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新冨 麻衣子 新冨 麻衣子の<<書評>>


町長選挙
「町長選挙」
【文藝春秋】
奥田英朗(著)
定価1300円(税込)
2006年4月
ISBN-4163247807
評価:★★★★

 トンデモ精神科医・伊良部シリーズです。今回は、三作目にして新たな趣向。表題作をのぞいた3編が、なんと<有名人>シリーズなのだ。メディアをにぎわせる<あの人>たちが、伊良部の患者になる…!? 面白くないわけがございませんね。
 たとえばプロ野球編成騒動でマスコミから悪役キャラとして恰好の餌にされた「オーナー」、IT長者として一世を風靡した「アンポンマン」、40歳過ぎてなお保たれた美貌によって注目を浴びる元タカラジェンヌの「カリスマ稼業」……いわずもがな、あの人たちです。
 そんな有名人シリーズもくすくす笑いながら楽しめるのだが、圧巻は表題作の「町長選挙」だ。戦争さながらの泥仕合である離島の町長選挙に、伊良部が噛んできちゃうんだもの。大混乱です。でもこのラストがいいのよ。『サウスバウンド』にも通じるものを感じる。選択する自由はあるはずなのに、無意識に選択肢の存在をそもそも頭から閉め出してしまう頭の固さをもみほぐしてくれる、奥田英朗らしい一作です。

ルート350
「ルート350」
【講談社】
古川日出男(著)
定価1575円(税込)
2006年4月
ISBN-4062133911
評価:★★★★

 現実と幻想、真実と虚構、過去と現在と未来││すべてを飲み込み再構築し、疾走する新たな物語たち。古川日出男入門としてもオススメ出来る最新短編集です。
 少女のあこがれと少年の幻想が交錯する東京ディズニーランド「カノン」、取り残された3人の少女とハムスターが小さな家の中で壮大な音楽を奏でる「お前のことは忘れていないよバッハ」、離婚したての男と死んだ振りをする少女の小さな旅「飲み物はいるかい」、入学早々に入院することになった男の子の友達探し「ストーリーライター、ストーリーダンサー、ストーリーファイター」…この4編はシンプルだけど切なくてぐっとくる。
 あと、いくつかの物語で構成される「物語卵」のなかのバードマンの話もいいし、『サウンドトラック』の疾走感を思い出す子供たちの闘いの物語「メロウ」もいい。
 どれもこれも古川日出男ならではの味わい。面白かったです。

チョコレートコスモス
「チョコレートコスモス」
【毎日新聞社】
恩田陸(著)
定価1680円(税込)
2006年3月
ISBN-462010700X
評価:★★★★

 恩田版『ガラかめ』が面白くないわけないでしょ! 夢中になって読んじゃいました。
 伝説のプロデューサーが10年ぶりに新作舞台を手がけるとの噂が業界を駆け巡る。主演女優にリストアップされた女優たちの中で飛び抜けた存在感を示すのは、サラブレッドの実力派女優・響子と、演劇をはじめたばかりの天才新人女優・飛鳥。繰り返されるオーディションの中で、二人はお互いを意識しそれぞれの才能を開花させていく。
 エチュードやオーディション含め数ある演技シーンの素晴らしさと言ったら! もともとこの著者は小説における「劇中劇」が得意な人だもの。とてつもなく緊迫感溢れる演技シーンの連続で、途中でページをめくる手を止めるのは不可能なほど。それにこの物語全体が醸し出すストイックさもいい。演劇の世界でさらなる高みを目指す人、その人物像に関しても演劇に関すること以外はほとんど語られない、その別世界ぶりが恩田ワールドたらしめてるわけでして。作品の世界に酔いつつも、手に汗握っちゃう。最高の物語でした。

夜の公園
「夜の公園」
【中央公論新社】
川上弘美(著)
定価1470円(税込)
2006年4月
ISBN-4120037207
評価:★★★★★

 主人公リリとその恋人である暁、リリの夫である幸夫とリリの親友である春名。二組のカップルが偶然に出会ったとき……。揺れ動く4人の心がゆったりと描かれる。
 人と人の関係を名付けるのは、たやすいようで実は不可能なことなんじゃないかと思わされる。この物語の人物関係はまさに名付けやすいメロドラマのよう。リリと幸夫は「夫婦」で、リリと春名は「友達」で、リリと暁、幸夫と春名は「不倫の関係」で。それは本当のことなんだけど、でも、そうじゃないんじゃないか。川上弘美が深く丁寧に描けば描くほど、いろんなものがあやふやになる。そしてそれこそが、わたしたちが現実に抱えてる感覚と、驚くほど近いのだ。
 川上弘美のゆったりとした独特の文体は、今回も冴えている。ひんやりとした夜の公園の空気、執拗に手を洗う暁の背中、幸夫が友人といった居酒屋のあたたかさ、春名が男たちと会うバーの喧噪。とても少ない言葉で、川上弘美はその場の空気までも的確に表現する。この人ほど、巧みに日本語を使う作家はそうはいないのではないかと思った。

