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島村 真理

島村 真理<<書評>>



ワイルド・ソウル

ワイルド・ソウル(上下)
【幻冬舎文庫】
垣根涼介 (著)
定価720円(税込)
ISBN-4344407660
ISBN-4344407679

評価:★★★★★

 やってくれました。一気に読みました。
「棄民政策」という、戦後すぐの日本政府が出した愚かな政策のため、ブラジルへと新天地を求めた日本人たちの前にひろがるのは楽園ではなかった。過酷で悲惨な状況。四十年後、日本政府に復讐をくわだて、綿密に計画を練るケイ、松尾、山本。こみ上げる思いとはうらはらな冷静で完璧に見える計画。そのゆくえに息を呑む。
 知らないということが多くて愕然としました。もちろんストーリーは垣根氏のフィクションではあるけれど、歴史的事実はあるのです。「事を荒立てない」日本人の体質が悪く作動した結果は想像を絶します。そういった下敷きはなくてもこの本は面白いと思いますけど。仕掛けあり、恋愛ありと多彩なのです。自分と両親の思いを含んで日本政府に復讐を果たそうとするところは痛快です。
 ブラジル人の楽天的な陽気さとセクシーさふりまくケイ、宝石屋でありながら裏ビジネスを持つ松尾の陰、唯一当事者であった山本の心地よくなるほどの周到さ。登場人物それぞれの魅力といったら!その割には彼らの計画に巻き込まれるテレビ局のディレクター貴子のヒステリックなさまは興ざめでした。もっと女性もていねいに書いて欲しかったです。しかし、たくさんの人に息詰まる内容と結末を楽しんで欲しい一冊。

魔岩伝説

魔岩伝説
【祥伝社文庫】 
荒山徹 (著)
定価780円(税込)
ISBN-4396332858

評価:★★★★

 五十年ぶりに復活する朝鮮通信使の秘密をめぐり、日本と朝鮮をまたにかけた壮絶な活劇が始まるのです!と、大声で宣伝したくなるほどめまぐるしいアクション時代劇。なぜ朝鮮から女の忍者が現れたのか、なぜ朝鮮通信使に秘密があるのか、なぜなぜが噴出してナンダナンダコレハと油断ならない。難しい漢字が多くてくじけそうになるけれど(江戸の役職に人名に朝鮮名も絡んで!!!)それでも先を読みたくなる話でした。
 徳川家康と朝鮮との関わりが、単なる奇想天外な面白さだけでなく歴史的な設定もしっかりしていてぐいぐい引き込まれる。もちろん、ロマンスもあるし、遠山景元と柳生卍兵衛とのライバル関係も見逃せない。奇天烈な妖術合戦はこんなのもありなのかと驚きでしたが。最後の最後にあかされる後日譚も憎い。
 なんといっても卍兵衛のキャラクターが印象的です。景元ともう一度手合わせしたくて朝鮮まで追いかけていく(父親の命でもあるけれど)ところが、なんとなく「ルパン三世」の銭形警部を髣髴とさせるんですね。敵だけど憎めないのねとっつぁあん(笑)

権現の踊り子

権現の踊り子
【講談社文庫】
町田康 (著)
定価580円(税込)
ISBN-4062753510

評価:★★★

 町田康は初体験でした。キョウレツだ。
 ずいぶんとポップでロックではちゃめちゃな世界観をお持ちの方ですね。軽くてテンポのいい文体は好きです。
 六編の短篇が収められています。なかでも「ふくみ笑い」、「逆水戸」が面白かった。
 しかし、注意も必要です。疲れたときや不安なときはこの本をオススメしません。だって、読了後から、ついつい周りがふくみ笑いをしているんじゃないかと心配になりました。もしふくみ笑いを発見しても印籠だす勇気もないし。もともと持ってないし。だからもしふくみ笑いされても、”ヒコーキノッタラ オレ、シンジャウヨ。オレ、シンジャウヨ。”という節つきの呪文を唱えつつ忘れようと思ったから……。
 読んだら無意識に足をとられる小説。ときどきどっぷりと浸かりたい気もする。怖いけれども楽しいような。

ダーク(上下)

