持ちにさせられる一冊である。

おんみつ蜜姫
【 新潮社 】
米村圭伍
定価 1,890円(税込)
2004/8
ISBN-4104304050
評価:C
 江戸時代、温水藩の末娘が父親の命を狙った犯人を探すうちに幕府に迫る危機に気付き、悪と戦うという話。しかしこの姫、野袴を着け刀を差し、武者修行中の若侍になりすましたにも関わらず、女であるとばれている。変装になっていない。男になりすますのではなく、やんちゃな姫君という立場で通すところが珍しい。
 ですます調の語りで、全体的におっとりとした印象を受ける。幕府や刺客相手に戦うにしては緊迫感に欠けるが、それも登場人物の人柄故なのだろう。何度も危ない目に遭っているわりには、安心して読めてしまう。ハラハラしないことで、今ひとつ緊張感が出ない。人を切った後もさっぱりしている姫には少し違和感を覚える。とは言っても、所々で歴史の講釈を入れてくれるあたり、細かい所まで丁寧である。蜜姫を始めとし、甲府御前、笛吹夕介、雲吉と個性的な登場人物が並ぶ。猫を、護衛役の忍び猫として登場させた発想は面白い。

アフターダーク
アフターダーク
【 講談社 】
村上春樹
定価 1,470円(税込)
2004/9
ISBN-4062125366
評価:B
 真夜中の物語。昼間とは全く違う濃度と速度を持つ、真夜中の時間の流れ。ファミレスで、ラブホテルで、会社の一室で、それぞれの物語が展開していく。夜明けへと向けて収束していく物語が、はっきりとした答えを持たないところに一晩という時間の短さを感じる。
 この作品で最も特徴的なのが、視点という存在だ。「わたしたち」と使うことで、読者をも巻き込んで客観的に街や人を映す。まるで監視カメラのモニターをチェックしているかのような淡々とした文章で視覚的なイメージを形作る。「真夜中には真夜中の時間の流れ方があるんだ」とあるように、真夜中という時間帯は人の本音を引き出してしまう時間なのかもしれない。誰もが心にある不安の塊を言葉にしてしまう。登場人物の中で高橋だけが唯一現実の男の子として存在しているような気がする。彼だけは昼間もきちんと存在するという安心感がある。内容とは関係ないが、本文の文字が大きすぎるのが気になった。

介護入門
介護入門
【 文藝春秋 】
モブ・ノリオ
定価 1,050円(税込)
2004/8
ISBN-4163234608
評価:C
 なんなんだこれは!? 英語もロックも一緒くたになって、文法などお構いなし。読もうというこちらの気を端から挫くような文章である。だが、何かが引っかかるのである。とにかく文字から湯気が出そうなほどの熱い想いのエネルギーだけは伝わってくる。故に読みにくい、ということだろうか。言いたいことだけを思いっきり絶叫しているようなかんじだ。ただ、言いたいことはよく分かる。ばあちゃん「長生きしてや」。
 今どきの若者がおばあちゃんの介護を当たり前のようにしていること自体、普通に書けばどこか押付けがましいいい話となってしまう。そこを単なるいい話としてまとめるのではなく、介護をしたことのない人にももっとリアルに感じて欲しいと強く主張しているのがこの本なのである。今の日本で、介護ベッドのありがたみを知る若者はどれくらいいるだろうか。

綺譚集
綺譚集
【 集英社 】
津原泰水
定価 1,785円(税込)
2004/8
ISBN-4087747034
評価:C
 なんておぞましい世界……。見てはいけない世界を見てしまった。この人は、思わず目を背けたくなるようなグロテスクな映像を、何のためらいもなく言葉にしているに違いない。そのためらいのなさが、ざっくりと切れるような鋭い文章を生んでいる。恐ろしい。だが、恐いもの見たさも手伝ってついつい引き込まれて読んでしまう。文体も設定も雰囲気も全く違う15編の物語に、圧倒され振り回されるばかりだ。一つ読み終わると、今まで使ったことのなかった神経を酷使したような妙な疲れを感じる。それだけ、この綺譚を受け入れるのに心の準備が必要だということだろう。全編に共通しているのは「死」を描いていることだけである。様々な側面から「死」を嫌というほど見せつけられる。美しい「死」ばかりが描かれる中で、現実の「死」とは血がドロドロ出る生臭いものでもあるのだと釘をさされた気がする。