ミーナの行進
ミーナの行進
【中央公論新社】
小川洋子(著)
定価1680円(税込)
2006年4月
ISBN-4120037215
評価:★★★★★

 主人公の朋子は、親の都合で一年間、叔母の家に居候することに。叔母一家の住む芦屋の邸宅は、朋子にとってはまったくの異世界だった。ドイツ人のおばあさん、きびきび働くお手伝いさん、ダンディな伯父さん、あらゆる書物から誤字を探すのが日課の伯母さん、そして病弱で美しい少女・ミーナ、そして……カバ? たくさんの幸せとその裏に見え隠れする切ないエピソードがたっぷり詰まった、家族の<欠けることのない>物語。
 マッチ箱から紡ぎだすミーナの小さな物語、そのマッチ箱を通じた片思い、現れなかった流星群、ローザおばあさんのたくさんの時間が詰まった部屋、サルのサブロウの逸話……この小説を構築しているのは、すべてが珠玉のエピソード。読み終えて、胸がいっぱいになった。また時間のあるときにでもゆっくり読み返したい。
 やっぱ小川洋子はすごいのだ。

東京バンドワゴン

東京バンドワゴン
【集英社】
小路幸也(著)
定価1890円(税込)
2006年4月
ISBN-4087753611

評価:★★★★

 舞台は東京の下町、夢の(?)四世代同居の古本屋と隣のカフェ。家族は大じいちゃんこと堀田勘一含めクセのある面々総勢八名。さらにご近所さんたちも登場して、そりゃもう、あちこちで大騒動。読んでる側としても、ジンとしたりハラハラしたりホッとしたりで忙しいったらありゃしない。  そしてこの小説の上手いところは、勘一の死んだ妻・サチを視点にしているところ。幽霊だから、家族の身に起きる様々な事件を見逃すことはありません。そして何より心配性で優しいサチを視点にすることによって、この物語は何倍もあったかくなってると思う。  一番好きなのはこの堀田家の食事のシーン。加わりたい! ホント、食事の時の会話の応酬は、ページから飛び出しちゃうような勢いがあって、読んでてすごい楽しかった。 普通にオススメできる作品なんだけど、本を読む気力もない疲れた人にこそ特にオススメしたい作品だなと思った。元気の出る小説ですよ。この人の他の作品も読んでみたい。

いつもの朝に
いつもの朝に
【集英社】
今邑彩(著)
定価2415円(税込)
2006年3月
ISBN-4087753565
評価:★★★★

 出来のいい兄、出来の悪い弟、すべてにおいて正反対な兄弟。ある日弟が偶然見つけたテディベアのなかに隠された手紙が、自分の出生にまつわる秘密と母親のおぞましい過去を暴きだす。そしてその事実は、二人の少年を絶望へ導く……。
 面白かった! 読み応え十二分。一気読みでした。
 画家である母親の描く奇妙な絵からはじまるこの物語は、恐ろしくて悲しくて、でも最後に希望がある。キリスト教にまつわる色づけもホラー的なあおりとして上手いし、何よりスリリングな展開もたまらなくて、夢中になって読んでしまった。ラストもね、良かったです。「ホラーは現実だけでもうたくさん」という著者の気持ちもわかるし、このラストだったからこそとても満足できたんだと思う。

あなたに不利な証拠として
あなたに不利な証拠として
【早川書房】
ローリー・リン・ドラモンド(著)
定価1365円(税込)
2006年2月
ISBN-4150017832
評価:★★★★

 主人公は警察官、ミランダ警告からとったタイトル……ストレートなミステリだと疑いもしなかったのだが、違うんですねこれが。全然、違うんです。
 やむを得ない状況で被疑者を射殺し伝説の警官と呼ばれるキャサリン。ある交通事故を機に警察を辞めたリズ。同じく警官であった父親の亡霊に苦しむモナ。警察に入る前に関わった印象深い事件と数年後に皮肉なかたちで再会するキャシー。繰り返し起こるレイプ事件、家庭内暴力……すべてに疲れ、傷ついたサラ。
 著者は実際に警察官だったらしく、その仕事の苛酷さが、どこまでも生々しく克明に描かれる。死臭の凄まじさ、あまりにも近い<死>の恐怖。警察官の仕事を、こんなふうに真っ正面から描いた小説ははじめて読んだ。現場の人間だからこそ感じる、強い怒りや絶望。その視点はあまりにも私たちに近いから、読みながら登場人物たちと一緒に、胸が苦しくなったり絶望したりするのだ。