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女信長 アイの物語 アジア新聞屋台村 ツアー1989 てけれっつのぱ 145gの孤独 月が100回沈めば 風に舞いあがるビニールシート 秋の四重奏 元気なぼくらの元気なおもちゃ


アイの物語
アイの物語
山本弘 (著)
【角川書店】
定価1995円(税込)
2006年5月
ISBN-4048736213

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評価:★★★★★
 こんなロマンチックな話、久しぶりに読んだ。山本弘って「と学会」の会長よね?って、あわてて略歴確認したくらい。予断は禁物なのだ。SF用語満載だけれど、苦手な人は読み飛ばせばよい。テイストはジュヴナイルだから、意外に読みやすいはず。フィクションの力を信じる人/信じたい人は必読。 
 意思を持ったマシンに人間が敗北した世界、一人の人間が美しいヒト型マシン・アイビスにとらわれる。彼にフィクションを聞かせたいというアイビスを警戒しながらも、それを許した彼は、夜ごと語られる物語にひかれると同時に、人間とマシンとの関係に疑惑を抱きだす。
 アイビスが語るのは、人間の良き部分がクローズアップされる幸福な物語だ。人間が作り出したものについて語ることは、人間について語ることでもある。愚かで不完全だが善なる人間の物語は、ラストに導くアイビスの策略。だから、最後に語られる「真実」は、すとんと胸におちてくる。ひどく絶望的なのに、希望のある世界を、私の頭はすんなり受け入れてしまうのだ。「それがiだ」。

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アジア新聞屋台村
アジア新聞屋台村
高野秀行 (著)
【集英社】 
定価1680円(税込)
2006年6月
ISBN-4087748146

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評価:★★☆☆☆
 巻末の著者略歴によると、「本書は、著者がかつて関わった複数のアジア系ミニコミ出版社での体験をもとに書いた、初めての小説である」とのこと。おおらかでパワフルな人々の働くエイジアン新聞社の逸話は、たしかにとても楽しいのだけれど、フィクションだと知りながら読むと、いささか失望を感じてしまう。事実か創作かという違いで、おもしろさの評価を違えるのは、筋違いかもしれないが、小説であるというのならば、素のエピソードを並べるという手法では物足りないなあ。語り手であるタカノさんの視点は存外さめていて、エイジアン新聞社の個性あふれる面々の観察者という立場から外に出てこない。フィクションであっても、物語の香りはしない。まるで物語のようなノンフィクションを書いている著者なのに、本当に不思議。タカノさんと、ニアリーイコールの高野さん、小説だからって照れちゃったのだろうか。
 とまあ、ここまでけなす必要は、きっとないのだ。だって、何度も言うが、個々のエピソードは楽しく、ときに不可解で、驚きにあふれているのだから。私の期待の方向がまちがっていたのだろう。

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ツアー1989
ツアー1989
中島京子 (著)
【集英社】
定価1680円(税込)
2006年5月
ISBN-408774812X
 

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評価:★★★☆☆
 1989年の香港ツアーで、いつのまにかいなくなった青年をめぐる4つの物語。青年が片思いをしていた女性、ツアーに参加した男性、ツアーの添乗員、ツアーのことを調べるノンフィクションライター。ツアーには仕掛人すら存在するのに、結局、15年前の真相は混沌としたままだ。ただ、『薮の中』的な世界を想像していると、軽く裏切られるわけで、ここで何度も奏でられるのは、無自覚に「なにかを置き去りにすること」への奇妙な感覚だ。ほんとうに何も思い出せない。なにかを思い出さなくてはならない。盗まれた記憶を取り返したい。もやもやぐるぐるとしたこの居心地の悪さが、こちらにも伝染して、未体験の読後感。どこからともなく立ちのぼる、虚無や官能や甘美のかおりの、濃度の高さに窒息しそうだ。ぼやけた頭でいくら考えても、記憶のしくみはわからない。
 個人的には、解決編というべき四番目のエピソードの評価に悩むところ。吉田超人、解釈しすぎでは。まあ、これがなかったら、読み終わったあと、本当に途方にくれてしまいそうなのだけれど。

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てけれっつのぱ
てけれっつのぱ
蜂谷涼 (著)
【柏艪社】
定価1890円(税込)
2006年6月
ISBN-4434076744

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評価:★★★☆☆
 御一新から数年をかぞえるも、江戸の雰囲気がまだ色濃く残っている明治初期が舞台の人情時代物。一話目『姫君さま』は、頑固大工の与茂三が主人公。二人の娘に愛情をそそぎ、成り行きで飼うことになった狆(姫君だ)にめろめろになってしまう与茂三を愛さずにはいられない。人生が甘くないように、この短編も決して甘い結末には終わらないが、読後感はすがすがしい。四話目で、十五年を経た与茂三と姫君は再び登場する。ほろ苦さの絶妙なる案配を堪能してほしい。
 5つの短編は、ゆるやかにつながっていて、趣向を飲み込むと、次は誰と誰がつながるのかしらなんて期待も楽しい。世の中せまいなあ。て、つながりすぎ!というつっこみは、ぐっとのみこむべし。
 ちなみに、「てけれっつのぱ」とは、落語に出てくる呪文。帯にもあとがきにもふれられているのに、本文での説明はほとんどなし。気になっていろいろ調べちゃったよ。それで五話目が『死神』なのか、とうなずく私のような読者にとって、これはちゃんと書いてくれた方が親切。