ダーク(上下)
【講談社文庫】 
桐野夏生 (著)
定価580円(上)/600円(下)
ISBN-4062753855
ISBN-4062753863

評価:★★★

 クールでかっこよかったミロの変貌ぶりに、周りから失望と怒りの声を聞いていた作品。これでもか!!!!というほどの堕落と嫌悪感はあふれています。まるで心臓をわしづかみにされたような恐怖を感じなくもない。
 でも、私としてはミロの心地いいほどの悪人ぶりが意外に気に入りました。そして、隣人のトモさんの変貌……。義父、村善の愛人の憎しみぶりも強烈。そのなかで、どんなに堕ちようとも運命に翻弄されようとも人を不幸にしようとも消えないミロの魅力というものをひしひしと感じました。どこまでも強い女だ。卑しさと裏切りにまみれた他の登場人物との対比も効いている。汚れても光るというのでしょうか。
 ミロシリーズは非常に気に入っていましたが、ここまで変わるんですね。人の汚い部分をいやでもみせつけられる、そこが桐野さんの作品の魅力だと思ってますが、でも暗い。気が滅入ります。男のハードボイルドよりも女のハードボイルドは生々しいし痛々しい。同性だからよけいにそう感じるのでしょうか?

白菊

白菊
【創元推理文庫】 
藤岡真 (著)
定価700円(税込)
ISBN-4488436021

評価:★★★

 冒頭、ロシアのエカテリーナ、ゲンナジー・ポントリャーギンなる少年の登場に、この話はどういう風に進むのか、むしろ大丈夫か?と思いましたが、心配は無用でした。
 画商でインチキ超能力者の相良蒼司の元にもちこまれる「白菊」というオリジナルの絵画の捜索依頼、突然命を狙われる危機、依頼人の失踪、記憶喪失の女などなど、ちゃんとラストはくるのだろうかと思うほどのバラエティーな展開。相良のミスリードっぷりも笑えます。やっぱりインチキ超能力者だからね。でも全体的にワクワク満載です。思いもよらない結末もお気に入りです。
 もう一度出会いたい登場人物もいて、続編にも期待大なのです。相良は画商業よりも、偽超能力者ぶりがよかったですし。怪しげなテレビ番組もいい味です。ダークな雰囲気のある探偵というのはタイプなのでした。

ミャンマーの柳生一族

ミャンマーの柳生一族
【集英社文庫】 
高野秀行 (著)
定価450円(税込)
ISBN-4087460231

評価:★★★★★

 ミャンマーと柳生一族が一体何の関係があるのか?江戸時代ってどういうことだ?疑問噴出、不審続出なタイトルも読めば解決、大爆笑でした。
 探検部の先輩船戸与一とともに出かけたミャンマー旅行は、行く前から高野氏の思い込みと勘違いで笑いを誘い、行けば行ったで、常人にはわかりにくいミャンマーという国内内部を江戸時代にうまくリンクさせ、またまた笑わせる。その筆力と強引さに脱帽です。笑いすぎて脱腸ですよ。
 しかし、この国の不安定さ、高野氏の冒険的潜入の過去などは本当は笑い事でない。綱渡り的、ギリギリ断崖絶壁的な怖さがあるからこそ余計面白いのかもしれません。二種類の作家(著者と船戸氏)のせめぎあいというのもいい味をだしていました。
 それよりもなによりも、私はミャンマー人を好きになった!彼らの社交性、人の良さには目を見張ります。お友達からはじめてくださいと思わずくちばしりそうになります。そんな彼らのいる国が平和になればいいんですけれど。

99999(ナインズ)

99999(ナインズ)
【新潮文庫】 
デイヴィッド・ベニオフ (著)
定価700円(税込)
ISBN-4102225226

評価:★★★

 彼の作品は映画『25時』を観たぐらい。その時、静かでせまってくるようでいて、その鋭く切ない空気に圧倒されました。
 映画と小説とは違うものだとは思うけれど、この短編集でもベニオフの静かで鋭く心に沁み込んでくる暖かさを感じることができました。かなり好きな作品たちです。嘘と真実が表裏一体で、それなのに気がついたら涙が流れていた……そういう浄化されるような透明感がある。
 なかでも「ナインズ」、「獣化妄想」が心に残りました。
「ナインズ」は売れないバンドのヴォーカルとドラマーとスカウトの三角関係の話。ラストでくり広げる痴話ゲンカが、滑稽でいて割り切ったすがすがしさが漂うようで絶妙。サッドジョーの車の走行距離計が2回目の「99999」をまわるパーティーのアメリカ的バカさわぎの風景もステキ。
「獣化妄想」では、ふらりと街中に現れるライオン、ライオンに魅せられるぼく、美術館で警備員をやっている”ラヴァー”ブチコと不思議な世界観が魅力です。会話と結末が絶品。

