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勝手に目利き
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細野 淳の<<書評>>


平成マシンガンズ
平成マシンガンズ
【河出書房新社】
三並夏
定価1,050円(税込)
2005/11
ISBN-430901738X
評価:★★★★★

 普通の中学生くらいの人ならば、学校と家庭が、自分自身にとっての大半を過すような居場所となるのだろう。でも、そのどちらにも居場所が無くなってしまったらどうなってしまうのか?大半の人は、絶望的な雰囲気になってくるのではないのだろうか?本書の設定は、まさにそのようなもの。
 家庭では母親が出て行き、変わりに父の愛人が出入りするようになる。それがもとで学校ではいじめられるようになってしまい、さらには何とか居場所を探し出したくて実の母を訪ねてみたら、これまた拒絶されてしまう。どんどん逃げ場を奪われ、より悲惨な状況に、主人公は陥ってしまうのだ。
 もっとも、内容だけでみれば、別段真新しいことも無いのかもしれない。いじめとか家庭崩壊は、よくマスコミで取り上げられている話題でもある。でも、それを取り扱う文章が、とても魅力的なのだ。現実の残酷さや、死神が出てくる夢の体験を、どこか醒めたような目で、でも読む人に何かを伝えてくるような、そんな感じで書ききっている。中学生ぐらいのときならば、誰でも鬱屈した思いを抱くことはあるのだろうけど、それをしっかりとした文章にすることって、かなり難しい作業なのではないでしょうか?そんな文章の巧みさが、心に残る作品だった。

カポネ
カポネ
【角川書店】
佐藤賢一
定価1,995円(税込)
2005/11
ISBN-4048736582
評価:★★★★

 前半はアル・カポネのニューヨーク時代のことから、シカゴの闇の支配者となるまでの、活躍を描いた伝記。禁酒法を逆手にとってのビジネス、シカゴ市長選の裏工作、自分のボスの殺人計画…そんな、いわゆる悪事の数々も、もちろん書かれている。ただ、だからってアル・カポネが極悪非道の人間ではないのだ。本書で引かれるのは、むしろアル・カポネの人情味溢れる場面。家族と過す時間を何よりも大切にしていたり、自分の縄張りに住む人間は必死に守ろうとしたり、大恐慌の際には率先してボランティア活動に乗り出したり…何よりも大勢の人に好かれる要素を、多分にもった人物であったのだ。裏社会の人間であっても、決して単なる非行少年などとは違う。
 そして、後半はアル・カポネの逮捕から、死後彼が『アンタッチャブル』という本を通してより大きな存在となっていく過程が描かれている。密造酒を取り締まり、カポネに真っ向から勝負しようとした、エリオット・ネスという人物が主役。だが、このような人間ですらも、カポネとは敵対的な関係にありながら、どこか彼に憧れてしまうような存在であったらしいのだ。エリオットの、カポネに対する微妙なコンプレックスが、所々で見られるのが面白い。そんな描写が、本書の大きな魅力の一つであるのではないか。本当の大物って、敵味方を問わず、人を圧倒するようなオーラを持つ存在であるのだ。

スープ・オペラ

スープ・オペラ
【新潮社】
阿川佐和子
定価1,680円(税込)
2005/11
ISBN-4104655023

評価:★★★

 登場人物は、皆どこか抜けているけど、憎めないような人たち。主人公のルイは、突如現れた男二人と同棲しても、全然警戒しないような人だし、その同性相手の男二人も、一人は放浪癖が直らない不良老人トミーさん、もう一人も三十歳を過ぎているのにやけに子供っぽい康介。ルイを育ててくれた叔母さん、その名もトバちゃんも、還暦近くなって突如恋愛し、家を出て行ってしまう。なんか、能天気な人たちばかりで羨ましい…。類は友を呼ぶ、ということなのか。
 そんな人たちをつなぐものが食べ物。読んでいて思わず食べたくなってしまったのは、トバちゃんが作る鶏ガラスープと、吾妻屋という肉屋さんのハムカツ。なんだかんだいったって、そんなどこにでもあるような味の方が、飽きが来ないものだ。登場人物の周りでは色々な事件が起こるけど、結局そんな食べ物で皆幸せな気分になれる。食べ物をおいしそうに食べることができる人に、悪い人はいない気がします。

暗い国境線

暗い国境線
【講談社】
逢坂剛
定価2,310円(税込)
2005/12
ISBN-4062131781

評価:★★★

 第二次世界大戦中のイベリア半島での諜報員の暗躍を巡るシリーズの第四弾であるとのこと。もちろん、この作品だけでも十分読み応えはあるのだが、他の作品に目を通したことが無いのが、残念。
 諜報員という、歴史を影で動かす暗躍者たちの物語であるので、どこか個人個人の細々とした動きの中に、壮大な後ろ盾がそびえている雰囲気が味わえる。その、細々とした動きの中には個人個人の恋愛感情があり、嫉妬心があったりする。でも、そんな感情が、ひょっとしたら歴史の大きな動きに関与していたのかも知れない、そんなことを思うと、思わずワクワクとしてしまう。
オビの文句には、「愛と諜報の壮大なドラマ」とある。そう、この作品では、およそ似つかわしくない二つの要素が、巧みに交じり合っているのだ。そんな作品だから、描かれている世界観も、自ずと独特なものになる。
 本書自体でも、かなりの膨大な量にのぼる作品なのだけど、物語はこの先まだまだ続くらしい。一体いつになったら完結するのでしょうか?できれば、好きなコミックを第一巻から目を通していくように、最初の作品からじっくりと読み進めていきたいと思った。


