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浅井 博美

浅井 博美の<<書評>>



フラグメント

フラグメント
【新潮文庫】
古処誠二
定価 580円(税込)
2005/5
ISBN-4101182310

評価:C
 いじめ、大地震、密室殺人…。よくこの3つをうまく混ぜ合わせたものだ。暴力的でいやらしいいじめを繰り返す少年や、彼に従わざるを得ない臆病で卑怯な少年、彼らに反発する主人公の少年達、そして、少年達に迎合することで事なきを得ようとする上滑りな教師。少年特有の残酷さや潔癖さには説得力があり、まさに少年達が「生きている」というリアリティーにゾクゾクしてくる。しかし、著者は「女」という性や「少女」にあまり興味がないのだろうか? 主人公の少年2人とグループ交際をしている少女2人の書き分けがあまりできていないし、つきつめればどういうところに惹かれてつきあっているとか、そういった少女達の魅力が一切伝わってくることがない。それどころか、たまたま「女」だったばかりに、事件の駒として動かされているという印象しか抱けなかった。元「少女」としては、後味の悪い読後感を味わってしまった。

白いへび眠る島

白いへび眠る島
【角川文庫】
三浦しをん
定価 660円(税込)
2005/5
ISBN-4043736037

評価:C
 以前紹介した三浦しをん氏のデビュー作、「格闘するものに○」はおもしろかった。彼女にしか書けないだろうし、彼女に書く意味があると思った。未だ古い因習や、伝説の残る孤島に帰省した少年の周りで数々の「不思議」が起こっていく。少年と兄弟のちぎりを交わした島に残っている少年、はたまた謎を握ると思われる神主の息子などを巻き込んで繰り広げられる少年の冒険物語─というのが本書の概要だ。本書の他に著者の小説は「月魚」しか読んだことはないが、どちらの著書もうまくまとまっているし題材も厳選されているのだろう。しかしつまらなくもおもしろくもない、というのが正直な感想だ。さらーっと読めるし、不快感も覚えないのだが、3日後には確実に忘れている。三浦しをん氏のエッセイはかなりおもしろい。毒々しさや、独特の視点、愛すべきへなちょこぶりなど、若手の作家の中でもエッセイのおもしろさはピカイチだろう。小説はそれらの素敵な要素が生かされていないように感じる。よそ行き仕様にしすぎていて、近づき難いのである。

マラケシュ心中

マラケシュ心中
【集英社文庫】
中山可穂
定価 650円(税込)
2005/5
ISBN-4062750910

評価:C
 狂おしくて激しくて切ない、最近主流の低体温系小説とは正反対の熱い熱い恋愛小説である。ただし女同士の。同性愛小説だと言うことで拒否感を覚える人には正直きついかもしれない。例えば江國香織の「きらきらひかる」はゲイの男性の恋愛を描いてはいたけれど、彼女の独特の空気感でボーイズラブものだということさえ忘れてしまうほどだった。しかし本書はとびきり濃密な同性愛本だということを覚悟しなければならない。わたしはそのことに対しての嫌悪感は全く抱かなかった。それよりもなによりも著者の「センス」と相容れないのだ。自分を「絢彦」と名乗るレズの女流歌人だとか、彼女が詠むこんな歌だとか…。「教会に光りあまねくさんざめく神よあなたは貞淑ですか」むずむずしちゃうのである。むせかえるほど嫌いなかおりの香水を、鼻の前に突きつけられてかがされたような不愉快さが残った。しかし、つまらないわけではないし、ここまで暑苦しい恋愛小説にはなかなかお目にかかれないので、どっぷりと濃ゆい世界につかりたい人には、ぜひぜひおすすめである。

バルーン・タウンの手毬唄

バルーン・タウンの手毬唄
【創元推理小説】
松尾由美
定価 735円(税込)
2005/5
ISBN-4488439047

評価:A
 こんなに冷静な判断を下せる「妊婦」には初めてお目にかかった。わたしは妊婦になったこともないし、ごく身近な人が妊婦になったこともないと断った上で言うが、妊婦という人達は独特の空気感をまとっているように思われる。妊婦自身は幸福感や自己犠牲であると思っていることも、他者には自己満足や開き直りとしか受け取れず、複雑な気持ちになることがある。そんな非妊婦(こんな言葉あるのだろうか?)側から妊婦がどう見られているかということをシニカルな視点から描いているというだけで、本書はかなりおもしろい。加えて本書の舞台は人口子宮が普及した近未来にあえて自然分娩を希望する女性たちのために設けられた特別区、通称「バルーンタウン」という場所なので、登場人物のほとんどが本物の「妊婦」を見るのがはじめてという設定なのだ。ものすごくひねくれたものを感じて、うれしくなる。本書は立派な推理小説なので様々な事件が起きるが、もちろんすべてが妊婦がらみ。「亀腹」なんて言葉はじめて聞いたし、それが事件に関わってくるなんて!本書は、SF推理小説と称されることも多いらしいが、わたしにとって「妊婦」こそが十二分にSFそのものであった。

