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荒木 一人

荒木 一人の<<書評>>



イッツ・オンリー・トーク

イッツ・オンリー・トーク
絲山秋子 (著)
【文春文庫】
定価410円(税込)
2006年5月
ISBN-4167714019

評価:★★★★

 中篇二篇。どちらも会話文が多く、本当に「ムダ話」の様にあっと言う間に読める。両作とも主人公は女性、基本的には再生物語。読みやすい割りには、なかなか味わい深い作品。また、最後の解説を只の書店員が書いているのも面白い。著者は逸材。第134回芥川賞受賞作家。
「イッツ・オンリー・トーク」(第96回文學界新人賞受賞&第129回芥川賞候補作):主人公の橘優子は、華やかな新聞社の社会部からとある事故をきっかに無職の自称絵描きへ。絵に描いたような転落っぷり。出てくる男性、出てくる男性、ものの見事にダメ人間。お互いに、淡い恋愛感情を持っているのだが、最後まで行けない。そんな生活を淡々と綴っていく。この作品で、芥川賞(第129回)を獲っても良かったのでは無いかと思う。
「第七障害」:こちらは、ほのぼの恋愛小説。乗馬で馬を殺した事を苦にしている早坂順子、ライバルの永田篤。何処にでもありそうな作品だが、順子と篤の距離感が微妙に良い。結構、好きかも。

龍時03-04

龍時03-04
野沢尚 (著)
【文春文庫】
定価600円(税込)
2006年5月
ISBN-4167687038

評価:★★★

 ワールド・カップ真っ最中、試合描写が絶妙な、今が旬のサッカー物語。もちろんフィクションなのだが、実在の人物も多数登場。急逝した著者の遺作になってしまった。龍時01-02から続く「龍時」シリーズ第三作目。
スペインでサッカー生活を送っていた志野リュウジ。リーグ最終戦を終え帰国の途へつく。突然、アテネ五輪本大会前の合宿へ追加召集された。ところが、呼び寄せた平義監督の目的は、硬直したチームへの「当て馬」。
俄サッカーファンの私もリュウジとピッチに立っているようにワクワクした。で、今回も遣ってしまいました。03-04を半分ほど読んだ所で、シリーズ第一作の「01-02」を買いに走ってしまった。(シリーズ物は、一作目から課題にして頂けると非常に嬉しいのだが(笑))
著者は、このシリーズをライフワークに位置づけ。リュウジが引退するときと、その後の人生まで書くつもりだった様だが、非常に残念である…合掌。
日本に本物のリュウジ登場する日も、そう遠く無いのだろう。

さよなら、スナフキン

さよなら、スナフキン
山崎マキコ (著)
【新潮文庫】
定価620円(税込)
2006年5月
ISBN-4101179425

評価:★★★

 小説と言うよりは、連載コラムの様な雰囲気。非常にテンポが良く読みやすい。また、主人公の心理描写も織り交ぜられているので分かりやすい。著者の自伝的要素が盛り込まれている。サックリ読める。
“人から必要にされたい。ただそれだけだ。” 大学も二つ目、年齢的には三浪と同じになる、大瀬崎亜紀。自分自身にあまり自信が無く、流されながら生きている。偶然バイトに採用された小さな編集プロダクション。彼女は、シャチョーに見込まれ頑張るが。
「〜してはいけない」という命令が大嫌いなスナフキンの様な大人に成りたいと、不器用ながらも懸命に奮闘を続ける。
 章の題名や目次が言い得て妙、と言う感じ。アイデンティティの確立は、どんな人間でも難しい。妥協することを覚えないと尚更に難しい。誰の事も憎まず生きていく亜紀は、流されている様に見えるが、実はトンでもなく器の大きい人間では無かろうか。

ブレイブ・ストーリー

ブレイブ・ストーリー (上・中・下)
宮部みゆき (著)
【角川文庫】
上巻定価700円(税込)
中巻定価700円(税込)
下巻定価740円(税込)
2006年5月
ISBN-4043611110
ISBN-4043611129
ISBN-4043611137

評価:★★★★★

 子供から大人まで楽しめるファンタジー。主人公の亘(わたる)は、現実と幻界(ヴィジョン)の2つの世界で生きる事を学び、成長していく。上・中・下巻のかなり厚めの3冊だが、それでも読み足りないほど、物語に引き込まれていく。
 小学五年生の亘が、偶然?必然?女神の気紛れ? で見つけた、異世界への入り口。どうしようも無い現実世界の運命を変えるため、亘は、「ワタル」になり幻界での冒険へ旅立つ。生きるとは? 運命とは?
 布石として重要な役割を果たしている現実世界の描写。上巻の300ページも使って描かれているのだが…諸説色々あると思うが、敢えて言わせてもらう、不要。ハイファンタジー1本に絞って、徹底的に娯楽作品にしても良かったのでは無いだろうか。
人生とは難しいようで、簡単である。そう「勇気」さえあれば、どんな困難な事でも、どれほど悲しい事でも、乗り越えられる。他人を認める勇気、自分と向き合う勇気、現実を直視する勇気。勇気凛々! 「ヴィスナ・エスタ・ホリシア!」

