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WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫本班】2006年11月のランキング
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荒木 一人

荒木 一人の<<書評>>

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太陽がイッパイいっぱい グロテスク (上・下) 明治ちぎれ雲 サラマンダー殱滅 (上・下) 介護と恋愛 パイロット・イン・コマンド 真夜中の青い彼方 血の協会 (上・下) オウエンのために祈りを (上・下) 黒と青 (上・下)

太陽がイッパイいっぱい
太陽がイッパイいっぱい
三羽省吾 (著)
【文春文庫】
税込610円
2006年9月
ISBN-4167719010

 
評価:★★★★★
 愉快! 痛快! 爽快! ストーリは単純だが、面白い! 気取った処がないと言うより、なさ過ぎる、等身大の青春小説。荒削りだが、何かを期待させる作風である。読後感は、取り敢えず、頑張ろうかな(笑)。
 主人公イズミは、現在、三流私立大学四回生。一年程前に彼女のために始めた日雇い労働。ところが、仕事帰りのビールの旨さに、まいってしまう。大学では、「おもんない」が口癖だったイズミは、解体現場にリアルな日々を手に入れる。
 舞台は大阪で全編関西弁なので、もしかしたら好みが分かれるかも知れない。もちろん「太陽がいっぱい」は文庫本、アラン・ドロン主演の映画とも登場する。(原題「The Talented Mr. Ripley」、邦題も改題され「リプリー」になっている。)余談だが、ちくわぶは、暫く食べられなるかも。
 何を隠そう、採点員に選ばれた時の書評の一点が、三羽氏の「厭世フレーバー」である。(もちろん☆は5個だった。表紙でかなり損をしてると思われる作品なのだが。)それ以来、すっかり著者のファンになった。まだ、作品数の少ない作者だが、最近の新人ではいち押しである。

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グロテスク
グロテスク (上・下)
桐野夏生 (著)
【文春文庫】
(上巻)税込620円 (下巻)税込660円
2006年9月
ISBN-4167602091
ISBN-4167602105

 
評価:★★★★★
 圧倒的、圧倒的、筆致。現代社会の女性に潜む “怪物” を著した物語。
性差により、かなり感想が違うかもしれない。読後感は、茫然自失。
絶対、人には勧めない。絶対、再読したく無い。でも暫くしたら、絶対、再読する作品。
 昏い洞窟の奥に棲んでいる訳のわからないものを、呼び覚ましたのは誰だろう。
 語り部を気取る「わたし」、わたしの妹で怪物的美貌の「ユリコ」、天才的頭脳をもった「ミツル」、物事を客観的に見る事の出来ない「和恵」。四人が目指し到達する先は……
「怪物を書きたかった」、「悪意は文字でしか表せない、言葉でしか表現できない感情」、「この世の差別のすべてを書く」と言った桐野女史。
 人のもっている闇とは、斯くも昏く深潭なのだろうか。暗涙すべき事を指摘され、見ないようにしていたモノを眼前に突きつけられる。
 怪物は、著者自身ですか? 私ですか? それとも、あなたですか?

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明治ちぎれ雲
明治ちぎれ雲
平山壽三郎 (著)
【講談社文庫】
税込680円
2006年9月
ISBN-4062755181


 
評価:★★★☆☆
 御一新──慶応から明治に、江戸が東京へ。激動の世を庶民の視点から描く、明るく朗らか時代小説。内容も語彙も難しくないので、歴史小説が苦手な方も気楽に読める。
 元武士の今岡龍之介は日本橋小伝馬町の井筒屋で口入れ仕事を、妻のお駒は柳橋の万八楼で仲居の仕事を、そして、夫婦揃って内職の団扇作りをしていた。混沌とした明治時代、誰も彼もが右往左往していた。文明開化の牛鍋で、運を開くべく行動を起こす。
 信頼、人が生きていく上で最も必要な事のひとつである。夫婦である前に、他人の二人。その二人が信頼し、助け合い。己達の才覚だけを頼りに世にうって出る。
 殺伐とした現代だが、いつの世も人の営みに大差がある訳で無し。濁流の様な社会から少し離れて黙考するのも良いのでは。

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サラマンダー殱滅
サラマンダー殱滅 (上・下)
梶尾真治 (著)
【光文社文庫】
税込 各740円
2006年9月
ISBN-4334741223
ISBN-4334741231

 
評価:★★★★★
 一番好きなモノは他人に教えたくない私としては、本当は書評を書きたく無いのだが(笑)大好きな作品のひとつ。SFとしては三流、復讐劇としては二流、読後感は一流、そして、嗜好としては超特級。SFと言うより何でもありの娯楽大作。好みは真っ二つになると予想する。蛇足だが、何やら含むところが有りそうな、固有名詞にも爆笑して下さい。
「黄泉がえり」でメジャーに成りすぎてしまい、私自身の好みからは外れつつある昨今だが、初期の作品が面白い。
 神鷹静香は、平凡な24歳の主婦であった。一家で遊びに行く途中、汎銀河聖解放戦線のエルンスト・グレム暗殺というテロ行為の巻き添により、愛する夫の啓一と四歳になる愛娘の由里が消滅した。運命の悪戯により、生き残った静香の心は壊れる。
 静香を盲愛していた父:秋山題吾は決断する。生きる目的のために「愛」を失った娘に、「憎悪」と云う一番効果のある劇薬を使う事を。突飛な行動が出来ないよう、万一の事を考え安全装置をつけたはずだったが……
予想に反し、脆弱そうに見えた静香には、強靭な精神が宿っていた。