ヤスケンの海

ヤスケンの海
【幻冬舎文庫】
村松友視
定価 600円(税込)
2005/4
ISBN-4344406486

評価:C
 恥ずかしながらわたしは「ヤスケン」という名編集者を知らなかった。奇妙な風貌や、型破りで豪傑な生き方、大江健三郎氏とのケンカの顛末など、興味深く読める部分もたくさんあった。しかし、著者の村松氏がヤスケン氏を愛するあまりに、私たち読者は彼ら2人の世界を覗かせていただいている、という気持ちしか抱けず、いつも蚊帳の外に追いやられてしまった。村松氏の「ヤスケンはこういう奴だ」という色が下地に塗り固められていることによって、ヤスケン氏のことがよく見えない。ヤスケン氏の著書が数多く引用されているが、それも逆効果で、こんなに多く引用するのなら、ヤスケン氏の著書をそのまま読んだ方が、よっぽどヤスケン氏について理解できるのではないかと感じた。物語調にしてヤスケン氏の人生にどっぷりとつからせてくれるか、冷静なヤスケン氏評であれば良かったのではないだろうか。そのどちらも盛り込もうとした中途半端さが、読者からヤスケン氏を遠く離してしまったように思えてならない。

結婚のアマチュア

結婚のアマチュア
【文春文庫】
アン・タイラー
定価 900円(税込)
2005/5
ISBN-4167661985

評価:A
 久々に読んだけれど、あいかわらず憎い仕事をなさるものだ。初めて彼女と出会ってからそろそろ10年だが、一度も期待を裏切られていない。彼女の作品を通して言えることだが、舞台も登場人物も本当に地味なのだ。しみったれていると言っていいほどに。でも、よく考えてみたら私たち人間の大部分がしみったれているわけで、それでもしみったれた生活をしたくないともがくわけで、でもやっぱりしみったれでしかなく、その上でどうにかこうにか生きていかなければならない。そんなことを描かせたら、この人は人間国宝並の職人なのだ。本書のカップルにしても、出会って結婚するまではきらきらだった。しかし、5年、10年と経っていくと相手のほころびやら色あせやら色々なことが原因で、きらきらして見えなくなってしまう。通常の熟年カップルものの小説だとここで何か一波乱起きて、お互いの良さをもう一度見つめ直すきっかけになり、夫婦間の関係が持ち直したり、次のステップに進んだりする。しかし、アン・タイラー先生はそんな生ぬるいことはなさらない。悲惨とも言える現実を突きつけられるのだが、なぜかほんわりした気持ちで読み終わってしまうのだ。毎回毎回不思議でならない。


紐と十字架

紐と十字架
【ハヤカワ・ミステリ文庫】
イアン・ランキン
定価 735円(税込)
2005/4
ISBN-4151755012

評価:E
 残念ながらわたしにはリーバス刑事の格好良さがこれっぽっちもわからなかった。このリーバスオヤジってば、少女連続殺人事件という一大事が起こっているにも関わらず、捜査している様子も見えず、謎の人物から怪しげなメッセージが送られてきたりして、明らかに事件と関係もありそうなのに、面倒くさがって調べないし、かと思うと別れた妻子のことを思い出してウジウジしたり、陸軍に所属していたときの恐怖体験がトラウマになっているらしくたまに奇行に走ったり、急に女体を欲してしまってバーだかパブだかにワンナイトラブの相手を調達しに行ったりと、とんだ無能刑事なのである。こんな男でも暗く、もったいぶった文章で描けば「孤高の一匹狼」と言われるのだから不思議だ。わたしは本書の文体がそもそも駄目だった。自己満足で粘着質で読んでいていらいらしてくる。クライマックスにさしかかり、わたしのいらいらも最高潮に達した。少女が何人も殺されているにも関わらず重い腰を上げようとしなかったぼんくらが、テメーの娘が拉致されたとなると半狂乱で駆けずり始めたのだ。こんなオヤジのどこが格好良い刑事なのだ?加えて事件の謎解きも陳腐極まりない。憤死覚悟で読んでいただきたいオチだ。

宇宙戦争 [ 新訳決定版 ]

宇宙戦争 [ 新訳決定版 ]
【創元SF文庫】
H・G・ウェルズ
中村融 訳
定価 580円(税込)
2005/4
ISBN-448860708X

評価:D
 全く恐怖を感じない。宇宙人が襲撃してくる恐ろしい小説のはずなのに致命的ではなかろうか。怖いと言うより眠かった。しつこいが、ずーっと眠かった。なぜって、逃げているだけなのだもの、この小説。最初に火星人が出現して、どんな風貌もわかって、理由は最後までわからずじまいだけれどどうやら地球人と仲良くしたくないらしく、そのため人間を殺りくしまくっている。だから人間達は逃げなければ。これだけだ。なんの謎解きも、新しい発見もほとんどない。うねうねした気持ち悪いタコ状の火星人が追ってきて、「そのとき、わたしの踵に触手が触れた。」って言われても、恐怖感が伝わってこない。逃げまどう人間達が何千何万と殺されても、その人間達が主人公とはほとんど無関係の人達なものだから悲壮感が感じられないのだ。殺されていく人々に人格を持たせなかったら、怖さも悲しさも感じなくて当たり前だろう。さらに文中に漂う説教臭さも鼻につく。「この戦争はー地球人の支配に苦しみつづけてきたネズミたちに対する同情心だけは教えてくれた。」だからって人間も火星人に殺されて良いという理由にはならないだろうよ。

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