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和田 啓の<<書評>>


背く子

背く子
【講談社文庫】
大道珠貴
定価 650円(税込)
2004/11
ISBN-4062749270

評価:C
 九州は、男の子を大切にする風潮が色濃く残っている土地だ。寝る間際、電気を消すまでが女の仕事だと云われ育てられた福岡人をぼくは知っている。本作はやたら男を立てるイメージの強い博多を舞台に、怜悧さと多感さを備えた少女(幼児です)が「世の中を見てみたら」という着眼点が面白いと思った。
 子どもは、大人の遥か想像以上に感受性が豊かで嬉しさが大きい分また落ち込みも激しい。大人並に表現能力が高く、気持ちを伝えることができれば世界はそれこそ変革されるであろうに。どうもこの手の作品を読むと「こんなこと子どもが言うか〜」とか、「ありえないじゃん」と決めつけがちだ。ハリウッド映画で子役が主人公の映画にあたるとファンタジーだから許してしまう心に似ているような。だけど瑣末な事象から長編を描き切る筆者の力量に思いを馳せればあながち笑うこともできなくなった。


シルエット

シルエット
【講談社文庫】
島本理生
定価 440円(税込)
2004/11
ISBN-4062749262

評価:B-
 正直わからなかった。30も後半を迎え今持って女心がわからないわたし。思春期の高校生の気持ちにまったく右往左往するばかり。だけどほんのちょっと女性経験を積んだわたしに、この小説はどこか懐かしみを感じさせてくれた。雨が降っている描写がある。駅から傘をさして歩く。喫茶店で待ち合わせをする。好きな人とセックスをする。理由はわからないが別れてしまう。どうということはない淡々とした日常だが、うまいように湿っている。東京の高校生はパリのリセに負けていない。島本理生とは名前がいい。切実だからこその言葉にならない行間の沈黙がいい。一生懸命言葉を紡ぐ作者の感性を買いたい。読者は誰もが、過ぎ去っていったあの人を思い起こすだろう。

ゆっくりさよならをとなえる

ゆっくりさよならをとなえる
【新潮文庫】
川上弘美
定価 420円(税込)
2004/12
ISBN-4101292337

評価:A
 エッセイが文学になっている。随分云われていることだとは思うけれど、あらためて彼女の日本語とりわけ平仮名とくに副詞の使い方に舌を巻いた。なんとなく読まされるのだが、その「なんとなく」が達意を極めている。「改札口を出るといい匂いがしてくる。見ると定食屋があった。川原に下りてゆく。水を渡ってくる風がひやっこくて気持ちいい。」(「多摩川」)植草甚一が散歩しているみたい。「電車はふしゅうう、という音をたてて目的の駅に停車した・・・・・・大根の味が、ほんの少し口の中に残っていた。」(「春のおでん」)。活字を追いながら上質のソプラノ歌手の唄を聴いていた。詩(うた)なのだろう。
 この一年、新刊採点員の末席をけがしてきました。本作にアンアンのバックナンバーを拾う描写が出てきますが、大学時代マガジンハウスでバイトしていた身には懐かしい記憶でした。読了後、ベトナムで知り合い結婚した京都人の妻との間に娘が誕生しました。また、どこかで。

もう切るわ

もう切るわ
【光文社文庫】
井上荒野
定価 500円(税込)
2004/10
ISBN-4334737692

評価:B
 大人の恋愛小説だ。サラリと読ませるが硬くて冷たい氷に皮膚を撫でられているようなゾクッゾクッとした感覚が残る。最近あまり見かけなくなったが連城三起彦さんの作風を思い出していた。
 人を好きだという感覚を持続するのは難しい。「恋愛は結ばれるまでが一番美しい」と書いたのは確か北上次郎さんだったと記憶している。一緒にいる時間が長いほど相手を知るほどに恋愛は微妙に友情に転化していくものだ。結婚生活のコツは相手を嫌いにならないことだと離婚経験者の友人が語っていたが、それほどまでに男と女の愛情は変化していくものだし、好きだ惚れただけでは成り立たない深い河が男と女の間には流れている。一組の夫婦がいる。愛情という意味では冷めてはいるがお互い嫌いではない。ふたりとも大人でとても魅力的な人物だ。
 夫は妻を愛していたのか。妻は夫を愛していたのか。答えは風に吹かれている。

ちがうもん

ちがうもん
【文春文庫】
姫野カオルコ
定価 570円(税込)
2004/10

ISBN-4167679248

評価:B+
 今回の課題本『シルエット』と対照的な作品。舞台は関西、しかも一昔前。洒落た設定など更々ない。土着的で本能丸出しの群像劇が展開される。読み終わって姫野カオルコはつくづく才女だと思った。登場人物に人間の肯定的な部分とどうにもならない業を絡ませ丁寧に物語を膨らませ、読みやすいよう後ろ後ろへ案内し、綺麗に着地する。重いテーマも救いのある余情を持って終わらせる。手抜きは一切ない。人生を、人の世を描いている。開高健風にいえば印象に残る一言半句がところどころに煌めいている。
 辰濃和男の解説がこれぞまさに秀逸。この一年の書評ではベスト。「高柳のおじさんと接するときに私が感じた、あの温暖さとは、彼のかなしみだったのだと思う。妻を寝取られている自分へのかなしみではなく、間男をする妻へのかなしみ。おじさんはおばさんのことがとても好きだったのだ」。なんという哀切。

きょうもいい塩梅

きょうもいい塩梅
【文春文庫】
内館牧子
定価 550円(税込)
2004/11
ISBN-4167690012

評価:B+
 内館牧子さんである。新横綱選定の際、ナベツネさんとよく映っている淑女。ドラマ『ひらり』や『私の青空』の人気脚本家。銀座百点に連載されていたエッセイの詳録である。三菱重工業を退職して後、文筆業に入ってこられたことは聞き知っていたが、こんなに面白い方だったとは!「わたしはいつかきっと向田邦子になります」と課員全員の前で啖呵を切った無名OL時代。重戦車FWの明治大学ラグビーをこよなく愛し、五月の風に吹かれながら歩く力士を、この世でいちばん美しいと讃える。一方で筍を題材に男と料理はダイナミックであるほど、実は繊細なのだと論じる。うまい。
 高度成長後の日本を通じて彼女の半生も見てとれる。潔い、明快、その実温かい。作中の「バナナ」と「シュウマイ」は見事な日本人論になっている。まだまだ日本も捨てたもんじゃない。