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勝手に目利き
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無名
無名
沢木耕太郎 (著)
【幻冬舎文庫】
税込560円
2006年8月
ISBN-4344408284
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  久々湊 恵美
 
評価:★★★★★
 死が迫っている父と、それを見守りながら自分と父とのつながりも見つめていく息子。
会話のひとつひとつから、父親をとても尊敬していたのだろうという事が伺えました。
父親が書き溜めていた俳句を、一冊の本にするかどうか互いに食い違う思い。
「無名のまま」でありたいと思う父、「無名のままでは」と思う息子。
とても対照的に思えるのに、どこか似ている頑固さのようなものも浮かび上がっていたような気がします。
親子の深い絆のようなものをみて、ハッとさせられました。
心に残った言葉は父が「生きすぎてしまった」という一言。
とても寂しい言葉だけれど、息子の心の動きを通して父親自身が「今が死ぬべきときである」と感じた事がとてもよく伝わって。
読了後、自分自身の父の事、母の事を考えました。いつかそんな風に感じる事があるんだろうか。うーん、寂しい…。

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  松井 ゆかり
 
評価:★★★★★
 私の父は3年前くも膜下出血で亡くなった。享年61歳。家族の誰もまったく予期していなかったことだった。
 くも膜下出血というのは、一命を取り留めた場合には重い後遺症が残りやすい病気なのだそうだ。周りの方からは「もし助かっても後遺症に苦しむことがあったら、お父さんも家族も大変だった。つらいけれどこれでよかったのかもしれない」と慰めの言葉をかけられた。私もそう思うことで自分を納得させようとしたのだが、罪悪感のような後ろめたい気持ちは消えなかった。父は生きたかったのではないか、どんな姿になろうと生きていたかったのではないかと。
 「無名」には、著者の父親の闘病の日々とその死が描かれている。私の父に訪れた死もこのようにゆっくりとしたものだったら、もっと落ち着いてあるいは覚悟を決めて、自分も別れることができたのだろうか。沢木さんをうらやましく思うと同時に、どんな死であっても遺されたものの悲しみが軽減することなどないのだという思いが胸をかすめもする。

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  西谷 昌子
 
評価:★★★☆☆
 死の床に伏す父を描いたノンフィクション、と聞くとひどく感傷的なものを想像してしまう。だがこの作品からはどこか冷静な印象を受けた。筆者の心情を細かく述べているにも関わらず。
例えば、父が創った俳句を解釈するくだり。「老いしかな熱燗五勺飲みきれず」という句に対して、酒好きだった父の姿を回想し、「あらためて父の深い老いを思わないわけにはいかなかった」「このさらりとした句からはうかがいしれないほどの悲哀がこもっているように見える」と述べる。この解釈に非常に突き放したものを感じるのは私だけだろうか。親子間の愛や憎しみといった複雑な感情が、ここには感じられない。だから父の句集を出した筆者が、本当に父は句集を出すことを望んでいたのだろうか、自分は何もわかっていなかったのではないか……と悩むくだりが胸を打った。願わくば、そこで父は無名であることを望んだという結論ではなく、父という人間へのさらなる追究が読みたかったが……。

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  島村 真理
 
評価:★★★★★
 親を見送る日というのがある。誰にでもあることで、どれもありふれた風景だけれど、死を看取るというのは悲しいからと泣いてばかりはいられない。生の営みの厳かな最終儀式だから。
 父親との会話には、息子としての近さがなくて、他人行儀で驚いた。でも、かえってそこに尊敬と愛情を見いだすことができる。父親と息子の距離感が絶妙だと思った。
 父親の入院から、「まさか」が徐々にあきらめと覚悟に変わっていくところ、かつては裕福な時代がありながら、最後は工員として働いた父への思い、たくさんの本を読んできたという積み重ねた知識への尊敬の念、書き溜めた俳句を本にしてあげようとするところ、それを語る行間から息子の愛情がにじみ出ている。生きた軌跡をたどりなおすことで、もう一度父親を理解し触れ合うという発見の時間があるように思う。
 まだ、私は両親とも健在なので、どのように折り合いをつけるかはわからない。沢木氏は書くことで気持ちの整理をしたのだろうなと思う。

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  浅谷 佳秀
 
評価:★★★★☆
 89歳になる父親が病に倒れ、亡くなる前後の日々を、ノンフィクションの書き手として誰もが知っている「有名な」作者が、静謐な筆致で淡々と綴った作品。
 年老いた父親が体調を崩し、入院する。ひょっとして、という思いが作者の頭をよぎる。「父ほど本を読んでいる人を他に知らない」と息子に畏敬の念を抱かせる教養人であり、一方で「叱られた記憶がない」というほどに温和だった作者の父。作者は父親の生きてきた足跡をたどり、父親の詠んだ俳句を1冊の句集にまとめることを思いつくが、父親からはあっさり断られてしまう。かつて作家を目指そうとしたこともある父親が選択したのは、溶接工として、そして全くの「無名」として市井に埋没する人生。飽くなき自己顕示欲というものが欠けていたこと、それが父親の才能の限界だった――文筆で身を立てるようになった作者は、プロとしてそう父親を評する。だがその言葉には、父親への限りない敬意が込められている。
 結局、句集をつくる話に最終的には父親は同意し、病院を退院して自宅マンションで息を引き取る。いい死に方、いい看取り方の見本かもしれない。いくつかの句が本作の中で紹介されているが、それらは素人の手慰みの域をはるかに超えていて素晴らしい。この句集、できれば私も欲しい。なんとかして出版していただけないものだろうか。

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  荒木 一人
 
評価:★★★☆☆
 いつかの夜に、絞り出すような声で父が呟いた言葉を思い出したからだ。「何も……しなかった。何も……できなかった」(本文より抜粋)
 人は生まれ、そして死ぬ。当たり前のことを、粛々と受け入れる。著者が自分の父を見送るまでに、行うべき事、問うべき事をしずかに描いたもの。さすが、人気ノンフィクション作家が描いた作品。親子は、好むと好まざるとに関わらず似るのだろうか。癖も、書く文章までも。
 今年、父の十三回忌を終えたばかりの私も、父との事を色々思い出してしまった。色々後悔する事も多いが、そのうちあの世とやらで会えるのならば、腹を割って父と話してみたい。

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  水野 裕明
 
評価:★★★★★
 病んで弱っていく父の様子とその父の過去、自身の幼年時代、青年時代を思い起こし静かに記した、父への想いにあふれた本当によくできた佳作だが、この課題図書が届いた頃から家族の一人が病気で衰弱し、同じように器具を付けられ付き添うことになったので、読んでいて身につまされて悲しく、辛く、作品としてはよくできているのだが涙で曇って、読み進めることが難しかった。ノンフィクションの名手として名高い作者が、自身の父を対象としてその最後の日々を、亡くなってからかなりの日時をおいて冷静に振り返り、書き起しているのだろうが、描かれている病状の節目節目の家族の動揺や心の動きがまったく同じなので驚くと同時に、その筆力はさすがと感嘆してしまった。いつの日か、こんな風に亡くなった家族を想い返し、その最後の日々を気持ちに波立てずに書き起こすことのできる日が来るのだろうか……。

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