バスジャック

バスジャック
【集英社】
三崎亜記
定価1,365円(税込)
2005/11
ISBN-4087747867

評価:★★★★

 七作が収められている短編集だが、どの作品も何か変なものばかり。しかもそんな未知の設定に、冒頭から引き込んでいき、最後まで不思議な感じが残されてゆく。スッキリとしない、という見方もあるのかもしれないけど、そんな感じがまた、独特の味わいを生んでいる、と自分は思う。
 面白く読める作品もあれば、感動させる作品もあるので、読んでいる間に様々な感情を味わうことができる。個人的には、「二階扉をつけてください」と「送りの夏」が印象に残った作品。前者は謎の二階扉を設置する物語。そんな扉自体、意味不明な代物であるし、それを設置しに来る工務店の人も意味不明。最後のオチの部分で、幾分かは謎が解けた気になるけど、それでも扉の全体像はまだまだ見えてこない。
 「送りの夏」の方は、親しい人の死を受け入れることができない人間たちをテーマにしたもの。マネキンのような代役を立てて、生きている人は精一杯その人たちの世話をして行く集団があるのだけど……。その空間に一人の少女がきて、人の死にとはどういうものなのか、彼女自身が考えていくようになる。設定は奇抜だけど、とても人間らしい物語であるように感じた。

ハートブレイク・レストラン

ハートブレイク・レストラン
【光文社】
松尾由美
定価1,575円(税込)
2005/11
ISBN-4334924786

評価:★★★★

 ファミリーレストランって一人で何かする場合は、結構良い居場所になる。勉強や読書をなどには、自分もよく利用する所だ。でも、そんなところに幽霊が出るなんて、あまり似つかわしくないのでは?
 いや、別に設定を非難しているわけじゃなくて、むしろ意外性があって、という良い意味で。そんなところに出る幽霊だから、普通の幽霊とは全然違う。なんとも礼儀正しくて、愛想がいいお婆ちゃんなのだ。そのお婆ちゃん幽霊が、ファミリーレストランに来る人が持ってくる事件を、概要を聞いただけで次々と、巧みに解決していく。この世に長い間生きてきた分、人間に対する洞察力も鋭いらしい。まさに幽霊のスーパーお婆ちゃん。
 恋愛ミステリー、と謳っているけど、愛蔵渦巻くようなどろどろしたものではなくて、日常のちょっとした出来事がメイン。どこかほのぼのとしているので、安心した気持ちになりながら、読むことができる。

宇宙舟歌

宇宙舟歌
【国書刊行会】
R.A. ラファティ
定価2,205円(税込)
2005/10
ISBN-4336045704

評価:★★★★

 十年にわたって続き、一千万人の生命を奪った戦争が終わり、男達が家路に帰還するところから物語りは始まる。でも、そんな戦争でも、それほど長く続いたわけではなくて、激しい消耗戦でもなかったらしいのだ。出だしがこのようなものだから、もう普通の物語ではないことは間違いなし、という感じがモロに伝わってくる。
 物語のメインは、その男達が家路に着くまでの道程のことだ。もちろん、そこでも物語りは、もう訳が分からなくなりそうなほどにデカすぎる。ある星では大男と殺しあって互いに全滅…だと思えば翌朝にはもう生き返っていたり、別の星では食用のために丸々太らされた危機があったりと、何ともよく分からない状態で進んでいく。
 スケールの壮大さは、今まで読んだどんな物語よりもスゴイ。いや、スゴすぎて、時として物語についていくのが大変なくらいだ。やや消化不良になってしまった自分が情けない……。また今度、時間のあるときにじっくりと読み返して、作者の世界にどっぷりと浸ってみたいと思う。

獣と肉

獣と肉
【早川書房】
イアン・ランキン
定価2,100円(税込)
2005/11
ISBN-4152086831

評価:★★★★

 リーバス警部を主人公にしたシリーズの第十五作目の作品であるとのこと。シリーズの他の作品を読んだことが無かったので、自分にとっては初の体験だった。
 とは言っても、ほとんどそんなことは関係なしに読めてしまう。題材のとり方が自分にも大いに共感できるところがあったからだろう。
 物語の部隊はスコットランド。歴史もあるけど、もちろん現代的な問題もある。その大きなものが移民問題。西欧の多くの国々はつい最近まで、移民を数多く受け入れていたのだけど、最近ではそれが深刻な社会問題を生む要因になっているのだ。新聞やテレビでよく報道されているフランスでの暴動はもちろん、スコットランドでもそのような事情は変わらないらしい。そのような関係での、実際に起こった事件を題材としてこの小説は作られたという。
 さすがに長らく支持を得ている作品だけあって、ミステリーとしての完成度は申し分ない。読むのに苦労した点といえば、外国人の名前が覚えきれず、何度か読み返してしまう部分があったことくらい。西洋人の名前は今一つ頭に入りづらいので、少しだけ、大変な思いをしました。