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一瞬の風になれ
一瞬の風になれ
佐藤 多佳子(著)
【講談社】
定価1470円(税込)
2006年8月
ISBN-4062135620
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  小松 むつみ
 
評価:★★★★★
 サッカー一家に育った少年が、高校入学を機に陸上部に転向。風変わりだが、抜群の才能を持つ親友や、走ることにひたすら熱い友人らとともに駆け抜ける、まさに風のような青春ストーリー。
 青春モノ、しかも、スポーツものというと、熱くギラギラした作品を想像しがちだが、けしてそんなことはない、どこまでも爽やかで、一見、淡々と静かでさえある。しかし、真摯にひたむきに走ることに取り込む少年の、熱い情熱は読むものにヒタヒタと打ち寄せる。まるで、少年の一日一日を追うように、丹念に記されていく。
 帯には、『青春小説の旗手』とあるが、そんな枠でくくるには、佐藤多佳子はあまりに多彩ではないか。
「しゃべれどもしゃべれども」が有名だが、あるときは、落語、またあるときはスリ、そして今回は陸上。とても自然なので、見過ごしがちだが、一つ一つ、綿密に取材し、それを咀嚼し、吟味し、巧みに、そしてさりげなさまでも醸し出す、秀逸な作品に仕上げられている。
 青春小説などを読むと、ついついその母親などに共感を抱きがちなお年頃だが、さすがは佐藤、そんな前例をものともせず、私も、彼らとともに青春を走ることができた。
 続巻が楽しみ!

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  川畑 詩子
 
評価:★★★
 美しいフォームの走りを見るような爽快な文章。今まで陸上には興味が無かったのに、競技の魅力や、リレーの醍醐味を感じることができた。
 主人公の少年二人が、こぎれいというかちょっと現実味が薄く感じるのが自分としては物足りないが、この二人の走りに胸が熱くなるし、見守りたくなってくる。
 片方の少年はサッカーを極めたかったのに、努力ではどうにもならない壁に苦しんで、サッカーをやめた経歴を持つ。その彼が「夢は?」と聞かれて答える「速くなる」というシンプルで力強くて美しい言葉。陸上部員たちは才能のある人もない人もみんな陸上を愛して、走ることにひたむきに向き合っているのがいい。
これは全3巻のうちの1巻目。副題は「イチニツイテ」だから、3巻目はゴールではなく、きっと「スタート!」。彼らがどんなスタートを切るのか楽しみ。

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  神田 宏
 
評価:★★★
 表題のように読後さわやなな風が吹き抜けた。「黄色い目の魚」を読んだ時も思ったのだが、今を生きる思春期の青年をこんなに生き生きと書けるなんて凄い! 
 サッカーの天才神谷健一を兄に持つ新二は凡庸なサッカー青年。おっ、これは「タッチ」のサッカー版かと思いきや、新二は高校に入ると陸上を始める。新二の友人、一ノ瀬連は中学のときから天才スプリンターとして世間の注目を集めていたが、ダルい性格からか陸上をやめていた。そんな、連の走る姿の美しさに感動した新二は連の走りが見たいと一緒に陸上部に入り4継(4×100mリレー)を走る事になる。が、連は合宿からは逃げ出すは、大会前の大切な時期にイアリアに住む母親の所に行き、向こうで恋をして帰ってこないはで、そんな連にチームメイトの根岸が「おまえの走りを見ていたいんだ、短距離やってるモンの夢だ」「神様にもらったものを粗末にするな。もらえなかったヤツらのことを一度でもいいからかんがえてみろ」と泣ける台詞で鼓舞する。新二、連、チームメートの言葉にはならない思いがバトンに引き継がれてフィールドを駆け抜けてゆく。帯には「全3巻 3ヶ月連続刊行開始!!」とあり、こりゃ読むしかないでしょ。新二たちがどこまで早くなるか気になるしね。巧いね講談社さん。

