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勝手に目利き
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恋戦恋勝
恋戦恋勝
梓澤 要(著)
【光文社】
定価1680円(税込)
2006年8月
ISBN-4334925146
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  小松 むつみ
 
評価:★★★
 町人文化の爛熟した江戸を舞台に繰り広げられる、連作恋愛譚。「八犬伝」の著者・滝沢馬琴と、その息子の嫁の二人を軸に、周囲の人々の恋愛模様を描いた短編6篇。
 よくフォトフレームのサンプルにモノクロの外人の写真が入っている。妙にかっこよく見えるのは、外人だと不思議と日常性やリアリティが薄くなるからだ。時代小説にも、同じようなことが言える。時間軸を押し戻すことで、現実からの距離が遠のき、例えばあまりに突拍子もないことや、ものすごく恐ろしいことや、気持ちの悪いことでも、うまくはめこむことができる。
 口述筆記の誤りというエピソードもあいまって、タイトルは振るっている。とても達者な書き手だと思う。でもなぜか読後感が気持ち悪い。男女の話はきれいごとではすまないことは、重々承知しているが、先刻承知のことを、わざわざ再認識するだけでは終わりたくない。

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  川畑 詩子
 
評価:★★★★
 『南総里見八犬伝』滝沢馬琴の家に嫁いだ路(みち)と、その周りの女性を描いたオムニバス。婚家は息が詰まりそうな所で、遠縁に同じ名前があるからと自分の名前すら変えさせられて暮らす毎日。さらに家計も苦しくて苦労の連続。それは頑なで依怙地にもなりますよ、当然。だから、路が来し方をふり返る巻頭の話は正直読むのがしんどかった。
 ただ、話の主役が変わるうちに見えてきたのは、この嫁と舅はさりげなくお互いを気遣いあい、尊敬しあっているということ。
 優雅に暮らしているように見える女性が、別れた元夫に注ぐ思いがいじらしい「一陽来復」、嫉妬が憎悪に変わる一瞬をスリリングに描いた「恋は隠しほぞ」、少女が大人になり
かける姿が少し切ない「色なき風」など、様々な恋心が細やかに描かれているのだが、話に深みを与えているのは、長年かけてできあがったこの嫁舅関係なのだと思う。

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  神田 宏
 
評価:★★★
 「南総里見八犬伝」の滝沢馬琴が家に嫁いだ路とその周辺の女たちが江戸の町に繰り広げる艶かしくもどこか寂しい恋の物語。病弱な夫、宗伯に先立たれ気難しい姑も亡くなり、幼なじみへの恋心を密かに胸に抱きながらも目の見えぬ舅、馬琴の「八犬伝」を口述筆記しながら滝沢家を離れられない路の心を描く表題作。小料理屋の主人が妻を娘婿に寝取られながらも卑屈に生きながらえて行く「ゆすらうめの家」。紙問屋の主人とその妾たちの艶やかな情交を描いた「火の壁」。どれも江戸に住む市民の風情が今にも目の前に広がるような色彩鮮やかに書かれている。が、その艶やかさも長くは続かず、風前の蝋燭の火のように妖しく瞬いては深い陰翳の中に消えてゆくのだった。「いろいろあってこそ、人の痛みがわかる人間になれる。」最終篇でそう思う路の言葉には、恋を超えた女の軽やかさが感じられた。

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  福井 雅子
 
評価:★★★
 『南総里見八犬伝』で知られる滝沢馬琴の長男に嫁いだ女、路とその周囲の女たちの恋愛を描いた作品。江戸時代の女性と聞くと、身分の壁や経済的自立の難しさなどを思い浮かべて、とかく自分の感情を殺して生きる人生を思い浮かべがちだが、この本に出てくる女性たちは苦しみながらもそれぞれが自分の恋愛に正面から向き合っていて、ある意味とてもおおらか。それがとても新鮮に感じられた。夫を捨てる女、遊ばれていると知りつつ男を追う女、時間をかけて静かに夫婦の愛を芽吹かせ育てていく女……。共通しているのは自分の気持ちに正直であること。何かと制約が多く、女性にとっては今よりも生きにくい時代だったはずなのに、ここに登場する女たちはとてものびやかに映る。そしてちょっとうらやましいくらい潔い。
 女たちを含め登場人物がそれぞれとても生き生きと描かれていて、江戸時代にタイムスリップして実際に覗き見ているかのように楽しめた。歴史ものだが文章も上手いので読みやすい。

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  小室 まどか
 
評価:★★★
 戌年の今年、山田風太郎の『八犬伝』を年頭に読んだ。『南総里見八犬伝』の八犬士の活躍する虚の世界と作者の馬琴が戯作に励む実の世界が交互に描かれるなか、印象深かったのが、実の世界で盲いた馬琴を支え、その偏屈ぶりに閉口し己の無学を嘆きつつも、口述筆記を手伝う長男の嫁、路の姿であった。
 この路と馬琴との二人三脚の生活をもう少しのぞいてみたいという願いを叶えてくれたのが本書だが、路自身を含め、彼らのまわりでひっそりと狂い咲いては散る、江戸の女たちの恋模様を情感たっぷりに描いている。タイトルは路の書き間違えに由来しているが、「勝ち負けはともかく、出会うたら最後、無事ですまぬのが恋」というのは言い得て妙だ。
 やみくもなまでに必要とされたい、真剣な付き合いがしたい、必死で掴んだしあわせを守りたい、虚しさを埋めてほしい、本当の恋がしたい、憧れの人に振り向いてもらいたい……昔も今も変わらない、女たちの願いと、それを男たちに無意識に悪気なく裏切られる哀しさ、開き直るかのようなしたたかさを、見事に描ききっている。

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  磯部 智子
 
評価:★★
 恋というより情痴というべきか……江戸後期、時代背景的に仕方の無い部分もあるかと思うが、どうも被虐的な性愛描写を好まない為、ずっと居心地の悪い思いをしながら読んだ。
滝沢馬琴の息子の嫁・路は夫に先立たれた後、目が見えない気難しい舅・馬琴の『南総里見八犬伝』の口述筆記を手伝わされる。その路の話を皮切りに描かれる6人の女の色恋模様(と言うのがふさわしい)が濃密。「おなごにとっては恋こそが合戦」なのだから、皆一様に無傷ではすまない。「不義密通」「妾」「年増女」と身も蓋も無い表現も多く、それがある面事実に直結しているだけに益々時代の違い、言葉と意識が相関関係にあることなどを考えてしまう。読了後も目の隅で赤い腰巻がチカチカするような残像が暫く消えなかった。

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  林 あゆ美
 
評価:★★★
 江戸の町を舞台に語られる六つの恋愛譚。お路は作家、滝沢馬琴の息子嫁。夫を早くに病気で亡くしたお路は、一粒種の息子とともに、実家に戻らず滝沢家にそのまま住んでいた。姑が亡くなってからは、目を悪くした馬琴のかわりに、口述筆記を手伝うまでになる。滝沢の家に尽くしているようで、お路には、結婚前に心惹かれた相手がいたという「恋戦恋勝」が表題作。滝沢馬琴がでてくることから推測できるように、江戸の時代における書物の楽しみや出版についても興味深く描写され、本好きには、恋とは別の楽しみもあるのがうれしい。
 六つの恋はそれぞれ、やんどころない事情の中で、相手を思い、思われ、その人情の機微が愛しい。どの感情も、普遍的に誰にも流れるもの。時代が違えど、自分にひきつけられるところも多く、はぁとせつないため息をもらしてしまうこともある。どろどろする場面もあるが、何より、からりとした気っぷのよさが全編に流れている。

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