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パイロット・イン・コマンド
パイロット・イン・コマンド
内田幹樹 (著)
【新潮文庫】
税込580円
2006年9月
ISBN-4101160449

 
評価:★★★☆☆
 執筆当時、現役パイロットだった著者の処女作で航空サスペンスという作品数の少ないジャンル。面白く、気楽に読める一冊。フィクションらしいが、本音があちこちにちりばめられている雰囲気。読後感は、へぇパイロットって格好いいだけの職業じゃ無いんだね。
 ロンドン発NIA202便を操るのは、パイロット・イン・コマンドである「紅のタヌキ」こと砧道男機長、朝霧誠機長、そして主人公の江波順一副操縦士。 天候、要注意旅客(トラブルパッセンジャー)、特別旅客(被疑者護送)と刑事、縦割り組織による摩擦、種々の問題を内包したつつ飛ぶボーイング747-400型機。日本海上空、成田まで後少しのところで、大音響とともにエンジン炎上。
 ちょっと御都合主義的な展開と、色々な要素を取り込み過ぎている感は否めないが、それなりに楽しい。どんな世界でも下らない人間は居るし、それを解決しようと真摯に頑張る人間がいるのだろう。シリーズ第二作の「機体消失」も読んでみたい。

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真夜中の青い彼方
真夜中の青い彼方
ジョナサン・キング (著)
【文春文庫】
税込900円
2006年9月
ISBN-416770529X

 
評価:★★★★☆
 正当派、現代ハードボイルド小説。マックス・フーリマン(元フィラデルフィア市警警官)シリーズの第一作。著書と翻訳者のマッチングも良く、一気呵成に読める。有り勝ちなプロットなのに、全く飽きない。ページを捲る手が停まらない。一読三嘆。
 本書がデビュー作であるジョナサン・キング。よくデビュー作には、その作家の全てが現れると言うが、その台詞が本当なら、凄い作家に成っていくのだろう。このシリーズの原書は、第四作まで出版されている。
 ハードボイルドはちょっと苦手と言う方にも是非。ほんの10ページ(第二章のさわりまで)で良いので読んでみる事を御勧めする。
 身長6フィート3インチ、体重200ポンド少々、母に言わせると明晰な頭脳を持ったわたしは警察官の仕事に向いていた。生意気盛りの十九歳で警察官を拝命し十二年間それなりに勤めていた。自分の犯した過ちに対し自責の念を抱え森で隠棲していた。タイトルを返上して二年。川の流れに揺さぶられている子供を発見してしまう。わたしは、悪運と不運の双生児を一蹴し、平穏な生活に戻れるのだろうか。

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オウエンのために祈りを
オウエンのために祈りを (上・下)
ジョン・アーヴィング (著)
【新潮文庫】
税込 各900円
2006年10月
ISBN-4102273107
ISBN-4102273115


 
評価:★★★☆☆
 神の啓示か? 悪魔の寓話か? 不思議な世界観で、独特の世を書ききろうとした物語。人間とは、かくも強く、優しく、愚かしいのか。最後は、号泣してしまう。
 オウエン・ミーニーはとにかく小さく、軽かった。一度聞いたら忘れられない著しく耳につく裏声。皆に好かれ、「神と直接語る能力」を持っていた、オウエン。
 ぼく、ジョニー・ホイールライトが十一歳のときに悲劇は起きた。リトルリーグのゲームで、オウエンが珍しくバットにボールを当てた。そのファールボールが、ぼくの母の後頭部を直撃し、大好きな母はあっけなく亡くなる。
 人は何故生まれ、死んでいくのか。生に何の意味があるのか。答えを出せない問いを、人は問い続ける。宗教が日常にとけ込んでいる人が少ない日本人には、分かりにくい部分もあるかも。アーヴィング作の福音書に織り込まれた「しるし」を注意深くひも解きながら、秋の夜長にじっくり読んでみたい。

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黒と青
黒と青 (上・下)
イアン・ランキン (著)
【ハヤカワ文庫HM】
税込 各819円
2006年9月
ISBN-4151755039
ISBN-4151755047

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評価:★★★☆☆
 傑作警察小説。英国ミステリのリーバス警部シリーズ第八作。酒と煙草と音楽をこよなく愛するリーバス。独断専行と一匹狼は相変わらずだが、リーバス自身は、少し洗練されてきた気がする。
 ある事件をきっかけに、リーバスはエジンバラで最も過酷な勤務地クレイグミラー署に配置されていた。椅子に括りつけられ串刺しになった男は、北海油田で働くミチスン。捜査を始めると糸は複雑に絡み出す、いつもの事だ。麻薬捜査、たれこみ屋の死体、手痛い警告、伝説の絞殺魔。
 またまた、シリーズの途中しかも6月の課題が第二作で今回が第八作。シリーズを飛ばし飛ばしでと不安になる。著者自身は、どの様な順番で読んでも大丈夫なよう書いているとの事だが……リーバスはいつの間にか嗜好が激変する。ジャズ&ワイン(第二作)からロック&ウィスキー(本作)へ。最も残念なのは登場人物の過去の繋がりが見えてこない事、面白さ三割引位か(苦笑)。この辺りの謎は3〜6作が未訳なので如何ともし難いジレンマである。

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