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WEB本の雑誌今月の新刊採点ランキング課題図書

山田 絵理

山田 絵理の<<書評>>



フラグメント

フラグメント
【新潮文庫】
古処誠二
定価 580円(税込)
2005/5
ISBN-4101182310

評価:C
 一人の男子高校生が崖から海へと転落死した。担任教師が何人かのクラスメイトを自分の車に乗せ葬式に向かおうとするのだが、大地震が発生し、彼らは地下駐車場に閉じ込められてしまう。いつ助けがくるともわからない、暗闇の極限状態の中で、それぞれの思惑がじりじりと動き出す。ある者は亡くなった友の死の真相を暴こうとし、ある者は復讐を試み、それをほくそ笑みながら見つめる者がいる。そして誰からも憎まれていた城戸が殺される。
 真実が明らかになるにつれて、驚きというよりもやるせない思いでいっぱいになった。それは残酷な事件を見聞きした時に感じる思いと同じだ。あきらめにも絶望感にも似た気持ちが、思考を止めてしまう。
 フラグメントの意味を調べてみたら、「破片・かけら、未完成の、ばらばらになる」などの意味があった。著者の意図は読んでもわからなかったけれど、最悪の状況に追い込まれてしまった高校生達それぞれが、自らの力で何とかしようと独り挑む姿は、鋭く尖った破片のようだった。

白いへび眠る島

白いへび眠る島
【角川文庫】
三浦しをん
定価 660円(税込)
2005/5
ISBN-4043736037

評価:C
 舞台は今も古い風習にしばられる拝島。高校生最後の夏休み、島に戻った悟史は「持念兄弟」といわれる光市や家族、島の住民に温かく迎えられた。ところが生まれ故郷である島に、いつも違和感を覚えてしまうのだった。13年に一度の大祭に集落が盛り上がる中、恐ろしい怪物“あれ”が出現したとの噂がかけめぐる。幼いころから不思議を見続けてきた悟史は、光市と一緒に島の不思議にまきこまれていく。
 田舎の習俗が好きな私は、閉鎖的で独特な雰囲気に満ちた拝島やお祭り、まつられている神様に興味津々なのだが、どうも話の展開が重たく感じられて、読み進めづらかった。
 著者が一番書きたかったのは、島になじめない悟史の、よりどころのなさからくる不安定な気持ちや、光市との特別な友情についてだったと思う。でも拝島の不思議をはじめとしていろんな要素が作品にてんこ盛りなため、それらが埋もれてしまった気がしてならない。三浦しをんさんのデビュー作やエッセイは大好きなだけに、ちと残念……。

マラケシュ心中

マラケシュ心中
【集英社文庫】
中山可穂
定価 650円(税込)
2005/5
ISBN-4062750910

評価:B
 愛する人への想いが生々しく、きりきりと胸に伝わってくるような小説である。
 緒川絢彦(実は女性)は愛する女性の体の上で歌を詠み、性の悦びを歌い上げることで生の悦びを歌い上げてきた歌人。所属する結社の歌会で出会った一人の女性、泉に身も心も奪われてしまう。だが、彼女は恩師の奥様。身を切られるような思いを抱きながら、「恋がいつか終わるものなら私たちは恋人同士になるのはやめましょう」という泉の提案を受け入れる。
 熱っぽさを孕んだ抱き合うシーン、絢彦の情熱のほとばしり、そして太陽の照りつける乾燥したモロッコの、ざわめきや喧騒に満ちた街の描写にはくらくらしてしまう。生ぬるい空気が肌にまとわりつくような感触だ。
 絢彦を慕っていたマオのその後が書かれていないなど、未完成な小説だとは思う。(あとがきで著者は弁明していたけれど)。でもこんなふうに思いがぐさぐさ胸に突き刺さり、どろどろしている話は嫌いじゃない、むしろ好きなのだ。

バルーン・タウンの手毬唄

バルーン・タウンの手毬唄
【創元推理小説】
松尾由美
定価 735円(税込)
2005/5
ISBN-4488439047

評価:B
 近未来都市東京。人工子宮を使った妊娠・出産が当たり前(!!)になった世の中で、自分のお腹を痛めて子供を産みたいという物好きな妊婦達を集めた保護区、通称「バルーンタウン」が舞台で、妊婦探偵(!?)暮林美央がバルーンタウンで起きる様々な事件を解決するという、ミステリー短編集。
 設定はSFっぽく、一応シリアスな事件が起こるのだが、どこかおまぬけだったりして、うふふと笑いたくなるのだ。だってバルーンタウンのメルヘンチックな町並みを、色とりどりのジャンパースカートで妊婦達がそぞろ歩き、やたらと迷信深かったりするのだから。また海外ミステリ小説の翻訳を生業とし、締め切り破りの常習犯である暮林美央の、奔放な性格に親近感が湧くなあと思ったら、冷静に推理を披露する場面に出くわして「へぇ〜」と思ったりして。
 要するに、気楽に楽しめるのです。このシリーズを初めて読んだ私も十分面白かった。そして読後、妊婦さんのお腹に目が行くようになること請け合いです。