ティモレオン

ティモレオン
【中央公論新社文庫】 
ダン・ローズ (著)
定価760円(税込)
ISBN-4122046823

評価:★★★★★

 犬の話と聞いて心が騒ぎました。私は犬が大好きなのです。どんな愛らしい犬とであえるのかと楽しくなってしまう。でも、帯をみてはたと止まってしまいました。「美しく残酷に世界を震撼させる衝撃作」……いやな予感です。
 うらぶれた初老の男性と暮らすティモレオン・ヴィエッタは雑種犬。愛らしい目を持つちょっと気難しそうな犬。だって、気に入らないヤツには手加減がないから。彼らの前に、ある日現れたボスニア人と名乗る青年のおかげで彼は遠くに捨てられてしまうのです。しかし、愛情のためか、本能のためか、彼は家路を急ぎます。人々がくり広げる愛の物語の合間をぬって。
 世の人々のそれぞれの物語を見せられます。ティモレオン・ヴィエッタは、チョコバーをもらいながら愛を失った少女のうさばらしに付き合い、家人の気をひいたことで不条理で悲しい死とも接触する。ふらっと現れ、風のようにさるティモレオン・ヴィエッタの姿は印象的です。
 幸せとおなじくらい不幸せはやってくる。誰もがそれに気づくか気づかないかはわからないけれど。そういうことを考えました。

影と陰

影と陰
【ハヤカワ・ミステリ文庫】 
イアン・ランキン (著)
定価890円(税込)
ISBN-4151755020

評価:★★★

 署内でも一匹狼のリーバス警部。不法占拠の廃屋に変死体、ヤク中での死亡の疑い、カルトふうな現場。ちょっと怪しいけれど、薬物中毒者の死として簡単に片付けそうな事件を不審に思い執拗に追っていく。
 シリーズ2作目というこの作品は、現在15冊にもおよぶ長シリーズだそうです。主役のリーバスは、なんだか気難しいおじさんだなぁとは思うものの、過去のわだかまりをひきずっていて、女性関係についてないかわいそうなところに興味をひかれました。憎たらしいけれどつい許してしまいたくなるユーモアもあるし。突然抜擢され、つかいばしられるホームズ刑事との絶妙な関係も見逃せない。
 それにしても、イギリス人のとってつけたようなお世辞って面白いですね。相手を上げたり下げたり。刑事の好む飲み物も珈琲ではなく紅茶、仕事が終わればパブ、ビートルズというのがいかにもイギリス的で新鮮でした。(もちろん珈琲も飲んでるけれどね。)

博士と狂人

博士と狂人
【ハヤカワ文庫NF】
サイモン・ウィンチェスター(著)
定価777円(税込)
ISBN-4150503060

評価:★★

 オックスフォード英語大辞典(OED)にまつわる誕生秘話。世界最大にて最高の英語辞書という事実だけしか知らない私には、思わぬ真実との遭遇でした。
 驚かされるのは、まず、出来上がるまでに70年という膨大な時間がかかっていること。学者や専門家が必要な語句だけではなく、普通の言葉を収録しよう、それもすべてのという意志とそれを実現した力。そして、編纂に協力した人の中に、犯罪者で精神病院から用例文を送りつづけた人がいたということだ。妄想にとりつかれながらも、実績を残すすべがあること、彼の正体を知りつつも支え続け協力を仰ぎ続けた人がいたというのも感動もの。
 けれども、OED製作にたずさわった、マレー博士、協力者で狂人であった、マイナー博士の生い立ちから二人の交流話にいたる逸話は、私の肌にあわなかったのか、ノンフィクションは苦手なためか、それほど楽しめませんでした。