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  福井 雅子
 
評価:★★★★
 サッカーをあきらめ陸上競技を始めた高校生が、仲間とともにただ「速くなる」ことを目指して走り続ける青春小説陸上部版。この年代特有の、カッコつけてみたり、落ち込んでみたり、迷ったり、熱くなったり……そういう彼らの姿が歯切れのいいさらりとした文章で語られてゆく。
 一貫して高校生の目線を保ち、彼らの間の空気がうまく描けているせいだろうか、陸上競技には縁のなかった私でもなぜか懐かしさを感じながら読んだ。才能に恵まれた少年たちを中心に描いているため、ややできすぎている印象はあるが、とにかく読後感がさわやかで、前向きな気持ちになれる。第一巻は本格的に陸上競技の道に足を踏み入れたところで終わってしまったが、今後の彼らの成長が楽しみである。ということで、続編は読まずにいられない。

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  小室 まどか
 
評価:★★★
 負けず嫌いでアツい主人公、天才で努力型の兄、天才だが努力はキライな親友、ちょっとクセのありそうな顧問の先生や仲間たち。部活の陸上(リレー)にかける高校生活、熱い友情やライバルへの対抗心に淡い恋……超典型的スポーツ青春漫画のような設定だが、女子校で青い春とは無縁としかいいようのないインドア派高校ライフを満喫していたひとりっ子の私にも、意外と楽しめる作品だった。
 それは、なんだかかわいい弟分が、秘密を漏らされる心配のないちょっと離れた立場にいる気の置けない存在相手に、素直に日々の想いを問わず語りするかのような文体が親しみを湧かせ、形は違えど誰もが経験する思春期の頃のコンプレックスが共感を呼ぶからか。気恥ずかしいけれど不思議と懐かしい気分になる。特に、主人公が兄と同じサッカーの世界では得られなかった才能と根性への自信を感じ始めるあたりは小気味いい。
 まだ始まったばかりの彼らの物語、今後の展開が気になるところだ。

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  磯部 智子
 
評価:★★★★
 サッカー狂一家に育ち、当然のようにサッカーを続けてきた新二。それが高校入学を機に幼なじみの連と共に陸上部へ入部する。サッカーには限界を感じていた、兄のような天才と違って。中2の時全国7位だった連も天才的スプリンター。でも新二は楽しい、ただ早く走る事が楽しい。サブタイトルの「イチニツイテ」の通り、新二たちはスタートラインに立ったばかり。その浮き立つような感じ、それぞれが孤独だと言う事をお互い知っている心地よさなど、読んでいてヒリヒリと伝わってくる。「俺」の一人称で語られ新二の目線と一体化するが、彼は「引き」で物事を見ているので違和感は無い。「自分が特別な人間」だということが分かってないように見える天才を兄と親友に持つ冷静な新二が、初めて自分の意思で選択した「走る」ことに、どれだけ熱く本気になっていくのか。天才にとっても1番であることの孤独、目の前に誰かの背中が無い辛さはどういうものなのか。全3巻の始まり、爽やかでやや安定感があり過ぎる気もするが、これからの展開に期待したい。

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  林 あゆ美
 
評価:★★★★
 新二は、もともとサッカー部だった。兄貴もやっていて家族もサッカー好きで、サッカーをやらずして何をやるという家族環境。ところが、クラブの試合がめちゃくちゃ最低の出来でへこんでいたら、友人の連に「ボールなんてなけりゃ、おまえ、もっと速いのに」と、運命の言葉をかけられる。この言葉がすべてではないけれど、新二は連とともに進学した高校で陸上部に入部して走り出す。ボールがないおかげで、そしてそれは字面だけじゃなくいろんな意味で新二を解放した。
 YA(ヤングアダルト)からデビューし、その後一般書に移る作家が多い中、YAをまた書いてくれてすごくうれしい。デビュー作からずっと読んでいた。どんどんおもしろくなり、特に会話が生き生きしている。本書も新二と連のかけあいがおもしろい。強烈な個性をもち、天才的才能をもつ連がいるから、新二の天然の才能も光る。走るといういたってシンプルな競技を、このふたりを軸に魅力的に描いている。かけひきや大会で走ることの緊張、プレッシャーの描写はぞくぞくする。2巻はもう出ているし、3巻も今月には刊行される。これからの展開を多いに期待して――3巻よ、はやく発売日になれ。

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