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145gの孤独
145gの孤独
伊岡瞬 (著)
【角川書店】 
定価1680円(税込)
2006年5月
ISBN-4048736922
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評価:★★★☆☆
 ああ、またかと思ったのだ。皮肉がちな一匹狼だが、実はお人好しの中年男。野球選手としての栄光と挫折を経験し、今はしがない便利屋稼業。私はハードボイルドを好まないので、この手の小説にはつい点が辛くなる。倉沢がくだらない減らず口をたたくたび(本当にくだらないのだ。34才でこのオヤジくささはまずかろう)、いらいらがつのり、助手の春香でなくとも、凶暴な気分になる。でも、この小説、相当ウェルメードな出来なのだ。倉沢が扱う事件も、倉沢自身の事件も、みかけどおりに単純ではなく、意外な結末があり、それは苦くとも希望をつなぐに足る可能性をもっている。暴投で自分と友人の選手生命を絶つという深い傷に、なかなか立ち向かうことのできない倉沢を、いつしか見守ってあげたい気もち。倉沢がからむ人々にしても、けっこうベタな設定には違いないのだが、不思議に白々しくはない。結果オーライというのなら、実に満足できる一冊であった。

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月が100回沈めば
月が100回沈めば
式田ティエン (著)
【宝島社】
定価1680円(税込)
2006年6月
ISBN-4087747956

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評価:★☆☆☆☆
 高校生のコースケはサンプルのアルバイトをしている。サンプルとは普通の高校生の代表として選ばれた、市場調査の対象だ。サンプル同士は知り合ってはいけないし、口外も御法度だが、コースケはアツシと知り合った。行方不明になったアツシを探し、コースケは美人女子高校生サンプルの弓に接触。渋谷を舞台に彼らの調査が開始する。
 探偵小説好きの弓の小理屈に、はじめはふむふむと興味をもって読んでいたものの、弓に関心をよせる社長やらコンビニ店長やら、果てはコースケまでもが本筋とは関係ないことを垂れ流しだすので、だんだんうんざりしてきた。説教くさいったらない。本筋のミステリ部分がお留守な印象は否めず、オチも納得いかないとあっては、ありもしない根性で最後まで読んだ甲斐もなかったという気もち。あ、ひょっとして、本筋は説教の方だったか。こういうのが好きな人にはたまんないのかもねえ。私はちょっとパス。

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風に舞いあがるビニールシート
風に舞いあがるビニールシート
森絵都 (著)
【文藝春秋】 
定価1470円(税込)
2006年5月
ISBN-4163249206

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評価:★★★★☆
 いわずとしれた直木賞受賞作。子ども向け森絵都しか読んだことがなかったのだが、さすがに当たり前みたいにうまいのね。不器用で一本気な少年少女の面影が、本書の短編集の主人公たちに重なる。硬質な文章とユーモアのバランスも相変わらずここちいい。力強い明るさを与えてくれるという点で、六作いずれも遜色なし。お買い得です。
 『犬の散歩』は、捨て犬保護のボランティアをしている主婦が主人公である。なりゆきではじめた捨て犬保護は金がかかり、水商売をしているが、夫の理解は得ているし、義父母との仲も良好、肩に力の入った様子はない。なりゆきといっても、その動機は真摯なものだ。「自分には関係ない、と目をそむければすむ誰かやなにかのために、私はこれまでなにをしたことがあるだろう?」という問いに思わず黙り込み、偽善もなく偽悪もないこの短編に背を押される。しかも、恵利子と義母の犬バカなやりとりに笑ったり、犬と義父との関係にじんわりきたりと、それはもう読者の感情をいそがしくさせる好短編なのだ。

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秋の四重奏
秋の四重奏
バーバラ・ピム (著)
【みすず書房】
定価2940円(税込)
2006年5月
ISBN-4622072165

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評価:★★★☆☆
 イギリスでの出版は1977年。同じ職場で働く、定年間近の男女が四人。全員がひとりぐらしで、窓際業務に甘んじ、代わり映えのしない毎日を送っている。代わり映えのしない、というのは語弊があって、それなりに物事はおきているのだけれど、表立って騒がないからドラマには発展しない。賢明というよりは、習性で作り上げられる「穏やかな」日々。四人の誰かに肩入れするでもない、著者のつきはなした視線は、意地悪でもあり、優しくもあって、地味きわまりない小説だが、意外にもスリリングなのだ。
 変人度の最も高いマーシャの老いゆくさまは、冷静に考えるとひどく痛々しいものであるはずなのに、哀れみはきっぱり拒まれる。缶詰をためこみ、食べ物を極端に制限し、被害妄想におちいり、恋した医者をストーキングする。滑稽で醜いその姿は、でも、決して不幸というフィルターを通されていない。他人事だという気もちと心配の間をいったりきたりする3人と同様、ぎょっとしつつも受け入れてしまうのだ。誰もが美しく老いるわけではないし、その必要もないのよね、と妙に新鮮な驚きを感じる。

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