非・バランス

非・バランス
魚住直子 (著)
【講談社文庫】
定価470円(税込)
2006年5月
ISBN-406275391X

評価:★★★★

 危うい心理状態。大人でも子供でも、些細な事がきっかけで、こころのバランスを崩す。傷ついている二つのハートが出会った。同情なのか、友情なのか。氷解するこころ。さらりと読めるのに、こころにしみじみ残る作品。
「タスケテ」思いがけず出た言葉。ずっと隠していた、気付かない振りをしていた。噂のミドリノオバサンと勘違いした、私。些細な事が原因で、苛められた小学時代。引っ越し先の中学校で強くなるために、心に決めたこと。一つ、クールに生きていく。二つ、友達は作らない。
 挫折が有るから強くなれると言うけれど、挫折など一生無ければ、その方が良いに決まっている。必要に駆られ、身に付ける強さは本当に必要なのだろうか? 自信が無いから群れる子供達。標的は弱者に決まっている。醜く歪んだこころ。追いつめられた袋小路から抜け出すきっかけも、また些細な事なのだろう。

ジゴロ

ジゴロ
中山可穂 (著)
【集英社文庫】
定価460円(税込)
2006年5月
ISBN-408746041X

評価:★★

 表題を含む五編の連作短編集。主人公はレズビアンのストリートミュージシャン。のっけから濡れ場でドキドキする。通勤時には不向きな一冊かも(笑)。女性の花園へようこそ。
 主人公カイは、一風変わったストリート・ミュージシャン。新宿二丁目界隈では、それなりに有名人。夫婦と呼べない夫の居る、人妻。中学二年生の息子が居る、悦子。少しだけ家庭に問題のある高校生、靖子。ラテンのリズムで生き、愛用のギターを託してくれた、小百合。恋人でキャリアウーマンのメグ。情熱的な欲望は、日だまりの様に穏やかな暖かさへと移行していく。
 著者のあとがきには、「肩の力をぬいて楽しみながら書いたもの」とあるが…読み手としては、微量の嫌悪感を持ってしまった。もっとも、私は多少の偏見と、かなり保守的な考えを持っている人間である事に注意して欲しい。
 追伸、天丼どころか、食傷気味です。

隠し部屋を査察して

隠し部屋を査察して
エリック・マコーマック (著)
【創元推理文庫】
定価924円(税込)
2006年5月
ISBN-448850403

評価:★★

 著者のデビュー作である表題の「隠し部屋を考察して」を含む20本の短編集。全体で330ページ程の本なので、中にはショートショートも含まれている。ブラック、グロテスク、歪んだ世界、幻想的で猟奇的。何となく好きな作品もあるのだが、全体的には”???”のオンパレードになる。でもって読後感は…理由無く、微妙に凹んだ。
 スコットランド生まれ、カナダ在住の著者エリック・マコーマック。自国カナダでの人気よりも、日本での人気が高いらしい。何となく分かる気はする。リアリストが多い海外、ロマンチストな日本という辺りが理由の一端では無いだろうか(笑)
 この本に寓話的なものや、教訓を求めても無駄である。と言うか、考えるのでは無く、感じるのが正解なのだろう。私は感性が鈍いので、今ひとつ共感出来なかったが、合う人にはトコトン合うのかも知れない。もっとも、朝の通勤電車で読むと、一日仕事の効率が悪くなる事は受け合いだが。

フェルマーの最終定理

フェルマーの最終定理
サイモン・シン(著)
【新潮文庫】
定価820円(税込)
2006年6月
ISBN-4102159711

評価:★★★★

 BBC放送制作「ホライズン−フェルマーの最終定理」このTVドキュメンタリー関係者が記した、数学ノンフィクション作品。ピタゴラスからフェルマー、そしてワイルズまで数学の歴史を織り込み、定理の証明までを書いている。なかなか興味深く、面白い。数学的知識が無くても楽しめるが、有るとより楽しめる。
 十七世紀、天才アマチュア数学家、ピエール・ド・フェルマー。彼の気まぐれにより生まれた悪名高き「フェルマーの最終定理」。一世紀が過ぎても、四次(フェルマー)、三次(オイラー)と、二通りの場合しか証明されず、遅々として進まない。三世紀半に渡り、並み居る数学者を返り討ちにしてきた定理。終止符を打ったのは、数学者としては一風変わった、アンドリュー・ワイルズ。
「私はこの命題の真に驚くべき証明を持っているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない」…楽観主義の私は…十七世紀のテクニックを用いて証明するフェルマーを見てみたい。