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ハリガネムシ
ハリガネムシ
吉村萬壱 (著)
【文春文庫】
税込600円
2006年8月
ISBN-4167679981

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  久々湊 恵美
 
評価:★★☆☆☆
 これは……かなり不快な気分になる作品です。それは間違いないように思います。
とにかくグロテスクなまでに暴力と性が全編を覆っていて、登場する人物達は吐き気すらもよおすような人物造詣。
主人公のとっている行動が、とてもじゃないけどついていけない、わけではなく何だかちょっとわかるなあ。なんて思ってしまうのも自己嫌悪になってしまう。
多分そこから人間の可笑しみのようなものが生まれてくるんだろうけど、結局そんな様には受け止められなかったなあ。
読了後、一体なんだったのだ。と、虚しい気分にも。
以前知人の脚本家が、「最近流行っている作品は死と無気力が蔓延している。」と言っていました。
このハリガネムシは3年前の作品ですが、依然としてその蔓延したものが続いているのかと思うと、何だか寂しい気持ちになりました。
好みもあるのかもしれないのですが、私はもっと『生』を感じたかったのかもしれません。

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  松井 ゆかり
 
評価:★★★☆☆
 小説というものは、作者の「書かずにいられない」という欲求によって創作されるものかと思うが、そうだとすればこの作品もやはり筆者がどうしても表現したくて生み出したものであろう。暴力的な衝動や性欲が発生すること自体はしかたないかもしれないが、この小説にみられる過剰さは残念ながら自分が小説に求めるものとは違っていた。しかしもちろん、「こういうものを読みたかった」と思う人もいるだろう。作者が書きたかったものが読者の読みたいものであれば、こんなに喜ばしいことはないし、もしかしてその読者とはあなたかもしれない。幸福な出会いがありますことを。
 この本で胸を打たれたのは、併録作「岬行」の主人公が図書館で見かける老人の本の読み方だ。彼は分厚い本の任意のページを開き、暫く眺めた後数行の文章を写し、また他の本を物色し始める。ゾッとするような焦りに襲われるのかも、死ぬまでに何冊読めるかを計算したのかも、と主人公は推測する。本好きには身につまされるエピソードだ。

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  西谷 昌子
 
評価:★★★★★
 サチコという女を見ていると、自分の中にある残虐な衝動が頭をもたげる……。恐ろしい気持ちにさせられるのは、主人公のうちにある、サチコを傷つけたいと願う暗い衝動が自分の中にもあると気付かされることだ。例えば小学校の時にいじめられっこを見ていたときの、あのいらだち。普段張り詰めた人間関係を送る反動なのか、少し世間のルールに疎い者を見ると傷つけてやりたくなる。苦しんで悲鳴をあげる姿を見たくなってしまう。そんな衝動が自分の中に眠っていることを突きつけられて愕然とする、これはそういう小説ではないだろうか。
なぜそんな衝動を持つのかわからない。だが漠然と、この主人公はサチコを傷つけながら、自分自身を傷つける喜びを感じているのではないか? と感じた。サチコのどの部分が自分なのか……何ヶ月、何年と時間をかけてゆっくり考えてみたいと思う。

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  島村 真理
 
評価:★★★☆☆
 そんなに人間のおぞましいところを書かなくてもいいじゃないか!と言いたい。
 でも、読んでしまうんだよなぁ最後まで。ずるずると暗いところへ引きずられていく気持ちよさと、落ちぶれて堕落して墜落していくよどこまでも……というしょうがなさ。
 「ハリガネムシ」では、ソープ嬢のサチコと高校教師の慎一が、四国での堕落旅行後、慎一のサディスティック面が表にでてくるあたりから、「岬行」では、青樹岬でお金がなくなりどうやって町まで戻るか途方にくれるところが怖かった。直接的な痛みへの恐怖と、現実的な怖さ(無一文=生きていけない)。ふたつはまったくの別物だけど、おびえてしまう。
 とにかく、作者に「オラオラ」と責めたてられているようなのです。まるで、感情のない医者に人体実験されてるみたいな。
 だけれども、最後までやめられない。本を閉じたときに“お話でよかったなぁ”と安心できるから……なのかな?

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  浅谷 佳秀
 
評価:★★★★★
 人間は心のどこかに残酷で攻撃的、あるいは破壊的な欲望を持っているのではないかと思う。そしてそれは生存本能とセットになっているんじゃないだろうか。子供のいじめなんか、それをよく表している気がする。で、そういうもともとの性向を発露させにくくするのが親の愛情とか、教育とか、望ましい社会環境の力などではないだろうか。そこには本の力、というものも入るだろう。でも本作は、そういう見地からはちょっと…。
 この作者の作品はどれもが、まともな人間が無意識の領域に押さえ込んでいる、この危険な欲望の熾に、ふうっと息を吹きかけてくるようなところがある。文部科学省や学校図書館の推薦図書には絶対になりえない、というか、そういう機関からチェックされそうな、妄想力を全開にしたような作品ばかりだ。
 私は暴力は大嫌いだ。DVとかの話を聞くとぞっとするし、自分の感情をコントロールできない人間は怖い。暴力とか銃なんかが出てくる映画とかも好きじゃない。でも、この作品は嫌いじゃない、というかむしろこの作者の他の作品同様、かなり気に入っている。そこに描写されている暴力は半端じゃない。殺伐としていながらちょっと歪んだユーモアに満ちていて、ほんとえげつない。それなのに透徹した眼差しがどこか常に感じられる。

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  荒木 一人
 
評価:★★★★★
 堕ちていく、腐臭を放ち、澱のように溜まり、やがて蠢く負の感情。人は仄暗い感情を見ないように、或いは、押さえ付け飼い慣らし共存していく、一生。
不思議だ……。全く完結していない様な感情を抱いたままなのに、妙に納得している自分に戸惑う。禁忌に触れる作品。「ハリガネムシ」、「岬行」の二篇。

ハリガネムシ:第129回芥川賞受賞作 主人公は二十五歳の高校教師。サチコは底辺を這いずる痩せた小さな女。サチコからの一本の電話により抑えてきたモノが蠢動しだす。

 暴力や性交の描写が凄い訳では無い。なのに、記憶に強烈に残る。これが純文学なのかと納得してしまった、作品。
 爽快感とは程遠い、嫌悪感で一杯と言いたい……。が、読後、ざわざわと心が騒ぐ、実は我が身の内に飼っているのかも知れない、自分がその嫌悪するモノ自体かも知れない。慄然とする。著者が恐い、自分が恐い、他人に薦めるのが恐い。
 他の読者は、このカタルシスを押さえ込めるのだろうか?

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  水野 裕明
 
評価:★☆☆☆☆
 人間の持つ暴力的で破滅的な衝動をありのままに描いて私小説風にまとめた作品とも言えるし、単に自身の持つ加虐的な嗜好を赤裸々に綴った自虐的な性欲日記としか思えない作品とも感じられるが、芥川賞を受賞したと言うことだから、きっと文学的な価値があると評価されたんだろうと思う。が、こんな主人公とソープ嬢の関係の描き方というのは一昔前の日活ロマンポルノとかによく見られたもので、別段の新しさを感じないというのが正直なところなのだが……。こう言ったことを純文学の分野で表現したことに対して評価されたのであろうか……。主人公への共感も、物語としての楽しさも、人間性に対する洞察もあまり感じられなかったが、ポルノ小説として読めば、エロ・グロ・暴力描写はけっこうドキドキさせられて、それなりに読者がつくのだろうかと思えた。

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