だりや荘
だりや荘
【 文藝春秋 】
井上荒野
定価 1,500円(税込)
2004/7
ISBN-4163231706
評価:B
 こんなにどろどろした話をどうしてこう淡々と書けるのだろう。不思議だ。姉の椿と妹の杏、その夫の迅人、一見穏やかに3人の生活は始まる。しかしその表面の穏やかさとは裏腹に、内面では激しい感情が渦巻く。順々に3人の視点から描くことで、次第に3人が抱える問題の本質に迫っていく。物語の後半になるに従って、どんどん狭くなっていくような圧迫感がある。どこにも逃げ場のない感情の吹き溜まりのようだ。姉妹は、お互いを疑いながらも騙された振り、気付かない振りを続ける。その必死さが痛々しく恐ろしい。そしてそんな二人の間にいながら何も分かっていない男。その単純さこそが救いである。この男の存在によって、ぎりぎりのところで理性を保っている姉妹は、泣き喚くこともできないまま壊れ続けているのである。とても魅力のある人物たちなので、もうすこし救いのある結末だったら、と思ってしまう。

ダンテ・クラブ
ダンテ・クラブ
【 新潮社 】
マシュー・パール 著
鈴木恵 訳
定価 2,520円(税込)
2004/8
ISBN-4105447017
評価:A
 ダンテの『神曲』をめぐる文学ミステリー。重厚なストーリーにまず圧倒される。ダンテを読んだことがなくても、その詩が及ぼす影響から『地獄篇』がいかに力の強い作品だったかは容易に想像ができる。あたかも人を殺人に駆りたてる呪文のような詩なのである。犯人探しやトリックよりも、ダンテの文学そのものの思想により重点を置いて描かれている。ダンテの詩に真似て殺害されたその死体は鮮明に描かれ、あまりの惨さに目を覆いたくなる。こんなひどい殺し方をよく思い付き、よく実行したものだ。
 それぞれの登場人物の視点から場面がポンポンと移っていくので、ぼーっと考え込んでいる暇はない。ついて行くのがやっとだ。場面転換が早いのに比べ、ダンテの詩を扱うときは極めて慎重に言葉が添えられている。この作品の魅力は、ダンテ自身とその作品の魅力であることはもちろんだが、その作品を理解したいという人々の真摯な想いにあるのだろうと思う。

ホット・プラスティック
ホット・プラスティック
【 アーティストハウス/発売 角川書店 】
ピーター・クレイグ
定価 1,680円(税込)
2004/8
ISBN-4048981811
評価:C
 3人の詐欺師の物語である。犯罪者だけに、全体を通してずっと追われ続けているという不安が漂う。疑心暗鬼に捕らわれすぎて、自分たちで苦労を倍増させているようだ。人を信じられないということがどんなに苦しい状況なのかということがよく分かる。騙されているんじゃないか、という疑いこそが自分の首を絞めているのだ。
 コレットの鮮やかな詐欺に比べて、ジェリーとケヴィンの詐欺はパッとしない。やはり芝居がかった詐欺の方が分かりやすく、読んでいても面白い。
 追われ続けた詐欺師の人生は、一度止まってしまったら駄目なのだろう。安定を望む心に鞭打って、逃げ続けなければならない。この父子の場合、お金を奪われるんじゃないかという心配に併せて、コレットを奪い合うというやっかいな問題もあり、心の休まる時はない。読み終わると、何となく逃げ切った感が漂う。もう少し装丁に工夫が欲しい。