ヤスケンの海

ヤスケンの海
【幻冬舎文庫】
村松友視
定価 600円(税込)
2005/4
ISBN-4344406486

評価:A
 ヤスケンとは安原顯氏のこと。中央公論社の編集者だった人で、『マリ・クレール』の副編集長時代、作家吉本ばななを世に見出している(これが私にとって重要)。
 本書は「スーパー・エディター」だったヤスケンの人となりを描いたもの。ぶっ飛んだエピソードや名言(!)、ヤスケンの著書からの引用や幼少期の話まで盛りだくさん。そしてそこに面白みを添えているのが、同僚だったという著者の絶妙なつっこみである。
 私のようにヤスケンのことを知らなかったとしても、読むとたちまちその強烈な個性に魅了されてしまうだろう。理想の「文学」「編集者」「読者」を執拗に追い求めるあまり、会社や上司と対立したり、あの大江健三郎氏を怒らせてしまったりと、起こしたもめごとは数多し。まさに自分の思いを貫こうとする人生だ。だって末期がんに冒され医者にホスピスを進められても、「死ぬまで生きてえんだ、コノヤロー」と言って断ったというのだから!
 こんなに激しく生きていた人にはなかなかお目にかかれない。このまま知らないでいたら、大損だったと思う。

結婚のアマチュア

結婚のアマチュア
【文春文庫】
アン・タイラー
定価 900円(税込)
2005/5
ISBN-4167661985

評価:AA
 話がとてもおもしろくて、人物描写が上手で、本当に出会えてよかった!と思えた作品。
 マイケルとポーリーンはある日出会って恋に落ち、結婚し、やがて3人の子を設けた。そのまま末永く幸せに暮らす予定だったのにね、と言いたくなってしまうほど、その後事件や感情の揺れに見舞われる。
 ポーリーンやマイケル・彼らの子供達がそれぞれ語り手となるので、夫婦の(時には家族の)それぞれの言い分を聞くことができるのが本書の一番の面白さ。心情描写がもうあっぱれ!というほど上手くて、どの言い分にも納得できてしまう。
 ポーリーンは勝気で思うことをぽんぽん言うのに対し、マイケルは寡黙でじっくり考え込むタイプ。性格の違う二人が、恋というマジックで一瞬目がくらみいざ結婚したものの、気持ちのすれ違いが発生するのは当然のこと。それを二人で、どうにかこうにか修正しつつ家庭を築いていくのが、結婚というものなのだ、きっと。
 結婚って、良い意味でも悪い意味でもドラマなのですね。まわりの夫婦の見方が、変わってしまいそうだ。


紐と十字架

紐と十字架
【ハヤカワ・ミステリ文庫】
イアン・ランキン
定価 735円(税込)
2005/4
ISBN-4151755012

評価:A
 歴史ある都市エジンバラで起きた連続少女誘拐殺人事件。時期を前後して、刑事リーバスのもとに結んだ紐が同封された差出人不明の手紙が届き始める。
 事件の謎が明らかになるにつれて、主人公の過去がだんだんと姿を現してくる。かつて陸軍にいたリーバスは、特殊部隊に入隊するための過酷な訓練を受けた。だが終了後ノイローゼに陥ってしまう。彼は今までその心の傷を奥深く閉じ込めて生きてきたのだ。だがそれはふとした瞬間によみがえる。例えば好意を抱いた女性とのセックスの最中に。はらはらと涙を流すリーバスの姿に、いたたまれない気持ちになった。
 心に傷を負い、結婚に失敗し、神にどう祈るべきなのかもわからないリーバス。その寂しそうな姿がたまらない。好きな女性とデートした後、「生きているのは良いことだ、時々だけどそう思う」という言葉に隠された孤独の影。誰かに「大丈夫だよ」と言ってもらいたいのだ、という言葉が心に残った。

宇宙戦争 [ 新訳決定版 ]

宇宙戦争 [ 新訳決定版 ]
【創元SF文庫】
H・G・ウェルズ
中村融 訳
定価 580円(税込)
2005/4
ISBN-448860708X

評価:A
 映画の宣伝に影響されてか、ハリウッド映画がいかにも好みそうな愛と正義に満ちたストーリーなのだろうと思っていたら、誤解だった。地球を火星人が侵略する話なのだが、文中のいたるところに作者の教養の奥深さや自然・人間社会を見つめる眼差しの鋭さが感じられる。人間と火星人の関係を、人間と滅び行く野生動物との関係になぞらえて、あくまでも客観的に冷静に分析する箇所や、自然の摂理として考えれば当然でありうるラストなど。最初から火星人を悪と決め付けていないし、決して人間万歳!イギリス万歳!という立場も取らない。これが100年前に書かれたSFだとは本当に驚きだ。
 切迫した状況に置かれた人間がどんな行動を取るか、その描写が見事である。特に火星人の基地の目と鼻の先の、崩れた民家に閉じ込められた主人公と副牧師が、食物をめぐって争う場面などの描写が秀逸。
 頭が馬鹿でかくて手足がたこのようにひょろひょろ長い火星人を作り上げた空想力にもびっくりだが、著者の深い洞察力にただただ感じ入ってしまった。


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